2-22. 同乗者たち
そう言ったチャイブは、縛られたまま座らされた四人を見下ろした。
「恐らくこれが御意だろうと踏んで、捕縛で留めましたが」
「「そもそもこいつら誰ですかー?」」
アーティチョーク姉弟が首を傾げるように、曲者の顔を左右から覗き込む。当然の疑問に頷いたサイプレスは、ぱしりと左腕を叩いた。
「腕を出させろ」
「「はっ」」
サイプレスの命を受けたチャイブとオレガノが、曲者たちの袖をめくる。そこには、サイプレス一族の領民がよく彫っている、伝統的な刺青が刻まれていた。
そしてそれに隠して、セツゲンヒョウを示す紋様。ぴん、と弾くように袖を戻す。
「よお、俺たちの影」
サイプレス家の「影」。
対軍国の諜報・工作活動を主とする、暗部の人間。サイプレス家の“お務め”を担う、家の要とも言える者たちである。
ことを起こすに当たって、サイプレスが真っ先にしなければならないこと。それは、このサイプレス家の影との接触だった。
彼らは“お務め”───対軍国の防諜・工作活動だけでなく、サイプレス家の人間の護衛や監視にも従事している。
報告先は、もちろんサイプレス家当主だ。放置すれば、サイプレスの行動は父に筒抜けになる。まずは彼らをどうにかしないことには始まらない。
とはいえ、問題が一つ。
「会いたかったぜ。なんせお前らときたら、どいつもこいつも笑っちまうくらいシャイで奥手だもんなァ?」
大袈裟に肩をすくめ、首を横に振る。
サイプレス家の影は、家人にすら滅多に姿を見せない。
そして家人の都合に慮らない。彼らの忠誠の対象はサイプレスという家とそのお役目であり、それさえ侵されなければ、家人がどうなろうと知らんぷりだ。
(だからこそ、“お務め”の邪魔にならない範囲で跡取りの悪評を広げる、などという命令に従ったのだろうし、な)
かといって無条件に当主の味方、というわけでもない。仕える価値なしと判断すれば、命令を聞くのは最低限に留める。そういう、選定役も兼ねているのだ。
全ては彼らが、家の存在意義そのものであるが故に。
だからこそ、サイプレスは彼らを出し抜いた上で、話をつける必要があった。
もちろん、成人したての学生が現役の影を出し抜くのは難しい。しかし、新人が担当することが多い家人の護衛兼監視役なら、話は別だ。薄笑いを浮かべて顔を覗き込む。
「護衛対象が襲われてるのを見過ごしたら、さすがに背任行為だもんなァ?」
「……っ」
「ああ、返事は期待してねェよ」
ナイフの柄で顎をぐいと持ち上げ、無理矢理上を向かせる。
「長に伝えろ。『近いうちに、王都の酒でも飲みに来い』とな」
そして、拘束を解かせた。しっしっと追い払う仕草をする。
「さあ、行け。伝書鳩くらいはできるだろう?」
解放された四人は互いに目配せし合うと、簡易だが折り目正しく礼をして、素早くその場を辞した。
それを横目で見ながら、問いかけるチャイブ。
「逃がして良かったのですか?」
「ああ」
彼らは所詮末端。引き摺り出したいのは彼らの長だ。
今日のことを持ち帰り、どちらがより主に相応しいか、存分に議論してもらおうではないか。
(その間に、こっちはこっちで動かせてもらう)
警戒していたオレガノがふ、と肩の力を抜いた。サイプレスの方を振り返る。
「我が君、お怪我はございませんか!?」
「無い。無事だ」
「何よりでございます」
ほっとした様子で頷くと、すぐさまその隣の男に食ってかかる。
「チャイブ!貴様、これは一体どういうことだ!?」
「我が君の思し召しだ」
肩をすくめるチャイブ。
そう、今回の暗殺騒動を命じたのは、サイプレス自身である。
言わずもがな、影と接触するためだ。チャイブはサイプレスの指示を正しく受け取り、計画を立て、今日の襲撃に至った、というわけだ。
「襲撃役がお前だったのは、意外だったがな」
「オレガノは嘘が下手ですし、我が君を襲う動機が薄いでしょう?」
ジャケットを脱いでサイプレスに返し、恭しく礼をする。
