2-25. 苦い酒
「以前、仰っていたではありませんか。『当代のデュボワは、武力と下半身しか取り柄がないのに、頑固で扱いづらい』と」
「『次代も、当代そっくりで困る』と」
「……何が言いたい」
上目遣いに睨みつけるのを、笑顔で受け止める。
「どうせ脳筋なら、転がしやすい方がいいのでは?」
「あれは相当のんきですよ。実権など容易に奪えましょう」
「簒奪を手伝うということか」
「ええ。そうして恩を売った後、婿を送り込んでサイプレスの傀儡とするのです」
さらさらと。流れるように。
吐き気がする幻想を、語る、騙る。
「失敗したら、全て庶子に被せてしまえばいい。上手くいけば、デュボワ家とその一族が手に入りますよ」
「婿には誰が行くんだ。蛮族の娘で庶子の婿になんぞ、誰がなりたがる」
「そこは責任を取って、俺が」
ぱちり、と瞬きする。
「お前が?」
「ええ。なに、あの程度のお花畑一人、如何様にでも転がしてみせましょう! それに……」
そこまで言うと、サイプレスは眉尻を下げて、しおらしく告げた。
「俺がこの家に残ると、あの子の爵位継承の妨げとなるかと……」
すると、父は僅かに目を瞠った。内心ほくそ笑む。
(婚約者候補の家からせっつかれているはずだ。「婿入りは子息を家から出すことが条件だ」と)
既に分家には「サイプレス侯爵は婿に実権を握らせない気だ」という噂を流した。「長男を手放す気はない」とも。
爵位継承権を持ち、執務全般の実権を握る居候など、不都合極まりない。せっかく我が子を婿の座に押し込んでも、魅力半減だ。
微笑みながら父の返事を待つ。
サイプレス。利己的かつ排他的で、悪知恵ばかり回る、冷酷で疑り深くて陰湿な一族。
真っ先に不安要素の排除にかかるであろうことは、容易に想像できた。
そして、それは父も。案の定、眉を顰める。
「それでは誰が執務をするんだ、放り出す気か?」
想定通りの反応だ。もったいぶるように口を開く。
「実は、学園で分家の子息たちと親しくなりまして」
「は?聞いてないぞ」
伝えた。詳細までは伝える機会がなかったが、業務報告書にそうと分かる記述は山と書いた。
「それは申し訳ありません」と適当に流し、話を続ける。
「生家から冷遇されている、可哀想な奴らです。彼らから婿を選びませんか?」
優しく、柔らかく、しかし不自然にならぬ程度に。
甘美に薫る猛毒のように、囁く。
「分家におもねることも、こちらに逆らうこともない、良い婿になるかと」
帰っていい生家などないのだから、こき使ったところで逃げ出すことはない。歯向かうことも、同じく。
父の好みそうな言葉を選びながら、すらすらと利点を語る。
「俺としても、デュボワを乗っ取った後、やりとりがしやすくて助かります」
「ふむ……」
サイプレス一族の血筋にこだわっている父のことだ。是が非でも分家から婿を迎え、その血を維持したいはず。
(なら、準備してやればいい)
都合の良い駒を。
案の定、父は顎に手を当てる。
「悪くないが……分家が懐柔に回り、婿が絆される可能性はないのか?」
「……───虐げられた人間の恨みは、消えませんよ、父上」
静かに、穏やかに。
「懐柔は不可能です。生家から救い出したサイプレスに、生涯尽くすでしょう」
「ふむ」
しばし考え込み、最終的に「……まあ、デュボワを取り込めるのは悪くない」と呟く。
「検討してみよう。……それにしても……」
破顔し、満足げに頷いた。
「ようやくお前も、自分の役割が分かったのだな。褒めてつかわす」
「……ええ」
その言葉に、今日、この部屋に足を踏み入れて初めての、混じりけのない事実を語る。
「俺はサイプレスのために、存在するのですから」
数週間後。
サイプレスは王都の邸の自室で、寝酒を嗜んでいた。
領地の邸から連れてきたわずかな使用人は、領地に帰した。こちらの者たちにも跡取りの件は伝わっていたらしく、サイプレスが「出世レースに出遅れるぞ」と囁くと、喜んで戻って行ったのだ。
グラス越しに暖炉の火を見つめながら、鼻で笑う。
(忠誠心も良識も、あったものじゃないな)
鼻で笑い、グラスの氷を揺らした、その時。
不意に、背後に気配を感じた。
なんとなく思い当たる節があった彼は、飲みかけのグラスを肩越しに後ろへ差し出す。
「飲むか?」
「賜ります」
張りのある壮年の男の声が応じ、グラスが手から離れた。膝の上で手を組む。
王都の空は、夜でも相応に明るい。暖炉の薪が小さく弾け、グラスを弄ぶ音が聞こえる。
「……あまり、酷なことはなさらないでいただきたい。あれらはまだ新米です」
「ハッ」
間髪入れず、嘲笑う。
「六歳のガキの間食に毒を混ぜた連中の親玉とは思えねえ台詞だな」
懐いていた使用人に毒を盛られ、血を吐き床でのたうち回る彼に向けられた言葉は、今でも覚えている。
「出された食事が必ずしも安全でないことを学べて良かったですね」だ。
こちらを睥睨する冷たい眼差しも。踵を返す後ろ姿も。
だから、彼も同じ言葉を返す。
「ああいう方法で騙す奴がいると学べて、良かったな?」
八つ当たり?知ったものか。
「それともアレか? 主家の子どもにはやってもよくて、テメェの部下にやられるのは嫌だと?」
心の底から、吐き捨てる。
「イイ御身分だなァ、オイ」
「…………」
返事は、静かな、平坦な声だった。
「…………変わられましたね」
「そうだな」
「望み通りだろう?」
「───……」
わずかな沈黙の後、かろり、とグラスを傾ける音がした。
「……苦い酒ですな」
背後から手が現れて、氷だけになったグラスをテーブルに戻す。想像よりずっと、老いた手だった。
「馳走になり申した。……これ以後、我らサイプレスの影は、貴方様に従いまする」
「“お務め”は通常通りに」
先ほどまでのふざけた気配は毛ほども感じさせない、冷徹な声音を出す。
「邸に動きがあれば知らせろ」
「かしこまりました」
微かな布ずれの音がして、気配が消えた。
グラスの氷を指先で軽く弾き、鼻で笑う。
「酒なんか、どれも同じだろ?」
臭くて、苦くて、クソ不味い。
お読みいただき、ありがとうございました。




