4-3. 妾腹の妹の義母③
一年後、予想通り、彼女はやってくれた。
あのクズ父子を豚箱に叩き込み、侯爵家の全てを我が物としたのだ!
「やだわ、あの子、最高!!」
そのために、サイプレス家や王城監察室まで味方にしていた。あまりの手回しの良さに、拍手でも贈りたい気分だった。
彼女が何か言ったのか、私はお咎めなしで見逃されたが、それで良いはずがない。
監査終了後、離縁の手続きが終わるのを待ちながら身の振り方を考えていると、なんと新当主様からご用命があった。
「すまない、夫人!手伝ってくれないだろうか!?」
執務室へ足を運ぶと、額の角が執務机にぶつかりそうな勢いで頭を下げた彼女は、わたわたと手を動かした。
「知っていると思うが、今、この家は大混乱だ。しかし私は武器の振り方と、当主として必要最低限のことしか分からん!なんか、なんか、こう……色々と、雑になる気しかしない!!」
言い切ったな……と遠い目をする。
あの頼もしさはどこへ行ったのか。なんというか、夫の血を感じる。
しかし、その眼差しは夫とは比べ物にならないほど、真摯で真っ直ぐだ。
「じき夫人業を代行している友人が手伝いに来てくれるのだが、『実情を正確に把握している者はいないのか』と言われている。夫人なら、詳しいのではないか、と」
夫人業を代行って、何。何らかの事情で女主人がその務めを果たせないことはあるが、「夫人業」を「代行」?
その友人、何者。
その沈黙をどう受け取ったのか、ウルスラ様は痛みを堪える声で言った。
「成さぬ仲であることは承知の上だ。夫人にとって、良い思い出のある場所ではなかろうと想像もできる」
そう言って、再度頭を下げようと机に手をつく。
「しかし……」
「当主様」
精一杯誠意と言葉を尽くそうとする義娘を遮り、私ははっきりと告げた。
「私も貴族夫人です。……その程度の矜持はございます」
何もできなかった。何もしなかった。
ただ、手元にあるものだけを掻き集めて、逃げた。逃げて、一人、平穏を貪っていた。……諫める者もない環境で、あの義家族がどう振る舞うか、分かっていたはずなのに。
ウルスラ・ユッテ・デュボワ。この家の被害者で、功労者でもあるひと。
ただ一人、戦い抜いたひと。
その彼女が望むのであれば、喜んで従おう。私自身、それが償いの足しにもなる……と信じたい。
貴族夫人として最後になるであろうカーテシーで、応じる。
「……全ては、貴方様の御意のままに」
義娘……ウルスラ様と彼女の友人の令嬢と協力し合って、邸を立て直す。
そうやってある程度家内が落ち着いて、離縁も成立した頃。
ニールからプロポーズを受けた。
「この気持ちは、墓まで持っていくつもりでした。貴方には婚約者がいましたし、身分の差もありましたから……」
聞くと、新当主様はニールを家令として雇いたいと申し出たそうだ。片付けの時の手腕や、離れの管理をしていた実績を買われたらしい。跪き、私の手の甲にキスを落とすニール。
「今までほどの暮らしは無理ですが、全力で貴方を愛し、お守りします。当面の生活の目処が立つまでの、かりそめでも構いません。その間に惚れさせてみせます。……どうか、受けていただけませんか」
私の初恋は、ニールだった。だからこそ、素直に頷けない。
「……私、家族も我が子も見放した、酷い女なのよ」
「貴方が坊ちゃまのことをずっと想ってらしたことは、誰よりもよく知っています。ご家族を心の底から愛していらしたことも、だからこそ許せなかったことも」
まっすぐな目が、こちらを見つめる。
「貴方の光も、貴方の闇も、ひっくるめて愛しています。どうか、私を選んでください」
断る理由を丹念に潰され、ついには、淡い初恋まで暴かれて。
私は、彼の妻になった。
侯爵家の家令の給金は、決して安くはない。個人で運用しているお金もある。
だが、ああまで言ってくれたのだ、少しでも彼の役に立ちたい。そう思って、ダメ元でウルスラ様に雇ってほしいと頼んでみると、あっさりオーケーが出た。
なんでも、本邸を仕切っていた侍女長がクビになったため、侍女をまとめられる人材が欲しかったそうだ。に、と笑う。
「というわけで、大歓迎だぞ!」
「ありがとうございます」
ほっと息を吐いたのも束の間、不思議そうな顔をするウルスラ様。
「……というか、侍女長就任の件は、既にこちらからの希望として伝えていたはずだが……? ニールから何も聞いていないか?」
……なるほど?
どうやら、私たちの初めての夫婦喧嘩は、今日になりそうね。
それからウルスラ様は、お披露目と同時に分家の支持を集めてみせた。
個の武勇を重んじる一族に、ウルスラ様の戦いっぷりは、あまりに鮮烈だったのだろう。今日も大量の招待状───内容はほぼほぼ果し状───を前に、嘆息する。
(前当主と元跡取りもあんな感じだったからねえ……)
元夫が剣の腕で跡取りに選ばれたのは、本当のことらしい。一応。
だがそれで慢心し、結婚してからは、ろくすっぽ剣も握っていなかった。
息子も息子で、まだ野外演習が導入されていなかった頃の学園の授業程度で満足していたのだから、分家の失望も分かる。
もちろん、不満を持つ者もいないわけではないだろう。しかし一族の気風からして、ひとたびそれを口に出せば「後から文句を言うのか」と責められるのは明白。
戦いを挑んでいない分家なら、「臆病者のくせに」と嘲笑されるのが関の山だ。サイプレスの若当主様とテルセンが立ち会っていた以上、不正も訴えられない。
それならば、あの義娘のようにからりと笑って、「やあ、新しい本家様は優秀だ!」と認めてしまった方が、まだ傷が小さいのだ。本心は、どうであれ。
義娘の長所とデュボワ家の性質を、とことん生かしたやり口である。彼女一人の知恵とは思えない。
(もしかして、ソード子爵も仲間? 全く、誰が入れ知恵したのかしらね)
すると、今日は客人として尋ねて来ていた義娘の友人が、当主の私室からひょいと顔を出した。
「あのすみません、家具の修理もしくは廃棄って、普段どちらに依頼してます? 今さっきウル……デュボワ侯爵が棚を移動させようとして、ベアハッグの要領で真っ二つにしてしまいまして……」
………何をやってるのかしら、あの子は?
棚は、買い直しました。
ウルスラ「事故だったんだ!!」
お読みいただき、ありがとうございました。




