2-31. ささやかな答え合わせ、あるいは
「よう、待たせたな」
その一言と共に入室すると、客人は恭しくカーテシーをした。
「滅相もございません。サイプレス侯爵にご挨拶申し上げます」
「……気持ち悪ィなァ」
片眉を吊り上げ、薄笑いを浮かべる。
「普通に話せよ」
「そう?じゃあ、そうするわね」
その瞬間、客人の顔から淑女の笑みが消えた。同時に、切って捨てるような本来の話し方に戻る。
「爵位継承おめでとう。これ、お祝いの品よ」
そう言うと、傍らの侍女に視線で合図を出し、贈り物の中身を見せる。
「うちの領地で手に入れた、『スッカール』のティーセット。良かったら使って」
「ほう」
繊細で鮮やかな逸品に、思わず感嘆の声が出る。
「砂海の品か。見事な細工だが、鉱国式のティーセットは初めて見たな」
「老舗だけど、結構革新的なところもあるのよ。『国外にもこの魅力を知ってもらうには、その国の流儀に合わせて広めるのが一番』らしいわ」
「ありがたく使わせてもらおう」
連れていた侍女に贈り物を受け取らせると、ふと付け加える。
「ちなみに、家じゃなくて私個人からのお祝いだから」
「分かってる。この借りはお前につけとけって意味だな?」
頰に手を当て、満足げに頷く客人。抜かりないというかなんと言うか。
テーブル越しに向かい合う形で、ソファに腰掛ける。
「呼びつけておいてナンだが、ひっどい道だったろ? よく来られたな?」
「知り合いから良い馬車借りたし、オパールから悪路に慣れた御者と馬も借りたから」
客人はカップを片手に、こともなげに答えた。知り合い、ね、と心の中で繰り返す。
一通り互いの近況を話し、表面上の会話をなぞったところで、サイプレスはス、と手を上げた。
「人払いを」
客人の侍女が顔を強張らせる。一方、当の本人は落ち着き払った様子でサイプレスを見つめ……やがて、頷いた。
「いいわよ」
「お嬢様!」
鋭く抗議するも、客人は淡々と言った。
「いいのよ、セリナ。それに、最低限の配慮くらいあるでしょ?」
「扉は開けておくし、大声を出せば聞こえる距離には人を待機させる」
「ね?」
にっこり微笑む。
「サイプレスだって、この大事な時期に要らない騒ぎを起こすほど、バカじゃないわよ」
「……分かりました。ですが、何かあったら、すぐ!!呼んでくださいね!?」
主に向かって念を押したのち、こちらをきつく睨んで退室する侍女。
サイプレス側の使用人も部屋を出て、サイプレスはソファにふんぞり返った。
「ずいぶんと気の強い侍女だなァ。主君に似たのか?」
「そういうサイプレスは父親似?」
「今すぐ大声を上げにゃならん事態にしてやろうか?」
本気の殺意を乗せて凄むも、客人は知らん顔だ。平気でクッキーをかじる姿に、ため息を吐く。
「……それで?」
「?」
目に力をこめ、正面からその顔を見据えた。
「この結果は満足かい? 黒幕殿」
そう問いかけると、客人は、訝しげに眉を顰めた。
「……何の話?」
「この期に及んですっとぼけるとは、良い度胸してンじゃねェか」
テーブルに身を乗り出し、低く威嚇する。
「ウルスラ・デュボワを唆し、俺と引き合わせ、デュボワ侯爵位とサイプレス侯爵位それぞれの簒奪を幇助した」
「全て、お前の仕業だな?と言っている」
「何でそんな話になったのか、よく分からないんだけど。とりえあず、ウルとは友達よ?」
困ったように微笑んで小首を傾げる姿は、一分の隙もない貴族令嬢そのもの。身を起こし、肘置きをとん、と指先で叩く。
(しらばっくれるか)
それならそれで構わない。勝手に話を進めさせてもらおう。
背もたれに寄りかかる。
「俺の協力者にな?ビブリオ商会の次期会長って女がいるんだよ」
足を組んで、そう口火を切った。
「なんでも?現会長の孫娘で?訳あって両親すっ飛ばして跡継ぎになったんだとか? 俺らと同世代で、貴族の家庭教師までできるッてんだから、優秀だよなァ?」
声高に謳う。客人は無反応だったが、カップのハンドルをそっとなぜた。
その様子を見ながら、静かに続ける。
「協力関係を築く時に調べたんだが、本屋だから『ビブリオ商会』。ありふれた名前だろ? 王都の商人組合に登録されてる分だけでも、大中小合わせて二百はあってなァ」
商人組合とは、王城財務部の下部組織で、ざっくり言うと市井の商人たちと王城との橋渡し役を担う組織だ。必ずしも登録しておく必要はないが、よほどのことがない限り登録した方が得なので、大抵の者は登録している。
登録商会名簿を上から順に、売上やら構成員やらを調べた日々を思い出し、思わず苦い顔になる。
「おかげで、それらしい商会を割り出すだけで一ヶ月かかりやがった」
「暇なのね」
「忙しンだわ」
ふざけた名前しやがって、と吐き捨てる。ため息を吐いた。
そう、忙しかったのだ、あの頃は。学園で取り巻きたちの面倒を見て、王都邸で執務をし、領地の本邸で持ち出せない仕事と父たちの尻拭いをして。
だから、気がつくのが遅れた。
(どこまで狙っていたのやら)
頭の端でそう考えながら、淡々と事実を重ねる。
「問題の『ビブリオ商会』は、とある高名な文化人類学者が若い頃に立ち上げた商会だった。本拠地は王都」
登録書類に偽造はなく、筆跡も本人のもの。当時の組合職員も在籍していて、証言も取れた。そこまではいい。
問題は、この先。
「創設者であり現会長・ルクヴルール教授は、独身だ」
離婚歴もなければ、恋人・妊娠・出産を思わせる証言もない。養子も取っていない。
「当然、孫なんてものも存在しない」
では、サイプレスに接触してきた「ビブリオ商会会長の孫でその跡取り」とは、何者なのか?
答えは、学会での聞き込みで判明した。すると、今日初めて目を瞠る。
「学会? まさか教国まで行ったの?」
「行ったが?」
学会は、貴族社会とはまた違った人脈の場だ。しかも本拠地は他国。
既知であるベッケンバウワー教授の紹介がなければ、正直、お手上げだったかもしれない。かたり、とカップを持ち上げる客人。
「……暇なのね」
「暇じゃねえっつってんだろ」
一度話を切り、紅茶で喉を潤す。そしてゆっくりと、確認するように告げた。
「相変わらず『孫娘』の情報はなかったが、気になる証言があった。ルクヴルール教授には、孫のように可愛がっている愛弟子がいる、と」
学会にフィールドワーク、文献調査。研究絡みであればどこへ行くにも連れ回し、自分の後継者だと自慢する。
“彼女”を知る者は口を揃えて、「年若いが、あのルクヴルールの跡目に相応しい、優秀な学者だ」、と褒め称える。
口の端を吊り上げた。
「まさか、堂々デュボワの隣にいるとは思わなかったよ。なァ?
……ヘレン・サシャ・クォルナ伯爵令嬢?」
客人───ヘレンは、冷めた灰色の瞳のまま、こちらを見つめていた。
次回、「兄」編最終回です……!
お読みいただき、ありがとうございました。




