2-23. ケーキと紅茶の密談
そうして、無事側近候補たちの忠誠を得たサイプレスは、もう一人、事前に話を通しておかねばならない人物を捕まえた。……こちらは物理的にではなく、スケジュール的に。
王都のいつものカフェ、自称妹の家庭教師でありサイプレスの協力者でもある女は、時間ピッタリにテラスへ現れた。
「お呼びと伺いまして」
「ああ」
軽く片手を上げて応じる。
「少し、話があってな。注文は先に済ませろ」
「かしこまりました。ではシフォンケーキと、持ち帰りでアップルパイとチーズケーキ。どちらもホールでお願いします」
常連だからだろう、女が呼んですぐ現れた店員に注文を伝える。
持ち帰りと併せて頼むのを、テーブルの向かいからなんとなしに眺める。
「いつもその二種を持ち帰るが、好きなのか?」
「いえ、私、そこまで甘いものは好きではないです」
「は?どういうことだよ」
「サ……卿も別段甘いものはお好きでないでしょうに?」
とんちんかんなやり取りをしていると、注文した品が届いた。対話を諦めて、給仕を受ける。
店員が離れたのを確認したのち、サイプレスは小指ほどの長さの細い棒を懐から取り出した。
「それは?」
「呪具だ。盗聴を防止できる」
軽く振ると、先端が光った。正常に発動できた合図だ。そのままテーブルに置くと、何を考えているかよく分からない眼差しで呪具を見つめる女。
「………一般に出回っている品ではありませんわよね? よろしいのですか?」
「お前が気にすることじゃない」
確かにサイプレス家当主が受け継ぐべき品だが、説明する余裕も、そうする義理もない。呪具の効果時間は、あまり長くないのだ。さっさと本題に入る。
「実は───」
「あらまあ」
サイプレスの「悪巧み」を聞いても、女は少しも動揺しなかった。
むしろ、楽しそうにコロコロと笑っている。
「聞かせていただけたということは、私も仲間に認めてもらえましたの?」
「一応な」
嘆息し、紅茶を一口飲む。カップをソーサーに戻し、淡々と伝えた。
「それに、これはお前にも関係のある話だ」
「?」
カップに口をつけたまま首を傾げる女。ジッとその目を見る。
「お前、当主から妙な話を持ちかけられてないか?」
「『内密に頼みたい』とか、『金はいくらでも払う』とか」
「……ええ。先日伺った時に、まさにそのようにお声がけいただきました」
眉を顰めた女は、そう言って首を縦に振る。
「怪しい匂いがぷんぷんしましたので、適当にあしらいましたけど」
「そうか、良い鼻してるな」
侯爵家当主を、「適当にあしらう」。
度胸にせよ弁舌にせよ、やはり只者ではない。ともあれ、伝えるべきことを伝える。
「当主は、卒業試験の替え玉受験を行う気だ」
「……………んっ?」
笑顔のまま固まる女。サイプレスの発言が理解できなかったように小首を傾げる。
そしてすぐにぎょっと目を見開いた。
「……まさか私にやれって言ってます!? え、嫌ですよ? だってアレ、重罪でしょ!?」
何度も言うようだが、王立ザンドライト学園の卒業試験は、ただの試験ではない。その者に貴族たる資格があるかどうか試す、最後の関門だ。王族でさえも逃げることは許されない。
当然、替え玉受験は重罪だ。本人確認の呪具もあるので、やろうとしたところで一瞬でバレる。
しかしだ。
「他にあるか? あの絶望的に頭の悪い女が卒業試験をパスする方法」
途端に苦虫を噛み潰したような顔をする女。
入学試験同様、サイプレスの父の時代までであれば、金で解決できただろう。実際、そうやって強行突破した愚かな貴族は、サイプレスたちの親世代より上には、ごまんといる。
しかし、自分たちの世代はもう無理なのだ。そして仮にも自称妹の家庭教師である以上、その不出来さは彼女も身に染みているはず。
案の定、女は眉根を寄せてバッサリ切り捨てた。
「月に一度のお茶会程度で何か身につくはずがないじゃないですか、馬鹿馬鹿しい」
そう言って、カップを傾ける。
「サイプレス侯爵令息ばりに優秀で向上心のある人物ならまだしも、強盗狙いの自称侯爵令嬢に、それを許している当主付きですよ? ふつーに無理です、ムリムリ」
言いたい放題である。内容は全くもって同感だが。ハッとして、手のひらをこちらに向ける。
「あ、だからと言って報酬は返しませんよ」
「分かっている」
ため息混じりに肯定し……スッと目を眇める。
「それはお前の財産だ」
カップを持つ手を止める女。
足を組み、その上で手を組む。
「ビブリオ商会次期会長とやら。俺は、お前の目的を知っている」
今回周囲を調べた流れで、協力関係を結んだ時に彼女についてざっくり調べたのを、より深く掘り下げてみた。
結果、なかなかにとんでもない事実が判明したが、特に彼の計画に差し障りはない。
テーブルの向こう、微笑んだままの女は、わずかに目を細めて返事とする。
「当主とあの女を潰す。協力しろ」
「互いの利益と、目的のために」
息を吐き、いつのまにか小さくなっていたシフォンケーキに、フォークを突き刺した。
「良いですよ。元々、貴方様には協力するつもりでしたし」
「替え玉受験を受けるでも良かったんだぞ?」
「しませんよ」
そう応じて、ちらと視線を背後に滑らせる。
「というか、その選択したら私、生きて帰れませんよね」
その言葉に、小さく肩をすくめる。
「賢い女は嫌いじゃァない」
少なくとも自称妹よりはマシだ。最後の一切れを頬張る。
「何をすれば?」
「とりあえずは、当主を適当に躱しつつ普段通りでいい。指示は追って伝える」
「かしこまりました」
そう応じた次の瞬間、呪具から光が消えた。
(時間切れか)
「……終了、ですか?」
女が呪具を見ながら呟いた。頷いて返す。
「俺の話もな」
「では、ちょうどケーキも食べ終わりましたし、お先に失礼いたしますわ」
「おーう」
席を立つ女。ひらりと手を振って見送る。
女が乗ったであろう馬車の音が遠のいて聞こえなくなると、先ほどまで女が座っていた席に、平民風の男が腰かけた。
「失礼します」
ハンチングの下で、少し灰色がかった淡い水色の瞳を歪める平民風の男───チャイブ。
「お疲れ様でした、我が君」
「ん」
「遅ればせながら、主君と同席するご無礼をお許しください。ここで配下として振る舞うのは、いささか目立ちますので」
「知っている」
形式的なやり取りを終えると、先ほどまでチャイブがいた席に、店員がやってきた。困り顔をしている彼女に声をかけ、注文した紅茶を受け取る。
「それで首尾は?」
「まあまあだ」
「さすがは我が君」
そう言うと、ちらと道の方を見やった。
「あの女……ビブリオ商会次期会長を名乗る者は、アーティチョークとその配下に追わせています。根城くらいは分かるかと」
「無駄だろう」
聞こえないほど小さな声で呟く。
(それでどうにかなる相手じゃない)
「我が君?」
「……ほどほどにしておけと伝えろ」
キョトンとした顔をしたチャイブはそのまま少し考え……途端に真面目な顔になる。
「……我が君」
「なんだよ」
「あの女がお気に召したのでしたら、デートをセッティング致しましょうか?」
「は?はっ倒すぞ」
何故そんな発想に至ったのか、分からない。
お読みいただき、ありがとうございました。




