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2-30. 分家への対応


 爵位を継いで、オレガノが邸の中で迷わなくなった頃。




 サイプレスが自室……ではなく、当主の執務室で仕事をしていると、いつもの時間ぴったりに扉がノックされた。



「失礼致します」



 入室を許可すると、ヨーナスに代わって家令になったチャイブが、扉のところで恭しく礼をした。


「おはようございます、我が君。今朝のお手紙をお届けに上がりました」

「御苦労」


 そう言うと、トレイの上で山となっている大量の手紙を差し出す。頬杖をつき、他人事のようにぼやいた。

「おーおー。今日もすげぇな」

「これでも安全確認が済んだものに限ったのですが……そろそろ落ち着いてほしいですね」



 サイプレスが侯爵位を継いだことを公表すると、ここしばらく没交渉が続いていた分家たちから、次々手紙が届いた。



 内容は、ご機嫌伺い半分、探り半分、といったところか。父と使用人たちの死は、表向き「邸内で発生した集団感染」、裏向きには「横領の証拠隠滅を図った当主の乱心」となっている。

 しかし、直近まで父とやりとりしていた一族の者は、薄々気がついたはずだ。



 雪に閉ざされた邸で、本当は何があったのか。



 自称妹の婿候補を出していた家などは、震え上がっただろう。かと言って、証拠も無しに糾弾すれば、痛い腹を探られることは確実。最悪、横流しされた支援金について、返金を要求されかねない。

(……まあ、だからこそ気になって仕方がないんだろうが)

 既に何家か、見せしめも兼ねて派手な当主交代劇を演出してやってもいる。最高の脅しだろう。手紙の送り主の家々も、近々サイプレスにとって都合のいい、別の親戚に取って代わらせるつもりだ。


 鼻歌を歌いながら、手紙を確認していく。


(側近たちの生家もあるな)

 元々、サイプレスとまとめて処分されかけていた連中だ。生家との関係など、良好であるはずもない。


 となれば、可愛い子分どもを爵位持ちにしてやるのもいいだろう。なんにせよ、今の当主たちと仲良くする気など、皆無である。丹念に破いて、紙片を暖炉に放り込む。




 彼らは、自分の家の子息を自称妹へ婿入りさせ、サイプレス家を乗っ取ろうと画策していた。仕事をしない父の代わりにサイプレスが忙殺されていた、その間に。




 燃えていく文面を、鼻で笑う。

「何が、『サイプレス家と一族のために』だ」



 嘘吐きめ。



 そう独りごちて、分家からの手紙を次々引き裂いていく。


 




 破いて、燃やす。破いて、燃やす。




 破く、燃やす。破く、燃やす。




 燃える、燃える、燃える、燃える………。





「……と、これは燃やしたらまずいな」

 

 差出人を見て、ふと手を止める。チャイブは「次兄からですね」と呟いた。


 執務机に戻り、どかりと椅子に腰を下ろすと、ペーパーナイフを手渡す。

「我が君が、家督の簒奪に御手を貸してくださることになったでしょう? これでようやく惚れた女に求婚できると、喜んでおりまして」

 封を切り、あらかじめ内容を知っていたらしいチャイブの要約を聞きながら、目を通していく。



「つきましては、我が君にその許可をいただきたい、とのことです」

「許可?………ふうん、そういうことか」



 読み進めて納得した。彼が惚れた相手とは、デュボワの元後継ぎ──ウルスラの異母兄の、婚約者だった女なのだ。



 派閥を越えての縁談となれば、慎重にことを進めてしかるべきだろう。ふむ、と顎に手を当てる。



(確か、デュボワの分家の子爵令嬢だったな)

 分家の子爵家という低い立場で、「あの」侯爵家の面々からのらくらと逃げ続けた子爵夫妻。そして長い婚約期間中、一度も隙を見せなかった令嬢。



 彼女たちのことは、サイプレスも評価している。行き遅れ同士、年齢も釣り合っているときた。真新しい便箋を取り出し、ペン先をインクに浸す。


「無事に口説き落とせたら、酒でも奢ってやろう」


 チャイブ家は、一族内でサイプレスに次ぐ地位を持つ家だ。上手くいけば、愚か者どものせいで壊れたデュボワ一族との縁を繋ぎ直せる。さらさらと返事を書いて、確認を済ませたのち、封筒を閉じた。

