4-4. 妾腹の妹の義母④
「───ですから、いくら春先とはいえ、北部辺境の寒さは王都育ちの方には厳しいと申し上げましたよね?」
客人を部屋に通した後、新人当主様に懇々と説教をする。
「あと、何故お茶をしていたのに棚を動かすことになったのですか。せめて使用人にやらせてください」
「模様替え程度で貴重な男手を割かせるのは悪いと思って……棚一つくらいなら一人で動かせるし……」
しょんぼりと項垂れてそう答えるウルスラ様。気持ちは分かるけども。
「使用人にも、立場というものがございます。気遣ってくださるならば、目の前で仕事を奪われる者の気持ちもお考えください」
「うん……」
すると、侍女のリベラが部屋に飛び込んできた。
「おく……じゃなかった、侍女長!お嬢様!」
振り返ると、気まずそうに廊下の方を指差す。
「ちょっと……困った方々が、一階に……」
「「?」」
「どういうことなのよ!!」
「私たちを何だと思っている!?」
玄関ホールに向かうと、見慣れた忌々しい二人組が、使用人相手に喚き散らしていた。
リベラから聞いてはいたものの、実際目の前にすると、心底うんざりする。私の服の裾を軽く引くウルスラ様。
「あれが?」
「……ええ。二代前の侯爵夫妻……ウルスラ様の祖父上・祖母上です」
つまり、私の義両親である。離婚したので、「元」がつくが。
「へえ」と呟いたウルスラ様は、まじまじと二人を見た。あんなのが祖父母と知って失望しないかと思ったけど……どうもそういう様子ではないような気がする。
なんというか……珍獣を見る目つき?
まあ、まともな父も母も知らない彼女からすれば、「祖父母」なんて珍獣とそう変わりないのかもしれない。ただでさえ貴族にあるまじき奇行をしているし。
と、義両親がこちらに気がついた。目を吊り上げ歯を剥き出しにして、ウルスラ様を指差す。
「お前!お前が新しい当主ね!!」
「そうだが」
さらりと肯定する。一度も会ったことのない孫を判別できたのは、彼女が疑いようもなく、デュボワの顔と色をしているからか。そっと眉間に皺を寄せた。
(お前、ね)
同時に、お仕着せ姿の私にも気がついて金切り声を上げる。
「お前……!簒奪者に首を垂れるとは!! デュボワ侯爵夫人としての誇りはないの!?」
心の中で冷笑する。あんな男の妻であった、誇り?
(馬鹿馬鹿しい)
そんなものない。むしろ、最安値で叩き売りしたいくらいだ。
澄まし顔で無視すると、眉を顰めたウルスラ様が階段の上からぴしゃりと諌めた。
「うるさいな。約束も前触れも無しに来ておいて、無礼過ぎる」
そして、元義両親と同じ緑眼で、二人を睥睨する。
「用件は。これ以上おかしなことを囀るなら、叩き出すぞ」
……こういうところは、きちんと「御当主様」なのよね。
先ほどまで、風呂に入れられた大型犬のような顔をしていた人とは、到底思えない。その姿にぐっと気圧された義両親だったが、すぐに元の調子で騒ぎ始めた。
「お前!あの家は何なの!?」
「もっと予算を増やしなさい!!」
「そうだ!祖父母に対する敬意はないのか!?」
「はあ?」
呆れた声を出すウルスラ様。そういえば、と思い出す。
私の最初の結婚以来、デュボワ家へ支援をし続けていた生家は、離縁をきっかけに支援を打ち切った。
至極当たり前の話だ。しかし、その金で遊び呆けていた義両親は、まともに煽りを受けた。予算を削られ、王都邸から領地に連れ戻されたのだ。主に義娘とその友人が対応した案件の顛末を思い出す。
(確か今は、数人の使用人と一緒に、郊外のデュボワ侯爵家所有の家で暮らしていたはず)
あら、そうなると、あちらの使用人はウルスラ様に無断でこの人たちの馬車を出したのね。処罰対象だわ。
そんなことを考える一方で、祖父母と孫の応酬は続く。
「あんな端金じゃ、生活できないじゃない!」
「十分な額だと思うが?」
「どこがだ!!」
噛み合わない会話に、ソッと尋ねる。
「……ちなみに、おいくらなんです?」
「月に銀貨三枚だ」
(なるほどね)
確かに、デュボワ侯爵領に住む平民の老夫婦であれば、十分な金額だろう。これに加えて家付き・家具付き、使用人もデュボワ家から派遣しているとなれば、そこそこ良い生活ができる。
だが、この二人にとっては……。
「ふざけないで! あれじゃあドレスの一着、宝石の一つ買えやしない!」
「家もあんな馬小屋のような………私たちに家畜同然の生活をさせる気か!?」
でしょうねえ……と心の中で呟く。実家からの支援、すごかったもの。
(というか、何故社交界から締め出された隠居の婆に、ドレスを買う必要が……?)
