4-2. 妾腹の妹の義母②
それからまた季節は巡り、ある日夫から、養子縁組の書類にサインしろと指示が来た。
経緯が分からず困っていると、ニールが本邸の様子を調べて報告してくれた。
「なんでも、娼婦が侯爵の婚外子を連れてきたそうです。王城へ提出した庶子鑑定依頼書の控えと、派遣されてきた呪術師を伴って」
「娼婦」
しばし考え……ため息を吐く。
「……なるほど? 贔屓の客に、貴族かそれに近い身分の者がいたのね」
でなければ、呪術による血縁証明だの王城に申請だの、考えつくはずがない。血縁関係が証明できれば、呪術の代金など可愛いくらいの礼金を、貴族が払ってくれるのだ。……そう、法律で決められている。
礼金欲しさに唆したのだろう。どこぞの伯爵などは、抜け穴をついて払わずに済ませたらしいが、あの人たちにそういう小賢しさはない。
「それで?結果は?」
「確かに侯爵の実子だそうです。ちらっと見かけましたが、きつめの整った顔立ちと緑の瞳が侯爵そっくりの女児でした」
「そう」
それであの人と私の養子にして、正式に侯爵令嬢の身分を与えようと。なるほどね。
夫と私の間に生まれた唯一の子である、息子。
正当な嫡子で、そろそろ結婚していてもおかしくない年齢の息子は、未だ未婚のままである。
理由は単純。息子の本性を知った婚約者とその家族が、どうにか婚約を破棄しようと、裏で頑張っているからだ。素知らぬ顔で紅茶を飲む。
(まあ、教えたのは私なのだけど)
別に、家を潰したいわけではない。あんな連中でも、国境を守る北部三砦が一隅、デュボワ。潰れたら、被害は甚大だ。
ただ、自分のように夫となる人の本性を知らずに嫁いできて、酷い目に遭う女性は減らしたかった。実情を知って、それでもいい、覚悟していると言ってくれる令嬢だけ、嫁いできてくれればいいと思う。
その結果としてこの家が沈むなら、その時は、私も共に沈もう。
邪悪な一族の邪悪な妻として。
ともあれ、今は義娘となるであろう子どものことだ。息子の子が生まれるまではスペアとして置いておくとして、その後どうするのか。
「侯爵令嬢の肩書きで、娼館か資産家にでも売る気かしら。それとも愛人候補?」
「……あの父子ですと、どちらもあり得そうのが嫌ですね」
猿以下のヒトモドキだ、実の娘や妹に発情してもおかしくない。少なくとも、そう思える程度には夫と息子への信用はない。
(こんな連中と家族だなんて、可哀想な子)
書類を手に取りそう思っていると。
「……あら?庶子の子の名前は?」
「……空欄ですね。確認して参ります」
しばらくして、ニールはうんざりした顔で戻ってきた。
「確認してきました。名前に関して、庶子殿は『ざつようがかり?』と答えたそうです。母親も、特に名を呼ぶことなく帰っていったと。誕生日はおろか、年齢も『多分十歳』だそうで……」
……眩暈がしてしまった。
思わず額を手で押さえる。ニールが言いづらそうに口を開いた。
「誕生日は無記載なら申請日になりますが、名前は……」
「そうね……。あの人、正確には何と言ったの?」
「『明日王都へ馬車を出すから、空欄を埋めておけ』です」
………本当に……可哀想な子……。両親のどちらからも、関心を向けられていないなんて……。
(とはいえ、私も遠因ではあるのよね……)
私があのまま、黙って夫の欲望を受け入れ続けていたら。あるいは、上手く夫を操縦できる妻であったのならば、こうはならずに済んだのだろうから。
「………」
空欄を睨みながらしばらく考え……一つの名を書き込んだ。ニールが書類を確認し、声を上げる。
「ウルスラ・ユッテ・デュボワですか。ユッテはブリアナ様の守り名として、ウルスラは……?」
「私の生家、ペチュリー家の中興の祖よ。平民生まれの庶子、しかも女の身で当主の座を奪い取った女傑なの」
「なるほど、良い名ですね」
取りようによってはものすごく嫌味だけど、縁起の良い名には違いない。あの人たちは私の実家に興味を示したことがないし、多分気がつかないでしょう。
「誕生日は……今日の日付にしておきましょうか」
ただの自己満足だけど、顔も知らないその子を、ほんの少しでも気にかけてあげたかった。
一月後、書類は無事受理され、私には顔も知らない娘ができた。
