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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第二部 嫡出の兄
53/57

2-18.        



 そんなある日のこと、領地の復興資金問題に、進展があった。




 彼が学園で知り合った生徒たちの家から、連名で、援助の申し入れがあったのだ。父と二人、応接間で対応する。



「本当によろしいのですか?」



 仏頂面で黙ったままの父の横で、慎重に問いかける。



「こちら、ほぼ無条件の上、返済も不要とのことですが」



 一つ一つは少額だが、合わせればそれなりの金額だ。しかも復興するまで毎月届けられるので、積もり積もればかなりの額になる。


 どの家も、家としての付き合いはないし、サイプレス家と繋がったところで大した見返りも望めない。明らかに釣り合わない投資だ。しかし代表者として現れた家の当主は、はっきりと頷いた。


「ええ。サイプレス領のためにお使いくださればと思います」


 そう言うと、わずかに顔を彼の方に向けて、目を伏せる。



 その当主の息子は、一年生の時、詐欺に遭って多額の借金を背負いかけていたのを、彼が助けた子息だった。





 念のため調べてみたが、不審点は特になし。自室で報告書を読んで、ほっと息を吐く。

(早速父上に報告しなければ)

 椅子を蹴るように立ち上がり、廊下に出る。




 領地の復興が進めば、領内の移動も楽になる。そうすれば領軍の派遣もしやすくなって、溜まっていた討伐の依頼なども消化できる。



 状況によっては、見送っていた大規模討伐などにも手を出せるかも。


(そうなれば、イロール村のような一時避難も、しなくて済むかもしれない……!)






 ───この時、彼は少なからず機嫌が良かった。




 浮かれていたと言っても良い。自分の行動が何かに繋がったのだと、そう信じたかった。







 そんな思い込みは、直後に裏切られることになる。

 




 父の部屋に向かう途中、彼はサロンの前を通りがった。わずかだが開けっぱなしの扉を見て、眉を顰める。

(きちんと閉じないと)

 そう思い、ノブに手を伸ばしかけたその時、間延びした声が聞こえた。



「ねえ、お父様〜。いつまでお勉強しなくちゃいけないの〜?」



 ……思わず動きが止まった。



 どうやら、父と自称妹のお茶の時間にかち合ってしまったらしい。こちらに気がつくことなく、甘ったるい声と口調で訴える自称妹。

「キャシー、もう飽きたあ」

「う〜ん、そうだなあ」

 父が困った声で応じる。ドアノブからそっと手を離した。


(そういえば、二人きりの会話を聞いたことがなかったな)


 吸音性の高い絨毯だ、父もこちらには気がついていないだろう。静かに壁際に移動する。



「だがキャシー、最低限学園の卒業試験には受からないと。貴族でいられなくなってしまうよ?」



(そりゃそうだ)



 何度も言うようだが、貴族は、学園を卒業しなければ正式な貴族籍を持つことができない。


 爵位を継ぐどころか、有爵者の正式な伴侶にもなれない。せいぜい、愛人止まりだ。生まれた子どもも平民として扱われる。



 ………父としては、最愛の娘をそんな立場に置きたくはないのだろう。しかし自称妹は、幼子のように喚いて嫌がった。

「キャシー、お兄様みたいなブサイクのガリ勉じゃないもん! 可愛くて幸せでいるのがキャシーなのに!」

 どすどすという音は、クッションかソファを殴っているのだろうか。「分かった分かった」と宥める父。


「だが、あと少しの辛抱だ。今、お前の婚約者を探させているからね」


 そして、衝撃の一言を放った。






「お前が婿を取ってこの家の当主になれば、今まで通り過ごせるよ」






 ドッ、と。



 心臓が嫌な音を立てた。顔から血の気が引く。




(今───父は何と言った?)