呆れていると、快活な義娘の顔にフッと影が差した。
「……ふうん」
「馬小屋、家畜、か。デュボワ侯爵領の平均的な平民家族と、さほど変わらん生活水準なんだがな」
その一言と同時に、すっと空気が冷える気配がした。控えていた兵や武芸の心得のある侍女が、途端に緊張した面持ちになって、身構える。
「そうか、貴殿らは民の暮らしを家畜同然と思っていたか。そして下層階級の人間はそれよりさらに下と」
そうか、そうか。
静かな、しかし背筋がぞわりとする声が玄関ホールに染み渡っていく。元義父が目を瞠った。
「え? ……あれが、あんな生活が、私の民の、ふつう……?」
「そんなことは今どうでもいいでしょう!?」
呆然と呟く元義父とは対照的に、金切り声で怒鳴る元義母。
「横領だか経費削減だか知らないけど、今の当主は貴方じゃない! 私たちに皺寄せがくるなんて、おかしいとは思わないの!?」
「いや、まったく」
「はあ!?」
そう言って、凍てつく眼差しで素早く否定した。
「息子と孫息子をああしたのは、貴殿らだろう。此度の減額、経費削減の意味もあるが、貴殿らへの罰も込みだ」
カッカッカッ、と爪先で手すりを叩く。
「少しだけ調書を見せてもらったが、まあ酷かったぞ? 何をどうやったらああいう人間になるんだと思っていたが、貴殿らを見て納得だ。大人しく罰を受けろ」
「私たちは悪くない! 全部その女が悪いの! 生まれた胎が……そう、苗床が悪かったのよ!!」
「仮にそうだったとしても、貴殿の息子は貴殿の胎から生まれた子だろう?」
「そんなのその女が△○×□☆!!」
とうとう唾を飛ばして喚き散らす元義母。申し訳ないが、やはり猿そっくりだな、と思った。
あまりにみっともない姿に怒りが削がれたのか、義娘は困惑気味にこちらを振り返った。
「あの婆さんは、息子と孫が逮捕されたショックで、気が触れでもしたのか?」
「いいえウルスラ様。この方は昔からこうです」
「それは難儀だな………」
「ねえ!!聞いてるの!?」
そんなやりとりをしていると、元義母は床を踏み締め踵を鳴らした。
「だから、お詫びに私たちをここの離れに住まわせなさい!! 嫁の義務を果たさない穀潰しを置いていたんだから、私たちだっていていいでしょう!?」
私がいたから、離婚するまでずっと、私の生家からの支援金が届いていたのだけどね? 一家総出で踏み躙っておいて、よく言うわ。
呆れていると、あっさり却下するウルスラ様。
「それはダメだ! 貴殿らは、侍女長と折り合いが悪いと聞いたぞ」
「同じ敷地内で生活するのは、互いのために良くない。不和の種を作りたくないぞ、私は」
「なら、その女を叩き出してよ!」
そう言って私を指差すが、彼女はこちらも拒絶した。
「それは無理な相談だ。私は家のことに関して、侍女長をアテにしているからな。いなくなられたら、屋敷が崩壊の危機だ!」
はっはっはと笑う。崩壊って。笑い事ではないのだけれど?