「………ところで」

「?」

 届いた手紙を、ちらと見やる。


「持ち上げ方がやたら大袈裟なのは、血筋か?」


 便箋を埋め尽くすのは、過去の偉人を称える歴史書か、王家へ献上する詩文くらいでしか見かけない、美辞麗句の数々。

 結論として、異様に華美で読みづらい仕上がりとなっている。許可をもらって次兄からの手紙を読んだチャイブは、首を傾げつつ答えた。



「血筋云々は分かりませんが、愚兄も影としての教育を受けた者です。普段から感情を抑制している分、素ではオーバーになりがちなのかもしれません」


「なんじゃそら」



 本気で言っているのなら、とんだ悪癖だ。どこまでも胡散臭い連中である。





 チャイブとの掛け合いを挟みつつ、手紙を捌いていく。




 と、その手がぴたりと止まった。目敏く気がついたチャイブが、ふと問いかける。



「そちらは?」

「……ソード子爵家……母上の実家からだな」

 先日……具体的にはサイプレスが父の跡目を継いだのとほぼ同時に、ソード子爵家でも同様の事案が発生した。



 すなわち、叔父が己の父でサイプレスの祖父であるソード子爵を廃し、新たなソード子爵になったのだ。



 ソード家は、北部辺境でもガーデロン家に次ぐ資産家だ。デュボワ家も含め、北部辺境の有力な三家が、ほぼ同時に世代交代を果たした形となる。手紙をチャイブに差し出す。

「で、『双方世代交代したことだし、親世代のことは水に流して改めて支援をしましょうか』という提案の手紙だな」

「それはそれは」

 そう言いながら、素早く文面に目を通していく。

「新ソード子爵は我が君の叔父君ということですが、どのような人物なのですか?」

「……………さあな」

 その答えに、チャイブはわずかに片眉を上げた。



 大人になってから知ったが、ソード家は叔父を病弱と偽り、冷遇していた。


 「冷遇」といえばまだ聞こえはいいが、実態はそれ以上だろう。幽閉に近い扱いだったはずだ。幼い頃、一度だけ会ったことがある叔父は、片足を引きずり立つのも辛そうだったのに、杖すら持たされていなかった。



 小さく肩をすくめる。

「面識がほぼないからな。知らん」

「左様でございますか。……『過去の支援金の返済は不要』? わざわざこうして相手の手元に残る形で断言とは……なかなかに太っ腹ですね」

 投げやりな台詞を受けたチャイブは、すぐに話題を変えた。手紙を片手に持ったまま、首を傾げる。

「しかし、この理由は……?」


 たった一言、「いずれ貴方のものになる」と。それだけ。


「どういう意味です?」

「……そのままだろうよ」

 人生の大半を、幽閉されて生きてきた叔父。彼が何を思ったのかは、分からない。



 突如として簒奪に動き、ほんの数年で当主の座を奪ってみせた男は、今なお、沈黙を貫いている。



 手紙を返すチャイブ。

「まあ領地の復興はガーデロン家からの支援で十分賄えますし、わざわざ一度揉めた家とまた関わる必要はないかと。新当主の手腕も、いまいち分かりませんし」

「……そうだな」

 便箋を封筒にしまい、そっと引き出しに入れる。




 精査の結果、不要と断じられた手紙が燃えていくのを、なんとなしに眺める。すると、アーティチョーク姉弟がひょいと顔を覗かせた。


「我が君ー」

「そろそろ……」

「ん。そうだったな」



 立ち上がり、襟元を正して袖の汚れを確認する。




 今日は、来客の日だ。



 大切なことなのでもう一度。サイプレスは機嫌が良さそうに見える時ほど、機嫌が悪いです。


 鼻歌なんか歌ってる時は、特に要注意です。


お読みいただき、ありがとうございました。

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