「彼以外で成功の見込みがあり、襲う理由もありそうなのは、私くらいでしたから」
やるならば徹底しなくては、と片目を瞑った。
「とはいえ、直前まで悩んだのですよ。本当にこの作戦で、我が君ほどの武人を仕留められるのか……」
「演技とはいえ、主君へ牙を剥くことへの葛藤ではなく!?」
「うわあ……」
「安定のクズだわあ」
「最低!」
「下郎!!」
「何故我が君のご命令を忠実に遂行した私が責められているのですか?」
日頃の行いが悪すぎるのではないだろうか。襲撃者がチャイブ一人になったのも、単純に、他に協力してくれそうな者がいなかったかららしい。胡散臭さが盛大に足を引っ張っている。
(まあ、そのおかげで影も襲撃が本物と信じて出てきたのだから、御の字だが)
あれ以上続けたら、さすがにチャイブを殺しかねなかった。
何度も使える手でないことも手伝って、内心、本気で焦っていたのだ。それも、良かったのかもしれない。
ぽん、と手を叩くチャイブ。
「……ああ、そういえば。こちら、御賢察の通りチャイブ家の呪具でございます」
そう言いながら、妙な気配のする二つの房飾りを掲げる。
「名前は忘れましたが、効果は『対になる飾りをつけたものと任意のタイミングで瞬時に交換できる』です。生物は対象外ですが、物理的距離はほぼ完全に無視できます。『ほぼ』というのは、大陸を横断・縦断してまで使おうとした事例がないからです」
つまり、使用を試みた範囲では例外なく成功している、と。流れるようにこちらへ差し出す。
「ご入用でしたらどうぞ」
「そうか。要らん」
そしてチャイブ家の呪具は、想像よりタチの悪い代物だった。それがあったら、工作活動などし放題ではないか。そんなえげつない代物、一体何と言って持ち出したのか。というか、当主が受け継ぐべき家宝を無断で献上しようとするな。
すげなく返したその横で、アーティチョーク姉弟がパッと手を上げた。
「ということは、我々はサイプレス家の影をやり込めたということですね!?」
「つよーい!!」
はしゃぐ二人。すると、オレガノが気不味そうにしているジギタリスに気がついた。
ぐっと拳を握る。
「おい、エミ。とりあえず一発殴らせろ」
「ごめん!ごめんってえええ」
謝りつつも泡を食って逃げ出すジギタリス。すかさずオレガノが追いかける。
「行け、オレガノ!」
「逃げろ、ジギタリス!」
アーティチョーク姉弟が囃し立てる中、チャイブがローズマリーに詰め寄る。
「何故窓を割る必要が? 拠点に使うのは本当なんですよ、あの位置では直すのに苦労します」
「なら言わせてもらうけど、アンタこそ、そこら中に作った刀傷、どーすんのよ。窓一枚ならなんとでも言えるけど、刀傷なんてどう誤魔化すわけ?」
いつも通りの光景に、目を眇める。
───チャイブが襲撃計画を立てる裏で、サイプレスは、密かに敵と味方を振り分けていた。
誰が敵か分からない中、真意を悟られぬよう調べるのは骨が折れたが、信頼性の高い結果が得られたと思う。
使用人はほぼ全滅。半分が風見鶏で、残り半分は父と自称妹の寄生虫。
軍は、寄生虫とまともな者たちが半々といったところ。父と折り合いの悪い曽祖父の管轄下だったので、その影響がまだ残っているのだろう。
影は中立という名の傍観だ。笑いが込み上げる。
(我ながら、よくもまあ事ここに至るまで、のんきにしていられたものだ)
そして、学園で得た側近候補たち。
彼らはシロだ。むしろ、ついでとばかりに一緒に処分されようとしている、被害者だった。
沈みゆく船に乗せられた、生贄の子羊。
そんな哀れな同乗者たちに、サイプレスは後ろ手で毒刃の柄に手をかけ───うっそりと笑いかけた。
「なあ、お前ら。───堕ちる覚悟は、あるか?」
「……先達は、貴方でしょうね?」
というわけで、(いるか分かりませんが)側近たちと一緒にチャイブを罵倒したい方は感想欄へどうぞ^_^
お読みいただき、ありがとうございました。




