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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第二部 嫡出の兄
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2-24. デュボワ侯爵令嬢



 「会ってほしい者がいる」と言われたのは、王都がすっかり冬に包まれた時期のことだった。




 いつも通り呼び出されて行くと、寒い寒いとぼやいて、カフェの個室でココアをすするビブリオ商会の女。




 サイプレスの感覚からすれば、この程度はむしろ、暖かい部類に入るのだが。王都以南の出身者らしいと断じて、テーブル越しに問いを投げかける。

「誰だ?」

 すると、ようやく体が温まってきたらしい彼女は、ほうと息を吐いていつものように微笑んだ。



「サイプレス侯爵令息のお悩みのいくつかを、解決できる方ですよ」





 訝しく思っていると、彼女が指定した面会場所は、学園の廊下。


 まさかと思ったが、予感は的中した。






 ───待ち合わせ場所にいたのは、一人の女子生徒だった。






 ただの女子生徒ではない。デュボワ一族特有の、燃えるように真っ赤な髪。気の強そうな目は、「最も正当なデュボワの証」と名高い、鮮やかで深い緑。


 角族の血を濃く引く大柄な体躯に、瞳と同じ色の角が一本、額から伸びている。





 三砦が一隅・デュボワ侯爵家の庶子、ウルスラ・ユッテ・デュボワ。





 約束の時間より早く来たサイプレスは、壁に背を預け、廊下の曲がり角越しに彼女を観察していた。女の言葉と意味ありげな表情を思い返しながら、腕を組む。

 


 彼女のことは知っていた。同じ北部辺境を守る家の者としてもそうだが、学園内で数回、見かけてもいる。




 周囲より大きい体を恥じるように、背を丸めていた令嬢。




 「気が弱そうだな」と、それで終わっていた。改めて、そちらを見る。

(だいぶ様子が変わってるな)



 背筋をしゃんと伸ばし、雨の降りしきる中庭を眺める姿は、どう見ても立派な貴族令嬢だ。



 情報を思い出しながら、考えを巡らせる。


(確か、ガーデロン子爵の今の婚約者はあいつだったか)


 あそこは北部辺境きっての資産家だが、間違っても好き好んで嫁入りしたがるような家ではない。父であるデュボワ侯爵には冷遇されているようだし、支援目当てに押し付けられたのだろう。ふむ、と顎に手を当てる。


(あの家なら、今うちに必要な金を出すのはそう難しくないな)


 自称妹の引き取り手にも悩んでいたので、渡りに船だ。


(なるほど。「問題のいくつかを解決できる」、ね)

 口の端が吊り上がる。そろそろ時間だ。


 かつん、とわざとらしく靴音を鳴らして、躍り出る。




「………お前かァ、俺に用があるってのは?」









 ……多少のトラブルはあったが、話し合いの結果自体は上々と言えよう。




 最低限の条件を取り付け、踵を返す。ある程度離れ……足を止めた。



「……オイオイ」



「俺に嘘を吐かせるなよなァ〜」

「……申し訳ありません」

 背後からチャイブの声がした。あれだけついてくるなと言ったのに、結局ついてきてしまったらしい。いつもの距離を、靴音が続く。

「しかし、御身に万が一のことがあってはいけません。……それに」

 途中で言葉を切り、吐き捨てるように言った。


「あちらも一人ではありませんでした」

 無言で頷く。



 「有事とあらば、その首すぐさま掻き切ってくれる」と言わんばかりの殺気を放っていた何者か。



 ウルスラ・デュボワはまるで気がついていない様子だったが、背後でずっとチャイブと牽制し合っていた。問いかける。


「俺の位置からは見えなかったんだよなァ、誰だ?」

「『黒くない黒』です」

「ストーンか。……面倒だな」

 ストーン家は、シュゼイン公爵家の直臣の家だ。確か、現子爵夫妻の長女が、同学年にいたはず。名前は……オパール、だったか。華やかな見目と愛嬌のある性格で、武官科所属の者たちが「可愛い」と盛り上がっていたのを覚えている。



 そして彼らの長・シュゼイン公爵は、人倫に悖る行為を心底嫌う、人格者である。



(武官科のよしみで見に来たのか、それとも上から何か指示があったか)

 なんにせよ、妙な真似をすれば、すぐにシュゼイン公爵に報告されるだろう。たとえうっかりでも、国家防衛における英雄であり要、ついでに北部辺境の恩人でもある彼を敵に回すなど、御免被る。



 かっ、と周囲が白く光った。



 柱の裏にいたサイプレスが濃い影に呑まれた瞬間、轟音が響く。雷だ。

 黒雲立ち込める空をちらと見……再び前を向く。


「なら分かるな。この件に関して、余計な手出しは無用だ」


「他の奴らにも徹底しておけ」

「それはもちろんですが……」

 戸惑い混じりに諾を示したチャイブは、それでも確認を入れた。

「本当によろしかったのですか? 十歳まで街で育った元平民で、その上脳筋のデュボワですよ?」


「一時とはいえ、当主の執務などさせては、領地が滅茶苦茶になるのでは?」

「………さあな」

 小さく肩をすくめ、天井を仰ぐ。


「どうせすぐに他の身内に掻っ攫われるさ」

 そうであれ、と切に願う。






 月末。いつものように領地に戻ったサイプレスは、「ドレスを贈る」という口実で自称妹を採寸へ追い払った。


 実際には、採寸をするのは仕立て屋ではなく、その息子であるサイプレスの配下候補。贈るドレスも、既製品に毛が生えた程度のものにする予定なので、懐はさほど痛まない。そうして、父の時間をもぎ取った。



「デュボワの庶子と接触しました」



 ご機嫌から一転、片眉を吊り上げる父。愛想よく微笑みながら、適当に嘘と真実を織り交ぜた報告をする。

「どうやら、父親にあてがわれた婚約者が気に食わないようで。デュボワ侯爵位の簒奪に協力してほしいとのことでした」

「愚かな」

 舌打ちでもしそうな顔でそう断言する。

「失敗するに決まっている」

「ええ、同感です」

 大きく頷き、こう投げかける。




「しかし、成功すればなかなかに都合の良い話ではありませんか?父上」



一方その頃。

オパール「濡れた(怒)」


お読みいただき、ありがとうございました。

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