2-29. 死人は蘇らない
流血・残酷表現注意。
「こんな……こんなことをして、タダで済むと思うなよッ!!」
いよいよ余裕がなくなったのか、父は顔を赤黒く染め上げ、唾を飛ばして怒鳴った。己を押さえつける兵の下で、のたうつようにこちらを威嚇する。
「『南』を味方につけたところでなんだ! 分家と……領民!そう、領民が黙ってないぞ!!」
「ああ、大丈夫ですよ」
対するサイプレスは、平然と応じた。分家は父が娘と実権を失った時点でもう用済みだろうし、領地も領地で、手は打ってある。
「領民には、貴方が『領地の金を私的に使い込んだ』という噂を流しましたから」
「……は?」
目を見開く父。領地の村にサイプレスの悪評を流した件の行商人たちを捕まえて、協力させたのだ。アーティチョーク姉弟も動かし、噂は既に領地中に広がっている。大袈裟に肩をすくめ、やれやれと首を横に振ってみせた。
「薄情ですよねえ……行商人が心配になるくらい、アッサリ信じたそうですよ?」
結局のところ、領民たちは「自分たちに都合がいい理想の領主様」しか見ていなかったのだ。
だから、噂一つで簡単に手のひらを返す。冷めた笑みで告げる。
「もう少ししたら、『使い込みの事実を隠蔽するために、証人である使用人たちを虐殺したのだ』という噂を流します。イイ感じで辻褄が合うでしょう?」
「よ、よくもそんなデタラメを……!!」
怒りで声を震わせるも、サイプレスは静かに繰り返した。
「デタラメ、ねえ……」
「当たり前だろう!! 私は使い込みなどしていない!」
「ビブリオ商会からの支援金」
その一言で、喚いていた父がかちりと固まった。
「王都の俺に、接触してきた奴がいましてね。『領地の復興にと出資したのに、遅々として進んでいる様子がない。どういうことなのか』とね」
誰であろう、協力者であるビブリオ商会の女である。
彼女は最初から、支援金の行き先を調べるために乗り込んできたのだ。自称妹の家庭教師として。
(何も知らないような顔で堂々正面突破とは、恐れ入る)
父もよく雇ったものだ。しゃがみこみ、丁寧に言い聞かせる。
「出資金は、あのバカ女を当主にするための根回しやら家庭教師代やらに使ったそうですね? 出資目的を考えれば、詐欺もしくは横領ですよ?」
「……ッ」
その一言に、父はヨーナスを睨む。ヨーナスは青い顔で首を横に振った。
厭悪を込めて鼻を鳴らす。
適切に積み立て、運用していれば、三年は復興が早まったであろう大金だ。気がつかなかった自分にも腹が立つ。
膝に手をついて立ち上がった。
「そうでなくても、ソード家との政略を壊し、領地を窮地に追い込んでもなおあの女に貢いだのは、事実でしょう? 愚民にも分かる言い回しで教えてやっただけですよ」
「そッ……。……?」
するとその時、父がふと真顔に戻った。
少し灰色がかった、淡い水色の瞳と目が合う。
「……お前……そんな話し方だったか?」
その一言に、思わず笑いが漏れる。
「『俺』は、ずっとこうですよ? ずっとね」
今更、もう遅い。
そう言って、父を押さえているローデンヘルムに、顎で指示を出す。手首だけ拘束し、膝立ちさせて手を放すローデンヘルム。
ねっとりとした口調で語りかけた。
「ねえ、父上。貴方はまだ若い。男の盛りだ。
……貴方が生きている限り、俺は、第二第三のあの女を警戒しないといけないんでしょうね?」
「……っ!?」
上半身をのけぞらせる父。その様子を意にも介さず、サイプレスはチャイブが差し出した剣を受け取り、鞘を握った。
「よっく分かりました。この家は、この一族は……誠意を示し、情を見せ、勤勉に努力し、懸命に尽くせば尽くすほど……つけ上がる」
こつりと一歩、前に出る。
「最初から、こうしておけば良かった。全くもって無意味で、無価値で、無駄な八年でした」