てっきり教育を任せてくる気かと思いきや、夫はそうはしなかったようだ。
「お前のような生意気な女になられては敵わない」とのこと。だからと言って貴族の娘を物置小屋なんぞに、と抗議したが、聞き入れられなかった。頭を抱える。
(なんとかしてあげたいけど……義娘関係は完全に夫の管轄下に入ってしまったし………)
それでも最低限のところだけどうにか整え、ハラハラしながら見守る。
幸いにも、義娘はすくすくと成長しているようだった。
姿を見かけるたび、ニールが「背が伸びていました」「また背が伸びていました」「また、背が、伸びていました……?」と報告をくれる。角族は成長期長いから、数年は伸び続けるわよ。
色ボケ息子が押し入ったと聞いた時は流石に肝が冷えたけれど、「直後にネコみたいにつまみ出されてましたよ、あれは無事です」とのこと。つ、強いわ……。
(ああ、でもそう、そうよね、角族だもの)
健やかに育った平均的な角族であれば、王都育ちの軟弱者程度、小鳥を打ち払うのとさほど変わりないだろう。義娘の無事と、壮健でいるらしいことにほっと胸をなでおろす。
と、同時に。
「やっぱり暴力こそ正義ね……」
「ブリアナ様?ブリアナ様?」
鍛錬の時間を少し増やした。
そして愚息が、「俺の子を孕んだ女を嫁にすればいいんだ!」とよく分からない方向に振り切った頃。
夫が義娘……ウルスラさんの婚約者を決めたのを知った。
お相手は、ガーデロン子爵。ウルスラさんより三十年上で、嗜虐癖があると噂の男だ。やっぱりろくでもなかった。
なんとかしてあげたいと思いつつも、結局今日に至るまで、一度も彼女に接触できていない。どうしたものか。
そんなある日、夫と息子が揃ってデュボワ一族の会合に行くとの情報がもたらされた。
「では、その時ならばクズともバカとも顔を合わさずに、ウルスラさんに会えるわけね?」
「は」
というわけで、いそいそと本邸へ向かう。
そしてウルスラさんの自室に向かう途中で、私は見慣れない人影を見つけた。
真っ直ぐ前を射抜く瞳は、春の草葉に似た、鮮やかにして力強い緑。真っ赤な髪が、燃えたぎる炎のように波打つ。
目鼻立ちのしっかりした美しいかんばせに、額には異人種の血を示す角が、一本。
少し吊り気味の目元は、若い頃の夫に似ている気がする。
(……もしかして、この子が)
「ウルスラお嬢様」
案の定、ニールがそう呼びかけると、彼女は柳眉をつと顰めた。
「……? 失礼、どなたかな」
ハッと気がつき、カーテシーで挨拶をする。
「初対面でしたね。初めまして、私はブリアナ・ユッテ・ペチュリー=デュボワ……デュボワ侯爵夫人、と言った方が伝わるかしら。ご機嫌よう、ウルスラさん」
「ああ!私の名付け親殿か!」
そう言うと、騎士のようにピシリと、右拳を左胸に当てて礼をした。
「ご挨拶が遅れて申し訳ない。ウルスラ・ユッテ・デュボワです」
「こんなところで、何をしていたの?」
そちらには、何もない。どこに行くにも遠回りな階段が一つ、あるだけ。
夫の執務室以外には。
「庭に行く途中、髪飾りの宝石が取れて転がっていってしまった」という言い訳に、矛盾はないけども。
女の勘だろうか、嘘だと、感じた。
(それにこの子、私が名付け親だと知っていた)
彼女が知るはずもない情報だ……私にかなり近い使用人を、懐柔でもしていない限り。
「ウルスラさん、貴方……」
そう言いかけて……息を呑む。
緑の瞳。夫と同じ、でも全く違う瞳。
力強く、澄んだ瞳。
「……いえ、なんでもないわ。気をつけなさいね」
「はい。それでは」
にこりと笑み、騎士の礼をしようとして、ようやく自分がドレスを着ていたことを思い出したらしい。はにかんだ後、驚くほど優雅にカーテシーをして、その場を去っていく。
遠ざかっていく背中を見つめていると、ニールはそっと問いかけた。
「よろしいのですか?」
「ええ」
肩で風を切り悠々と歩く後ろ姿は、虐げられて苦しんでいる令嬢というより、力強く誇り高い貴族のそれ。
踵を返す。
「私の手助けとか、要らなさそうだもの。何かあった時、すぐに動けるようにだけしておきましょう」
「は」
(あの子なら、何か変えてくれるかも)
この澱み切った家を、ぶち壊して。
お読みいただき、ありがとうございました。




