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【完結】嫡出の兄、妾腹の妹【御礼SS更新中】  作者: 紅月となり
第四部 嫡出の兄と妾腹の妹の周囲の人々
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4-5. 嫡出の兄の家令・前編

客観的で忠実な、彼の話。



多方面で不快な表現があります、苦手な方はご注意ください。




 ───思えば、見て見ぬふりをしてばかりの人生だったように思う。








 私は、サイプレス家の家令と侍女長の間に生まれた子でした。



 坊っちゃまの曽祖父───大旦那様とは歳が近く、未来の主従として親睦を深めるよう、両親に言いつけられていました。



 しかし、大旦那様は我儘で、横暴な子どもでした。

 ほんの少し気に食わないことがあるだけで、怒鳴り、当たり散らす。サイプレス家には珍しく、武芸の才に恵まれた御方でもあったので、おそばにお仕えする者は男女問わず生傷が絶えませんでした。



「なんでだんなさまたちは、ぼっちゃまをしからないんですか?」



 ある日のこと、私は両親にそう尋ねました。



 当時の侯爵ご夫妻は、大旦那様の蛮行を諫めていませんでした。むしろ、微笑ましげに眺めることさえあったのです。


 その日大旦那様は、「茶の温度が好みでない」と使用人の女児を殴りつけ、髪を引っ張っておられました。それでも侯爵ご夫妻は何も仰いませんでした。



 自分は声を荒げただけで「はしたない」と叱られるのに、というやっかみもあったと思います。すると、両親もまた苦笑いでこう答えました。



「旦那様はご家族に恵まれなかったからね」

「坊っちゃまが可愛くて、仕方がないんでしょう」

「?……せんだいさまも、ほまれたかきサイプレスだったのでは?」



 無邪気な問いに、両親は困り顔で口を濁し、親より上の世代の使用人たちは、そそくさとその場を去りました。



 ───先代様のことが邸内で禁句になっていたのを知ったのは、その数日後のことでした。






 ともかく、幼き大旦那様の暴力・暴言は止まるところを知らず、ご両親も咎めない。自分たちの親までもが許している以上、苦言を呈したところで、割を食うのはこちらです。



 ならば、波風立てずに過ごすことを優先したい。



 そんな考えをもって、大旦那様が暴君のまま成長するのを、見過ごしました。






 ところで、大旦那様は机上の執務、というものがまるでできませんでした。



 「できない」というのは正確ではありませんね。「やろうとなさらないので実力が分からない」が正解でございます。前述の通り、大旦那様は甘やかされて育ちました。そして、「執務などやりたくない、剣だけ振っていたい」という方でした。

 それでいて、唯一の子である自分が侯爵位を継ぐのが当然、と思っておられたのです。学業の成績は決して悪くはなかったはずですが……。




 ですから、執務ができ逆らわない、という基準で、お相手が選ばれました。それが大奥様です。




 見目はいまひとつ、身分も低かったものの、大旦那様のご両親が見込んだ通り、大変優秀な御方でした。

 侯爵家当主の執務、侯爵夫人の執務、サイプレス家の“お務め”関係の執務……。何でもこなし、日の出前から深夜まで働いて。


 「自室にほとんどいらっしゃらないから掃除が楽だ」と、奥様付きの侍女がお茶菓子をつまみながら笑っていたのを覚えています。




 しかし大旦那様はこの結婚がご不満なご様子でした。



 身分にせよ見目にせよ、もっと己に相応しい者がいたはずだ、と。




 当時の風潮では、「女性が賢さをひけらかすことははしたない」とされていたので、大旦那様のお気持ちも分かります。執務中の大奥様の元へ毎日のように押しかけ、怒鳴り、詰り、罵倒しておられましたが、お止めしませんでした。


 大奥様がお嬢様一人を産んで不妊になった時も、大旦那様は彼女を責めました。医師の診断では、産後に無理な行為を強要されたからとのことでしたが……。それさえも「弱い嫁が悪い」という認識でらっしゃるようでした。


「女一人しか産めない無能めが」


 そう言って、元々柔らかくなかった大奥様への当たりがさらにキツくなりましたが、私は特に何も申し上げませんでした。





 大奥様はご自身が担っていた執務の全てをお嬢様に引き継いだ翌日に亡くなりました。自殺でした。


 目の前で見た侍女曰く、「次はあの子ね」と笑いながら飛び降りたそうです。





 大奥様が亡くなられた数年後、好戦的な隣国・軍国から大規模な侵攻があり、出征していたお嬢様の婚約者が亡くなられました。


 