でも、一切躊躇うことなく私の方が大事と言ってくれたのは、素直に嬉しい。手足をバタつかせる元義母。
「血の繋がった私たちより、こんな余所者が大事だと言うの!?」
「だからそう言ってるんだが。通じていなかったのか?」
平然と応じる様に、「ご当主様には、もう少し持って回った言い回しというものを教えるべきだろうな……」などと考える。全面的に直球すぎるのよ、この方。
やはり直球のまま話を進める。
「やはり気狂いか……? ウーン、分からんから、療養所にでもぶち込むか! 侍女長、あとで候補を挙げておいてくれ」
「はい、ウルスラ様」
素早く判断を下したウルスラ様に、私は恭しい礼で応じた。頷くと、再び考え込む。
「それまでは……牢にでも叩き込んでおけばいいか!うん!」
ものすごいざっくり言ったわね……。
まあ、大筋で間違ってはいない。元夫と愚息が捕まり、一族の支持がウルスラ様に向いた今、この二人に大した力はない。
ならば、己に反抗的な勢力を自由にさせておく道理もまた、ないだろう。ぶっちゃけ元夫を贔屓しすぎて、残りの息子二人からも見放されてるし。
兵士に連行されながらも、私とウルスラ様を罵倒し続ける後ろ姿を眺める。
(……馬鹿な人)
監査直後、ウルスラ様が呼び出した時にきちんと応じていれば。せめてこの方に、家族のぬくもりを教えてあげていれば───。
そこまで考えて、そっとため息を吐く。
(……いえ、愚息はああなったのだから、どのみち無理だったわね)
結局、あの人も子を持つべきではない人だったのだろう。
と、長年連れ添った妻が連れて行かれても、まだぶつぶつ言っている元義父に、ウルスラ様が声をかけた。
「おおそうだ、祖父上よ、貴殿はどうする? 奥方に付き添うか?」
「………いや……そんな、私は貴族としていつも正し……いや違った……?」
話しかけても無反応。幸せに暮らせるようにと心を砕いてきた民が、自分から見れば馬小屋同然の家で、家畜のように暮らしていた衝撃が大きすぎたのだろう。
(領主としては、比較的まともなのよね……)
でもそれって、視察や監査をしっかりしていれば、分かることだったと思うけど……?
内心苦笑する横で、ウルスラ様はからりと断じた。
「うん、こっちもダメそうだな! 一緒に叩き込んでおいてくれ」
「かしこまりました」
ブツブツ言っている元義父を、残った兵たちが連れて行く。すると、離れたところで作業していたニールが玄関ホールに飛び込んできた。
「閣下!ブリアナ様!!」
そう叫びながら、大慌てで階段を駆け上る。
「お怪我はありませんか!?」
「うむ!」
「問題ありません」
ほっと胸をなでおろす。そして、怨敵を探すように周囲を見回した。
「あの盗人と寄生虫の夫婦は!?」
言い方、言い方。
まあおおよそ同じ評価なので、特に否定はしない。名を言わずとも通じたらしいウルスラ様は、親指で二人が連れて行かれた方を指し示した。
「牢に放り込んでおいたぞ」
「そうでしたか……到着が遅れて申し訳ありません」
きっちり頭を下げるニール。そして真剣な顔でお伺いを立てた。
「ところで閣下、あとで連中の顔を形が変わるまで殴って良いですか?」
「構わんが」
「ありがとうございます!!」
謝罪した舌の根も乾かないうちに、何を言っているのかしら、私の夫は。打診の件でも思ったけど、この人、ちょっと愛が重いのかもしれない。
あと御当主様?許可しないでくださいな?
よっぽど鬱憤が溜まっていたのか、早速と言わんばかりに牢の方へ向かおうとするニール。ウルスラ様が呼び止めた。
「あっ、こら、素手で人を殴ると手が傷つくぞ。籠手と棍棒ならすぐ貸せるが、どちらが良い?」
「両方で」
「武器はやめなさい、武器は」
何もかもぶち壊された世界は、想像とは少し違ったけれど。
案外悪くないなと思う、今日この頃だった。
優しくない、優しい人。
お読みいただき、ありがとうございました。




