2-28. 取捨選択
流血・残酷表現注意。
扉が閉じるのを見届けたサイプレスは、未だ鍔迫り合いを続けている兵たちへ、短く命じる。
「もういい。やれ」
「は」
返事と同時に、スラリと剣を抜く兵士。
───次の瞬間、その剣は相手の喉を貫いていた。
「え?」
ゴフッ、と血を吐く。
そのまま剣を横に払うと、兵士の身体は喉から血を吹き出しながら、床に投げ捨てられた。
重く鈍い音が響く。
「………いやあああああっ!!」
侍女の悲鳴を皮切りに、各所で牽制に徹していた兵士たちが、次々と相手を斬り捨て始めた。怒声と混乱が伝播する玄関ホールの真ん中で、サイプレスは首に手をやり、こきりと傾けた。
「予定通りだ。……刃向かう者は、全員殺せ」
「生き残りでも、リストに名のない者は殺せ。サイプレス家には不要な存在だ」
「ハッ!」
早々に父寄りの兵士たちを片付けたサイプレスの配下たちが、整然と階段を登り、廊下を駆けていく。
既に各所では、ローズマリーたちによる制圧・選別が始まっている。
各班の班長には、持ち主に従うよう書かれた、彼の署名と家紋つきの書状を持たせた。貴族の意を記した正式な命令状で、従わないどころか、床に落とすだけでも不敬と取ることができる。使用人がそれを提示された場合、すぐさまその場に跪かなければいけない。それほどのものだ。
それをしないならば、その者はよほどの阿呆か、身の程知らずということになる。どちらもサイプレスには要らない。
かつん、と革靴の音が響く。
「必ず、首を刎ねるんですよ」
使用人のフリをして紛れていたチャイブが狩猟用の黒い革手袋を嵌め直しながら、一歩前に出た。
「我が君の意に反した生き残りなど、存在してはいけませんから。……ああ、エッカルト。そちらの始末がついたら、扉の見張りをしなさい」
「ハッ!!」
最初に剣を抜いた騎士が、刃の血を払いながら応じる。侍女長が口元を押さえて呟いた。
「なんてことを……」
憎悪の籠った目でこちらを睨み、食ってかかる。
「我々使用人一族の長年の忠義と旦那様への御恩を、お忘れになったのですか!? それでもこのサイプレス家、のっ?」
チャイブの一刀が、その言葉を遮る。てん、とひっつめの頭が床に転がった。
「ヒッ」
「侍女長ですらこの有り様とは」
引き攣った悲鳴をあげたヨーナスには見向きもせず、チャイブは蔑んだ笑みを浮かべた。
「侍女は全滅ですか? 我が君」
侍女たちがびくりと肩を揺らす。ちら、と怯える侍女たちを見たサイプレスは、首の横で手を動かした。
「どのみち、そいつらは全員リスト外だ」
「かしこまりました」
そう言って、忠実な右腕らしく一礼すると、血に濡れた剣を侍女たちに向ける。
悲鳴が響き渡る中、一人押さえつけられたままの父は震える声で尋ねた。
「………まさか、お前」
「うん?」
わざとらしく語尾を上げ、笑顔で聞き返す。
「だって、北部の影・サイプレスの内情をよく知る者たちですよ? 生かしておけないでしょう?」
サイプレス家は、国家防衛における情報戦の要だ。当然使用人にも、それ相応の格が求められる。
家のため当主に諫言する忠義もなく、易きに流されやすく、危機管理能力も低い。
私情で政略をぶち壊す当主に盲目的に従い、なんの教育もできていない小娘に侍り、横暴を許す。
そんな無能は要らない。馘首は確定だが、下手に野に放って、内部情報が敵───軍国の手に渡るなど、もっとありえない。
「なら、処分が合理的でしょう? なに、吹雪に閉ざされた邸で大量死……なんて、サイプレス一族じゃ珍しくもない話です!」
「我が君の深謀遠慮には、感服しきりでございます」
