3.嫡出の兄と妾腹の妹のエピローグ
「よう」
「やあ」
ある日の夜会前。
控え室に案内されたウルスラは、ソファでくつろいでいたサイプレスに短く挨拶を返した。
「貴殿も出席していたか」
「三砦の交流を深め、そしてその協力関係を見せるための夜会だ、来ない選択肢はない」
軽く肩をすくめる。サイプレスの背後に控えていたチャイブも、無言で首を垂れて、ウルスラとその侍女への礼とした。
ここしばらく、お互い引き継ぎやら何やらで忙しくしていて、顔を合わせるのは久しぶりな気がする。慣れないドレスで面倒な体勢を取る気になれず、ウルスラはすぐそばの壁に寄りかかって腕を組んだ。
「テルセンの次代からも『たまには顔を見て話したい』って言われたしな。つくづくマメだよなァ?」
「そうだな」
三砦が一隅・テルセンの一族では、定期的に夜会や茶会を開いて、情報交換と相互交流の場を設けているらしい。今回二人が呼ばれたのも、そういう集まりの延長なのだろう。
国境で大きな衝突がない今だからこそ、できることだ。今はウルスラに余裕がないので無理だが、デュボワ一族も、もっとそういう機会を増やすべきかもしれない。
……もっとも、自分たちの場合、「武闘大会とその打ち上げ」の方が人が集まりそうだが。
まあ、目的が果たせればそれで良い。一人頷いて、ふと尋ねる。
「サイプレスでは?」
「やってるぞ」
そう答えたサイプレスは、皮肉っぽく口の端を歪めた。
「うちは夜会じゃなくて茶会だが。毒入り紅茶と菓子を肴に、騙し合い・探り合い・足の引っ張り合いの一大イベントだ。愉快すぎて反吐が出るぜ」
「何がしたいんだ、そちらの一族は?」
思わず呆れた声を出す。「交流」という言葉から一番遠い場所にいる気がしてならない。
ケラケラと笑っていたサイプレスは、ふと薄笑いに戻って、静かに呟いた。
「まあ、そんなくだらない集いも、五年後にはなくなってる」
「……? そうか」
なんとなく聞かない方がいい気がして、ウルスラはそこで会話を打ち切った。
サイプレスも特に説明する気がないのか、「ところで」と話題を変える。
「今日のドレス、よく似合ってンじゃねェか」
そう言って、ゆったりと小首を傾げる。
「筋肉ダルマの大女のドレスなんざ、どこから湧いて出た?」
「いいだろう! 義母上のお古数着を、ソフィアとイレーネの提案で一着になるよう仕立て直してもらった!」
「ああ、なるほど」
どうやら、父との婚約時代に作ったものらしい。「自分には不吉の象徴みたいなものだけど、布は良いし、ウルスラさんには自分の色だから」と。そう考えるとちょっと嫌だな……と思ったが、贅沢を言っていられないのも事実なので、ありがたくいただいた。
というわけで、今日のウルスラは、燃えるような真っ赤なドレス。ハートカットの胸元に、プリンセスラインのスカートには、花びらのようにレースがあしらわれている。
それ以外の装飾は控えめだが、「どうせウルスラの顔とスタイルに負けるから」とは、フィフィの言である。アクセサリーはもちろん、そのフィフィからもらったものだ。
胸に手を当てて見せつけると、肘置きで頬杖をつくサイプレス。
「今夜のお前のめかしこみようには、庭園の薔薇も我が身を恥じて慎むだろうな」
「褒めてるのか、それは!?」
「テメェにゃもったいないくらいにな?」
そう言って、小さく肩をすくめる。
いまいちそんな気はしないが、褒められた以上、褒め返すのが礼儀というもの。改めてサイプレスを頭のてっぺんから靴先まで観察し……唸りながら言葉を絞り出す。
「……刺繍が細かいところが、神経質そうで似合ってる……?」
「返礼を忘れなかったことだけは褒めてやる。あとは〇点」
「ヴッ」
サイプレスは、わずかに灰色がかった水色のジャケットに、淡いグレーのタイ。伝統意匠だろうか、服のみならず、靴先まで銀糸で精緻な刺繍が施されていた。確か……ヘレンが前に、「凍土松」とか言っていた植物の柄だった気がする。サイプレス一族の領地に生えている木だ。
他派閥の夜会だからか、いつもよりはしっかりしているが、それでもやや着崩したスタイルが彼らしい。……どうせ隠し武器でいっぱいだろうが。隙がありそうでない男である。
「本人に絡めるのは悪かねェが、言い方を考えろ。社交術の補習でもするか?」
「ヘレンたちと侍女長に教えてもらうからいい……」
吐き捨てるサイプレスに、ふる……と首を横に振る。卒業してまであのスパルタ教育を受けるのは、さすがに嫌だ。
男女で取るべき振る舞いも違うし、せめて同性に習いたい。断ると、サイプレスは侍女長、と口の中で転がした。
「……ああ、ブリアナ・ペチュリー=デュボワか。いや、離婚したからブリアナ・ペチュリー?」
「息災か?」
「元気そうに見えるな」