 想い合う婚約者の訃報に泣き崩れるお嬢様をも、大旦那様は責め立てました。「何故子種を授かっていないのか」と。

 この時の侵攻による戦死者は貴族・平民問わず多く、サイプレス家に相応しい方は、もう残っていなかったのです。



「貴様が書類仕事しかできん無能だから、早くから種馬を用意してやったのに! 役立たず!!」



 己が選んだはずの娘の婚約者が格下であることを疎み、二人きりどころか会う回数すら制限していたのは、大旦那様なのに。

 なんだかんだ理由をつけて、結婚も先延ばしにしていたのに。


 すっかり忘れたか、棚に上げているようでございました。……私たち使用人も、同様でした。



 侍女に命じてお嬢様を追い出した後、大旦那様は執務机に頬杖をついて舌打ちしました。


「仕方がない、別ので補う」


 ……その言葉の意味を理解したのは、深夜、旦那様が重用している配下がお嬢様の寝室に入って行くのを見たときでしたが。



 私はそれも、見て見ぬふりをしました。聞こえた悲鳴にさえ、耳を塞いだのです。






 十月十日を薬で眠らされて過ごしたお嬢様からお生まれになったのが、旦那様です。


 旦那様は要領がよく、策を練るのが得意で、使用人に小遣いをやっては鍛錬時間や成果を誤魔化すのが常でした。



 北部の影・サイプレスとしてはなかなかに頼もしいのですが、武を重んじる大旦那様には、物足りなかったのでしょう。その熱意は臣下、特に若者たちに向けられました。



「何故この程度のことができない!?」


「疲れた?もう限界?怠けたことを言うな!!」



 しかし、武術の天才として生まれ、失敗も挫折も叱責さえ知らぬ大旦那様は、指導者として徹底的に不向きでした。

 各々の心身の限界・成長速度をまるで無視した指導。誰に対しても、何に対しても完璧以上を求め、理不尽を押し通そうとなさる。


 恐らくは、己の求めるレベルに達しない者たちは皆、怠けているようにしか見えないのでしょう。邸の者たちは徐々に生気を失い、心を病む者が続出する始末。



 これ以上、皆を潰させるわけにはいかない。しかし、今更意見できる者などおらず、旦那様もかの方を疎んで遠ざけるばかりで、決して止めてはくださらない。




 そんな中お生まれになったのが、曽孫である坊っちゃまでした。




 孫がダメなら、曽孫に。そんなお考えが透けて見えましたが、我々臣下は安堵しました。大旦那様を新人教育から少しずつ遠ざけ、何か言われるたび坊っちゃまの話題にすり替える。そうして、緩やかにその関心を坊っちゃまに集中させていくことで、あの暴君から逃れました。



 さすがあの方の曽孫様だ、期待されている、などと感心するふりをして。




 ……十にも満たぬ幼子が、一人の味方もいない中、大人ですら病む苛烈な教育を強いられているという事実に。




 目を、背けたのです。






 そんなある朝、大旦那様が亡くなられているのが発見されました。



 年齢が年齢なので、寝酒を嗜んでいた時に心臓発作が起こしたのだろう、とのこと。葬儀の準備は、坊っちゃま主導で行われました。



(……亡くなる前夜、あの方は寝室に戻る直前までかくしゃくとされていた)



 その時に旦那様が「酒を酌み交わそう」と誘っていたことも。最期のお別れの時に、旦那様が大旦那様の亡骸を見てうっすら笑んでいたことにも。


 私は、気が付かないふりをしました。





 その後、旦那様がキャシーお嬢様と共に邸に戻られ、奥様と離婚なさいました。旦那様が連れてらしたキャシーお嬢様を見て、ハッとしました。夜雪色の髪、影氷色の瞳。



 これぞサイプレス、という見目でした。



 甘え上手なお嬢様に、旦那様はめろめろでした。旦那様に代わって、執務をされている坊っちゃまに書類を運び、そのお姿をじっと見つめます。

(それに比べて……)



 泥土のような髪、暗い苔色の目。



 サイプレスの大地に降り積もる夜雪や、水面を静かに覆う影氷など、欠片も感じさせぬ汚い色。



 旦那様を諌めはするが、止められない。押し付けられた仕事をそのままこなし、旦那様のようにずる賢く逃れることもできない。



 書類の山に埋もれ、目の下にクマを作る姿も情けなく、惨めでした。


(これならば、野心溢れる分家の若者の方が良いのでは?)


 唯一と思っていたところに、より「ふさわしい」キャシーお嬢様が現れたせいもあるかもしれません。キャシーお嬢様が分家から婿を取り、お二人でサイプレス家の顔として動く。いつしか、そんな未来を夢想するようになりました。



 執務はまあ、どうにかなるでしょう。大旦那様も旦那様もどうにかなったのですから。



 案の定、旦那様はキャシーお嬢様を当主にされると決められました。

「婿を探すぞ。分家に内密に通達せよ」

「かしこまりました」

 真面目で誠実。結構。しかし、この地は、この一族はそこまで甘くはない。



 裏切ること、蹴落とすこと、踏み躙ること。


 疑うこと、切り捨てること。



 それらを美徳とし、また愉悦とする者でなければ、サイプレス一族の長は務まりません。


 チリ一つ落ちていない執務机に肘をつき、退屈そうに告げます。

「『あれ』は断種して放逐する。ソードのじじいも、別に要らんだろうしな」

「!?……お、お待ちください!」

 ギョッとし、制止をかける。

 

(それでは、執務は誰がするのだ!?)


 お嬢様が亡くなられてから旦那様が成長なさるまでの間、執務は我々使用人で分担して回していました。

 若い頃でも大変だったのに、老いたこの身ではさらに厳しいでしょう。婿に任せるのはさすがに問題があります、乗っ取りを謀られてはかないません。

(その血に生まれた方が責任を持ってこなしていただきたい……!)

 幸い、坊っちゃまの真面目さと誠実さは、他者のサポートに向いています。


 貴族としての生き方以外知らぬ方です。今更市井に放り出されたところで、野垂れ死ぬだけでしょう。ならば、終生サイプレス家のため尽くしていただく方が、ご本人の為というもの。



 そう訴えると、旦那様は苦々しい顔で仰いました。



「まあ、あの子が後を継いだ後、実務を担う者が必要か……。分家に我が物顔をされるのも癪だし……使ってやるか」


「ありがとうございます!」



 これで、サイプレスは守られる。全てが今まで通り、平穏無事のまま、正しい場所に収まるのだ!





 ───この時の私は、すっかり忘れていた。





『あなたはいつも、見ているだけなのね』




 飛び降りる前日の、大奥様のその一言を。



 最初で最後の、忠言を。





お読みいただき、ありがとうございました。

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被害者以外は粗大ごみしかおらんのですか…
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