「もう、間違えない。俺の邪魔をする奴は、一人残らず潰してやる」
「ひ……!!」
逃げようとしているのか、いやいやするように身をよじった。
「っま、待て……!分かった、私も“檻”に入る、それでいいだろう!?」
「駄目だ」
即座に却下する。
「父上は放蕩者の俺なんぞより、ずっと人望があるでしょう? 使用人はおおよそ始末しましたが、俺が把握していないだけで、まだ支持者がいるかもしれない」
腐っても、北部の影の長だった男だ。見張りを懐柔するのも、己の死を偽装するのも容易いだろう。カラリと言ってのける。
「でも、死んだら生き返りませんから!少なくとも、生身の父上に煩わされることはなくなります!」
そしてふ、とまた声のトーンを落とす。
「……ああ、もしかして、あの女を逃してやるつもりでしたか? それで自分は後ろ盾として再び表舞台にと。なるほど、なるほど」
「そんなことはしない!頼む!信じてくれ!!」
しゃりん、と。
高く澄んだ音が響いた。
「家族を愛し、愛されたくてもがいていた、愚かで優しい子どもは死にました」
そう、死んだのだ。
父に真冬の庭に放り出されてから。
母に呪いの言葉を吐かれた時から。
死んだ人間は、生き返らない。当然だ。
「『俺』は、お前を信用しない。期待もしない。
ここで……死ね」
「ジェ……!」
ぐじゅ。
鮮血が、大理石の床を汚した。どさりと重く湿った音が響く。
サイプレスは返り血もそのままに、ゆっくりと口を開いた。
「……我が父、セシリオ・ジェド・サイプレスは、病により横死された」
血のついた刃を肩に置き、階上を見上げる。同じく血に塗れた配下たちが、ずらりと並んでこちらを見ていた。
彼らにも届くように声を上げる。
「今この時より、名実ともに俺がサイプレス家当主、サイプレス侯爵だ。
……異議のある者は?」
水を打ったように静まり返る。たっぷり五つ数えて、続けた。
「では、賛成の者は?」
直後、邸が震えるような歓声が湧き上がった。
「「賛成!賛成!!」
「異論なし!」
「我が君、万歳!」
「新サイプレス侯爵、万歳!」
「敬愛する我らが君主に、吹雪の使徒の祝福あらんことを!」
仕組まれた大歓声の中、真っ青な顔で座り込んでいるヨーナスに目を向ける。
「なんだよ、景気の悪ィ顔しやがって」
「……坊ちゃ」
「俺ァ、お前たちに期待してるんだぜ? 大勢に逆らわず、『自分は家の為に精一杯頑張ってます』っていう体だけは崩さずに、面倒事は上手ァく躱して。実に上手いこと立ち回ったもんだよなァ?」
カッカッ、と靴音を立てて歩み寄る。
「だから、さ」
背後の壁を蹴り、ネクタイを掴んで締め上げた。
「今回『も』、風を読んでくれるだろ? 風見鶏諸君」
「………ッ!」
ヨーナスの顔が恐怖で歪む。突き放すと、大きく手を広げた。
「なんだよ。そんなに怯えなくたっていいだろ? 誠心誠意尽くすさ、何せ俺ァ、真面目と誠実しか取り柄がないつまらない男だからな! あはははは!!」
哄笑し、低く吐き捨てる。
「笑えよ」
「これがお前らの望んだ結末だろ?ん?」
「………」
黙り込んだままうつむくヨーナス。フン、と鼻で笑う。
「あくまで家のためだと言い張るなら、命を捨てる覚悟くらいは持っておくべきだったな。……不忠義者が」
踵を返し、配下たちに向かって指示を飛ばす。
「アーティチョーク、隠蔽工作を開始しろ。オレガノとジギタリスは狩り残しがないか確認。ローズマリー、チャイブ。……残った使用人に、ちゃーんと、言い聞かせておけ」
「「おまかせを!」」
「「御意のままに」」
「はぁ〜い」
「かしこまりました」
鼻歌を歌いながら、大階段を登っていく。
血に濡れた自分のカオは、きっと、サイプレスに相応しい表情をしているのだろう。
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