きびきびと働く姿を思い出して応じる。先日も友人とのお茶会の会場選びに失敗して、叱られたばかりだ。
「あとペチュリー家から籍を抜いた上で家令と再婚したから、今はブリアナ・コームレイン……って、知っているだろう」
説明しようとして、思わずツッコんだ。
「レーチェたちを置いてるんだから」
「体裁ってモンを気にしてやったんだろ?」
サイプレスの影と判明したレーチェだが、なんと、今もまだデュボワ邸に残っていた。影だとバレていたらもう意味がないのでは……とは思うが、優秀だし、他にクビにする理由もないので、とりあえず雇い続けている。ゆったりとソファに寄りかかる。
「どっちにしても、要らねえなら返せよ。うちはこの前『先代と同じ病』で、使用人も半減しちまったからな。人手はあって困らん」
「返さないからな!?本人が帰りたいと言わない限り!!」
全く……とため息を吐いて壁に寄りかかる。そこでふと思い出して、声をかけた。
「そうだ、サイプレス。落ち着いたらでいいので、そちらの影を少しこちらに貸してくれないだろうか」
「あァ?」
「家督を継いで調べてみたら、うちは影に該当する部署がないことが分かったんだ」
正確に言えばないことはないが、ほぼ機能していない。にも関わらず機密が外部に漏れていなかったのは、件の呪具と……潜り込んでいたサイプレス家の影の暗躍があったからだ。
三砦としての責任感からなのか、それとも、単に情報を独占したかっただけなのか。その辺りはよく分からないが、なんとも皮肉なことだ。
「今オパールに頼んで人材を育ててもらっているが、まだしばらくかかるということだからな。“正式な”繋ぎが欲しい」
レーチェは影としてではなく、侍女として仕えているのだから、その辺りの仕事は頼めない。せいぜいが、サイプレスとの連絡要員くらいだ。
(なら、堂々と頼んでしまおう)
少なくともウルスラは、その方が精神衛生上良い。ぐいと身を乗り出す。
「対価として、うちの軍か傭兵を、サイプレス領の害獣討伐に向かわせよう。何やら厄介な魔物がいて、困っていると聞いた」
「……クォルナか?」
「なんだ、聞いていたのか? ヘレンは仕事が早いな」
さすがはヘレンだ、尊敬を滲ませつつ交渉を続ける。
「駐留させるでもいいぞ。その間に、そちらはそちらで軍を立て直せばいい」
どうせ必要ならば、できるだけ被害が小さいうち、交渉材料があるうちに取り引きしておいた方がいいだろう。お互いに。
だと言うのに、サイプレスは思いっきり渋い顔をした。
「………もう少し他人を疑えよ……!」
「仕方がないだろう。三砦同士、協力し合うことを望んだのはそちらだぞ」
何を今更、と返す。
すると、サイプレスは虫を払うような仕草でウルスラを遠ざけた。
「ああもういい、分かった。前向きに検討するから、詳細詰めて書面で寄越せ」
「うむ!」
「『うむ』じゃねえわ、この大ボケ女」
「何故!?」
すると、コンコン、と控室の扉がノックされた。
「デュボワ侯爵、サイプレス侯爵、御準備をお願いします」
「ああ」
「おー」
ウルスラが頷くと、サイプレスも軽く手を振って、腰を上げる。
「……そういえば、王都の方で揉め事があったようだな」
廊下を歩きながらそれとなく問いかけると、サイプレスは「ああ、アレね」と短く応じた。
遠い北部の地で、その手のことには明るくないウルスラにも、噂が届いているのだ。相当な騒ぎなのだろうが、どうにも情報が錯綜していて、輪郭が掴めない。良い機会だからと聞いてみると、サイプレスはとんでもない情報をぶち込んだ。
「なんでも、我らが至高なる黄金が、第一王子殿下を殺しちまったらしい」
「はあ!?……っと」
思わず叫ぶと、案内役の使用人が怪訝そうに振り返った。ここがどこか思い出して、慌てて口を押さえる。
「至高なる黄金」は国王の暗喩だ。ひそひそ声で尋ねる。
「……事実か?」
「王城に潜らせてる鼠からの報告だ。間違いない」
「何匹ネズミ飼ってるんだ」
屋根裏を駆けずり回るヤツらを想像しながら、そうぼやく。意味は理解しているが、どうしてもそちらのイメージが強い。
首を振り、気を取り直して話を戻す。
「となると、王位争いは第二王子と第三王子の一騎打ち?」
「いや、第三王子も殺されてる」
「どういう経緯!?」
王は第三王子を可愛がっていたはずだ。そちらも死んでるとは何事。
さらに聞こうとすると、サイプレスは鬱陶しそうに首に手を当てた。
「ここで話すことじゃないだろォが。中央にはクォルナとファロがいたな? タダでここまで教えてやったんだ、あとはそっちに聞け」
そう言われて、友人たちの顔が脳裏をよぎる。……いつも送っている手紙の返事は、まだ来ていない。一気に青ざめるウルスラ。
大して信じてもいない神に、慌てて祈る。
