2-20. 白刃
動くと決めたのであれば、真っ先にやるべきことがある。
王都に戻ると、彼はすぐに行動を始めた。
三週間後。
サイプレスと彼の側近候補たち───アーティチョーク姉弟、オレガノ、ジギタリス、ローズマリー、そしてチャイブは、裕福な平民の邸が立ち並ぶ一角にいた。
荒れ放題の庭を抜け、古びた邸に足を踏み入れる。
「ここが我が君の買ったお邸ですか!?」
「広ーい!」
まだ照明が入っていないため、玄関ホールは薄暗く、あちこちで廃材が山となっている。しかしアーティチョーク姉弟は気にならないようで、大喜びで玄関ホールを駆け回る。
「あんま走んなよ」
「長年放置されてきた邸ですからね」
いつも通り彼の斜め後ろに控えたチャイブが、姉弟を窘める。
「最低限の補修はする予定ですが、あまり暴れると床が抜けますよ」
「「はーい!」」
そう言いつつ、どたどたと大階段を駆け上がっていく。その背中を眺めながら、オレガノは控えめに問いかけた。
「我が君、この邸は……?」
「卒業後に、王都に置いてく奴らがいるだろ?そういう奴らのための拠点として、利用できる場所を探してたんだ」
「要するに、現在のサロンの代わりですね」
当然だが、卒業生は学園のサロンには入れない。サイプレスが卒業した場合も同様だ。
そうなった時の彼らの居場所、もしくは集合地点が必要だった。小石をコツンと蹴る。
「本当はもっと後でも良かったんだが、ちょうど処分に困ってる邸があると言われてな」
「幽霊屋敷だと聞きましたが……」
「隠れ蓑にはうってつけだろ?」
所有者不詳の邸に、所属不明の人間が頻繁に出入りするのだ。遠巻きにされるくらいがちょうどいい。
万が一出入りを見られても、「また肝試しの奴か」くらいで流してもらえるだろう。オレガノが感心した声を上げる。
「悪評が良い影響を及ぼすこともあるのですね」
「そういうこった」
なお、幽霊は一応本当にいるが、生前の自分の居室で生前の日常を繰り返しているだけの、無害な存在である。
どうも、自分が死んだことにまだ気がついていないらしい。「そろそろ気がついて昇天してくれませんかねえ!?」というのは、彼に邸を売った、不動産屋の一人娘の言である。
そんな話をしているうちに、安全確認をしてくる、とはしゃぎながら探検に向かうアーティチョーク姉弟。ジギタリスも珍しい本はないかと二階へ消える。
引き返して外に出ようとする背中に、チャイブが声をかけた。
「ローズマリー?」
「ここ、埃っぽいんだもの。庭でも見てくるわ」
大して期待できないけど、と毒づいて出て行く。確かに、華やかなものを好む彼女には、退屈な場所だろう。軽く肩をすくめる。
しばらくして、ジギタリスが一人で戻ってきて、吹き抜けの二階から声を張り上げた。
「マックス」
その呼びかけに、面倒そうに顔を上げるオレガノ。
「なんだよ、エミ」
「珍しい本が、二階にあったんだ。でも、僕の身長じゃ、届かない。取ってくれ」
「はあ?」
片眉を吊り上げる。
「見て分かるだろう、今は我が君の護衛を……」
「行ってやれよ」
頭を掻きながら促す。
「お前が一番デカいだろ?」
「こう仰っているのだし、行ってやりなさい」
そう言うと、チャイブはつ、と自分の胸に手を当てた。
「我が君の護衛は、私が代わりましょう」
「……わかりました。おい、エミ、どれだよ」
「ありがと。…………」
大股歩きで二階に上がるオレガノ。廊下の奥に消える瞬間、ジギタリスが一瞬だけ不安げにこちらを見た。
一気に静かになった玄関ホール。しゃがみ込み、足元の強度を確かめる。
(床板は無事そうだな)
アーティチョーク姉弟が走り回ったので不安だったが、思いの外しっかりしている。
大階段からはやや怪しい音がしたので、そこは注意するよう、言い聞かせねばなるまい。「幽霊屋敷」設定を守るためにも、少なくともしばらくは、大規模な工事をする予定がないのだ。
(確かサロンの面子に、大工の息子とかいう奴がいたな)
彼に補修の相談をしてみるのもいいかもしれない。背後にいるであろう、自称右腕を振り返る。
「チャ………」
すると、フッと肩が軽くなった。見上げると。
────天井近くから差し込んだ光が、白刃を照らし出したところだった。
咄嗟に腕を持ち上げて、急所を庇う。ギィン!!と金属音が響いた。
後ろに飛び退き、襲撃者から距離を取る。
「………オイオイ、おっかねェなァ〜」
「チャイブ」
「……流石に仕込んでいましたか」
切り裂かれたシャツの下、装着された防具を見て呟くチャイブ。
その目は、影氷の名にふさわしい冷たさを帯びていた。
「ですが、さすがに丸腰ではどうにもならないでしょう。大人しくしていてくださると、こちらとしても手間が省けて良いのですが」
その言葉に上着の内側に手をやり……ため息を吐く。これは、自分のジャケットではない。
生地も色も違うし、何より。
(仕込んだはずの武器が、一つもない)
「……チャイブ家の呪具だな」
この国で名門と呼ばれる貴族は、大抵が王家から下賜された、特殊な呪具を保有している。
デュボワ家の“再起の門”、サイプレス家の“アメフラシ”など。
現代では再現不可能とされているその品々の詳細は、他家には伏せられていることが多い。例えそれが、主君や本家であったとしても。
チャイブ家もその一つだ。冷静に考えを巡らせる。
(効果はおそらく、対象の置き換え)
もしくは交換といったところか。その証拠に、このジャケットは先程までチャイブが着ていたものだし、チャイブの上着も、サイプレスが着ていたものだ。そちらから目を離さないままジャケットを脱ぐと、袖口に、見慣れない房飾りが付いているのが見えた。
(呪具はこれか)
ジャケットごと投げ捨てる。発動条件や細かい能力が分からない以上、手元に置いておくのは危険だ。
もちろんジャケット以外にも仕込みはあるのだが、大半が呪詛避けや防具の類だ。学園にいる間、ずっと彼のそばに侍っていたチャイブは、気がついていたのだろう。その一方で、使い込んだ短剣と長剣を構えるチャイブ。
相対し、距離を測りながら会話を続ける。
「『何故?』と聞いておこうか」
「何故、ですか?」
ぱちりと瞬きしたチャイブは、不思議そうに首を傾げこう答えた。
「家から指示があったから、以上に何かありますか?」
そう言いながらも、指先で短剣を弄ぶ。
「まあ私個人の理由を挙げるのだとすれば、いい加減、面倒になったから、でしょうか。どうしてこんな何年もかけて、まどろっこしい真似しなければならないんです? どうせ家の目的は貴方の処分なのに」
そう言って、人の良さそうな笑顔でじんわりと距離を詰める。
「飽きたんですよね。学生ごっこにも、従者ごっこにも」
天井近くの窓から差し込んだ光の中、灰色がかった白銀の髪が、白く透き通る。かつり、という革靴の音が、ホールに反響した。
その返答に、口の端が吊り上がる。
「……お前、『チャイブ』向いてねえな」
「それはどうも」
チャイブはまるで宗教画のように美しい陰影を作って微笑み……床を蹴り、サイプレスに斬りかかった。
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