反抗した使用人を躊躇なく斬り捨てたチャイブが、絶妙なタイミングでヨイショを入れた。こいつは学園で何を学んだのだ。
「貴様ァ!!気でも触れたか!!」
笑いが漏れる。
(何を、今更)
気なんか、ずっと触れている。
へらへらと笑ってみせた。
「父上が悪いんですよ? マナーどころか出自も怪しいあんな小娘に、『婿を取らせて家を継がせる〜』なんて言うから」
死体と血の海に一歩、足を進める。
「二年前かな……思い知らされましてね。俺には、何もないと」
家族からの愛情も。
周囲の人間からの人望も敬意も、何ひとつとして。
「『サイプレス侯爵家次期当主の座』。……俺には、それだけです」
「貴様など所詮、その程度だったということだろうが!!」
「ええ、そう!そうなんですよ!!次期サイプレス侯爵でない俺など、何の意味も価値もない!!」
痛感しましたとも!と大袈裟に手を広げて嗤う。そして謳う。
「でもそれなら、どうして分からなかったんです?」
「?」
「……後のない俺が、いずれ暴走するやも、と」
ひっそりと告げた一言に、父が大きく目を見開いた。
邸の奥から、使用人たちの悲鳴と怒声が、聞こえてくる。
長い沈黙の末、怯えたように口を開く父。
「……こ、これは簒奪だぞ」
言うに事欠いてそれか、せせら笑う。
「いぃえぇ、穏便かつ真っ当な、爵位継承でしたとも」
「……『でした』?」
ぱちりと瞬きする。その様子を笑顔で観察した後、サイプレスは胸に手を当てて宣言した。
「今、サイプレス侯爵は、父上ではなく俺です」
「はあ!?」
「そんな馬鹿な!!前保持者である私の許可無しに爵位を継ぐなど、不可能だ!!」
「おや、お忘れですか? 前保持者の同意なしで爵位継承できる条件」
はっと息を呑む。腐っても侯爵家当主、最低限のことは覚えていたらしい。だが、遅い。
「貴族法五章三節『貴族家当主の権利の移動について』」
微笑みながら、誦んじてみせる。
「『死亡・傷病・心神喪失などの事由で現爵位保持者に正常な判断が不可能と認められた場合、王家と宰相室の指名した有資格者が爵位を継承できる』」
出自不明の平民を「自分の娘だ」と言い張り、呪術鑑定も無しに養子に入れる。
既に実務の大半を担っている長子がいるのに、学園にも入学できない学力の次子に婿を取らせて、後継にすると言い出す。
我が子に関するデマを振り撒き、領地経営を混乱させる。
ここ二年ほどはサイプレスの影の長と結託して、“お務め”も取り上げたのだから、仕事もしていない。ダメ押しで、ビブリオ商会の彼女が取りまとめた、自称妹の家庭教師に来た者たちの証言も提出してやった。
「で、結果がコレです」
王家の紋が押された通知書を、ひらりと目の前に差し出す。父は床に押さえつけられたまま、奪うように書類を手に取った。
『───以上のことより、セシリオ・ジェド・サイプレスに正常な判断能力はないと認め、サイプレス侯爵位とそれに伴う全権限の移動を認める』
他にも色々書いてあるが、重要なのはこの一文だろう。書類を握ったまま青ざめていく父。見事なまでの自業自得である。
「そんなわけで学園卒業と同時に、俺がサイプレス侯爵になりました。厄介ごとをぜぇんぶ押し付けていたのが、アダになりましたね?」
ピッ、と父の手から通知書を抜き取り、顔の横でヒラヒラさせてみせた。
「側近たちやウルスラ・デュボワの卒業の都合やらで、今日までおとなーしく従ってましたがね。父上好みの、物分かりのいい『イモートオモイノオニーチャン』だったでしょう?」
お読みいただき、ありがとうございました。