「ヘレン!フィフィ!!無事でいてくれ〜!!」
「巻き込まれるようなボンヤリでも、巻き込ませるようなマヌケでもないだろォが」
「それは!そうだが!!」
どちらが、というのは、口に出さずとも双方分かりきっている。灰色の、冷めた目をした友人の方だ。
「むしろ政変に伴う人員整理枠狙って、文官試験の勉強、再開してンじゃねェか」
「それも!ありそうだが!!」
「ありそうなのかよ。マージありえねえ、あのクソ女」
しかしウルスラたちと違って、武力という点においては無力の二人なのだ。やはり不安は拭えない。
「レーチェを確認に行かせて良いか!?」
「書類上はテメェの配下なんだから、家内で判断しろよな〜」
そうこうしているうちに、大広間の扉の前にたどり着く。
ウルスラの身長でも大きな扉に、ゲンナリする。
「「……」」
ため息が重なった。それに気がついて、互いに顔を見合わせる。
「ため息か?珍しいな」
「いや……」
躊躇いながら答える。
「このまま入場したら、また婿志望の令息やその親に取り囲まれるのだろうなと思うと……つい……」
「奇遇だな、俺もだ」
いつも通りの感情の読めない声だったが、この時ばかりは、疲れが滲んで聞こえた。おや、と首を傾げる。
「てっきり、婚約者がいるものと思っていたが」
「生憎、十年ほど前にフラれてる」
「……さすがに冗談だろう?」
基本的に、なんでも器用にこなしてそつがない男だ。婚約者の一人くらい、どうにでも転がせそうだが。
眉を顰めて聞き返すも、小さく肩をすくめられただけだった。
まもなく入場と言われ、ふと思いついたウルスラは、横の少し離れたところにいるサイプレスへ話しかけた。
「……なあ、サイプレス?」
「おうよ、デュボワ」
「私たち二人がエスコート状態で入場したら、面白いと思わないか?」
どうせ囲まれることが確定しているなら、そしてそれをお互い面倒に思っているなら、良い具合に牽制になるのではないだろうか。当主同士である以上、要らぬ誤解を招く可能性も低い。
サイプレスはぴくりと片眉を上げる。
「別派閥のトップ同士、しかも、当主に就任したての二人が、か? そりゃさぞかし騒ぎになるだろうなァ」
そう言うと、意地の悪そうに目を歪めてこちらを見た。
「良いぜ、乗ってやる。連中の度肝を抜いてやるのも、悪くない」
「では決まりだな!」
そう言って、肘を突き出すウルスラ。眉を顰めるサイプレス。
「おい、淑女科で何を学んだ? 女はエスコートされるモンだぜ」
「それはそうだが、貴殿の身長に合わせると、私が屈まなければならないだろう。みっともなくないか?」
正式なマナーでは、男性が肘を突き出し、女性が男性の前腕部やや肘寄りの場所に手を置いて腕を組む。しかしウルスラは、角族の血を濃く引く者である。十八歳の今となっては、成人男性の中でも上背のあるサイプレスより、頭一つ分大きい。この身長差でマナー通りにしようとすると、だいぶ不自然なことになる。
サイプレスは再びため息を吐くと、普通のエスコートと同じように肘を突き出し、そのままがっしとウルスラと腕を組んだ。
「ん?貴殿は女性役だぞ?」
「矜持ってモンがあんだよ」
扉を開ける係がぎょっとする横で、じわじわと扉に近づく。
「……おい、これ思ったより動きづらいぞ!?」
「知るか。時間をかけて最適化されたものをぶち壊す以上は、そのくらい覚悟しろや」
「ヴッ」
扉が開く。
ダンスホールの眩い光が、二人の間に差し込んできた。
「どうせならテルセン辺境伯令息も道連れにして、三人で挨拶回りするか!両手に花というやつだ!!ははは!」
「北部三砦の友好関係はアピールできそうだな。セルドラン・テルセンがそこまでノリが良いかは知らんが」
普段通り、いつも通り。
軽口を叩きながら、ウルスラとサイプレスは煌めくダンスホールへ足を踏み入れたのだった。
〜fin?〜
「そういえば、今度オパールが家に呼んでくれるらしいぞ!サイプレスも一応呼ばれてた」
「日程次第だな」
〜To be continued……〜
分かり合えない、けれど、隣り合って生きていく人たち。
“彼女”と“彼”は、徹底的に正反対な二人です。生まれが違う、性格が違う、生きる世界が違う。そしてそれぞれの地獄がある。
それでも誰かと生きていく難しさ、というものが表現できていたら嬉しいです。
……まだいくつか謎が残っていますが、二人の視点からの物語の終わりということで、ここでエピローグとさせていただきます。
「面白かった」「ウルスラたちにまた会いたい!」という方は、☆を塗り塗りしていただけると、作者とウルスラたちが喜びます(サイプレスが喜ぶかは不明)。
それでは最後になりますが、お読みくださり、ありがとうございました。皆様に幸多からんことを、お祈り申し上げます!




