2-19. 砕ける
───あの後。
足早にサロンを離れた彼は、急いでヨーナスを捕まえた。
自室にて問い詰めると、ヨーナスはすぐに白状した。
「……はい。確かに旦那様の命で、お嬢様の婿に来てくださる方を探しております」
「……そうか」
「探させている」という言い回しに違和感を覚えて聞いてみれば、これだ。肩を落とすヨーナスに、思った以上に硬い声が出た。
保守的で、「自分たちこそが正当なこの地の民だ」と信じて疑わないサイプレス一族。サイプレスの色を持たず、デュボワの母から生まれた彼を、分家がよく思っていないことは知っていた。
そこに現れた、「正当な」サイプレスの特徴を持つ自称妹。
しかもそいつは元平民で、いかにも懐柔しやすそうな残念さだ。遅かれ早かれ、こうなることは予想していた。
(まさか、こんな露骨な乗っ取り行為を父上が許すとは思わなかったが)
静かに問いを重ねる。
「私に関する偽の悪評を領地に流したのも、父上とお前の仕業か?」
あのとんでもない噂を聞いた時、彼はもちろん出処を調べた。
しかし、どうにも尻尾が掴めず、最悪敵国───軍国からの攻撃かもしれないと警戒していたのだ。眉根に力をこめる。
(父上が出元なら、納得だ)
父ならば、サイプレス家の影を自由に使える。外から見て分かるような証拠は、まず残らないだろう。それどころか、調査にやった人員が隠蔽に動いた可能性すらある。
案の定、ヨーナスは小さく頷いて、ごにょごにょと言い訳をし始めた。
「正直、あそこまで領民が信じ込むとは思っていなかったのです。まして坊っちゃまが、あのような対応を取られるとは……」
ちらと上目遣いに彼を見……小さくため息を吐く。胃に重いものを感じた。
そうか、自分が悪いのか。
民の信頼を得られず、悪評の対策も取れなかった、自分が。
するとその沈黙に何を思ったのか、ヨーナスは慌てて取り繕うようにこう言った。
「で、ですが、坊っちゃまがお嬢様の補佐としてこの家に残れるよう旦那様に進言し、お許しをいただいております! 坊っちゃまが路頭に迷うことはございません!」
「………へえ」
本来当主夫婦がすべき仕事を代わりにこなし。
愚かな自称妹の失態を、都度埋め合わせ。
干渉してこようとする外戚を牽制し、気難しい民と領地を適切に治め、国から与えられた任も全うし。
重荷を共に背負う伴侶も望めず、振るえる権限もほとんどない状態で生涯、飼い殺しにされろと。
(そう、言いたいのか)
ぴしり、ぴしりと。
ヒビが、入って行く。
そんな彼の様子に気がつくことなく、ヨーナスは胸に手を当て告げた。
「黙っていたことは申し訳ありませんが……これも全て、サイプレス家の為なのです」
そして顔を上げ、媚びるように笑った。
「分かって、いただけますよね?」
ぱりん、と。
何かが砕ける音がした。
「…………あはははははははははははははは!!」
突如笑い出した彼に、ヨーナスがびくりと肩を揺らす。
文字通り血反吐を吐いた日々も。
意識がなくなるまで勉強し続けた日々も。
身体中痛むまであらゆる武器を振り続けた日々も。
全て、無意味だった。学園卒業すらままならない自称妹や、まだ決まってもいない、簒奪を謀るやもしれぬ入婿にすらお前は劣るのだと。そう、突きつけられたも同然だった。
「そうか……そういうことかぁー……」
サイプレス家と一族の全てを継ぐために生み出され、育てられてきた。全てにおいて完璧であるのが当たり前、そうでなければ出来損ない。それ以外は要らぬ、邪魔だと言われてきた。好きだった本も、好きだった音楽も、何もかも。
そうやって全てを削って、家に、民に、国に、臣下に、父に、母に、曽祖父に、尽くしてきた、つもり、だった。
しかし努力して努力して、その果てに手にしたものは。
誰にとっても都合の良い、奴隷としての適性だけだった。
ヨーナスが戸惑った様子で声をかける。
「ぼ、坊っちゃま?」
「……ああ、悪い」
笑い過ぎて、涙が出てきた。指先で拭って、滑らかに求められる言葉を紡ぐ。
「『俺』では、当主の器たり得ないと思っていたところだ。『俺』の能力不足のせいで、面倒をかけた」
……小さい頃は。
後継として認めてもらえたら、愛してもらえると思っていた。抱きしめて、笑いかけてもらえると、本気で思い込んでいた。
成長に従い、期待は諦観に変わったが、それでも、歯を食いしばって耐え続けた。「自分がやらねば誰がやる?」と。
そうすればいつか誰かが認めてくれると、信じて。
だが、その先にいたのは。
何もしない、しようとしなくても愛される自称妹。
無条件にそいつを溺愛する父。息子ごとこの家へ呪いの言葉を吐いた母。
汚いものを見る目を向けてくる、元婚約者と父方・母方双方の親族たち。父の流した嘘を信じて、自分を責める領民たち。
そして、こちらを体良く使い捨てようとしている使用人たちだ。
今の立場を失えば、サイプレス家の跡取りだからこそついてきた配下たちも、去っていくだろう。頭の奥が冴えて行く。
(……ああ)
認められる日なんて、永久に来ない。
幸せになることすら、願われていないのだ。
「真面目と誠実しか取り柄のない」、好青年の顔で嘯いてみせる。
「ただ、父上には内緒にしてもらえるか? 万が一、お前からこの話が漏れたと知られたら、お前が罰を受けるかもしれない」
ああ、そうとも。
家を継ぐ以外、何もなかった。それ以外は全て不要なものとされ、打ち捨てられた。他の生き方なんて、知らない。
なのに、それまで奪われたら、何が残る?
自分は一体、何のために。
(許さない)
許さない、絶対に。
(……道連れにしてやる)
光の反射で窓に映った“彼”───“サイプレス”は、手本のように美しく微笑んでいた。
一度、砕けてしまったら。
もう、元には……。
ちなみに余談ですが。
サイプレスは、「笑っている時が一番機嫌が悪い」です。
お読みいただき、ありがとうございました。