 聞き間違いかもしれない。混乱する中、彼の耳にちゅ、と微かなリップ音が届く。





「お兄様は領民にも分家にも嫌われている、どうしようもない奴だからなあ。代わりに可愛いお前が当主になったら、みんな喜ぶよ」





 聞き間違いではなかった。息が詰まる。心臓が痛いほど胸を打った。



 ふと、父が何かに気がついたように呟く。


「そうか、そうなると、わざわざお前自身が卒業試験を受ける必要もないか」

「キャシー、もうお勉強しなくていい?」

「ああ。他の者に代理受験させよう。あの家庭教師の女なんか、いいんじゃないか? エレンだかマリンだか……歳の頃も近いし」


 すると自称妹は、父に抱きついたようだ。ボフッ、という音がした。



「わ〜い!ありがとうお父様〜!!」


「はっはっは、可愛い娘のためなら、お安い御用だとも。さて、そろそろ部屋に戻ろうか」



 楽しげにおしゃべりしながら、二人がこちらに歩いてくる。真っ白の頭で「隠れなくては」と考えるも、体が動かない。




 扉が開く。




「分家からたくさん釣り書きが来たんだ。キャシーはどんな男がいい?」

「うんと優しくて、ハンサムな人!」

「そうだな、仕事はあの愚息にやらせればいいからな。せいぜい働いてもらわねば」


 二人は扉一枚隔てて反対側の彼に気がつくことなく、サロンを出ていった。


 扉越しに、仲良く腕を組んで歩き去る二人の背中が見えた。



「お前をきちんと愛して、大切にしてくれる人を探そうね」


 




 

 ややあって、扉の向こう側から侍女たちのため息が聞こえた。


「やっと行ったわ」



 片付けを始めたのか、食器のこすれ合う音がする。彼がその場から動けずにいる一方で、忌々しげに毒づいた。



「本当に下品よね、あの子。食べカスこぼすし、会話の内容もバカ丸出しだし」


 

「講義、ほとんどお茶会なんでしょ?なのにお茶のマナーも身についてないわけ?」

「アレが当主になったら、大変そうよねー」

 最初の侍女とは別の声が、他人事のように言った。また別の声が応じる。


「あら、大丈夫よ」


 その声が聞こえた瞬間、彼は、背筋が凍りついた。




「どうせ坊っちゃまがなんとかなさるわ」




 声の主は、お構いなしに続ける。


「だって、そのために生まれた方ですもの。それくらいしてくださらないと、ねえ?」

(この、声)



 侍女長。



 彼の乳母も務めた、第二の母とも呼べる女性。



「そう言えばこの前、坊っちゃまが『南』の貴族から支援を引っ張ってきたって言ってましたよね? あれ、どうなったんですか?」

「ヨーナスさんから聞いたけど、今の条件で受けることになりそうよ。つまり、ほぼ無条件ね」

「へえ?」


 鼻で笑う。


「坊っちゃまったら、男娼の真似事でもしたのかしら」

「まさか!あの真面目と誠実だけが取り柄の坊っちゃまに限って、そんなわけないじゃない」

 嗤いながら応じる。

「きっと物乞いみたいに、おねだりしたのよ」

「デュボワの子爵家や分家ごときに頭を下げるくらいだし、プライドはなさそうよねー」



 茶器の音とせせら笑う声。指先が冷えていく。



「どうせなら、まるっと領地を復興できるだけの額を持ってきてくださればいいのに。いまいち足りないのよねえ、坊っちゃまは」

「そうねえ」

 そんなため息混じりのぼやきに、侍女長の声が同調した。


「せめて我々使用人に、旦那様とお嬢様の暗殺を命じるくらいの気概はないと」

「あら、そんな命令をされたら私、その足で旦那様に報告しますわ!」

 声高に告げる。

「侍女長もそうでしょう?」

「だってそれは……ねえ?」



 くすくすくすくすくす。



 さざなみのように嘲笑が広がっていく。


「旦那様もお嬢様も、ちょっと持ち上げれば喜んで金貨や宝石をくださるのだもの」


「こんな快適な環境、手放すはずないじゃない」


「実務は坊っちゃまに任せておけばいいし」


「そうそう」



「大体、夜雪も影氷も持たない出来損ないのくせに、図々しいのよ。このくらいはしてくれないと」


「大旦那様は、なんで半分デュボワの不良品なんかを次期当主にしたのかしら」


「旦那様は見向きもしないのに、健気なことよねえ」



 くすくす、くすくす。



 笑い声が耳の奥に渦巻く。侍女長はまとめるようにこう言った。



「まあ、結局あの方には無理だったってことよ。邸と領地を回すのには、ちょうど良いけどね」




 衣擦れの音、微かな靴音。



「どうせ『サイプレス侯爵家のために』って言えば、二つ返事で受けて下さるわよ」


「『坊っちゃまにしか頼めないんです』〜って?あはは!」


「ヨーナスさんもよくやるわよね〜」




 侍女たちが笑いながら反対側の扉から出て行くのを、彼は靴先を見つめながら聞いていた。



今日のお話ですが、「(空白)」が正しい題名です。ミスではありません。


お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
もう何というか言葉もないです。サイプレスやっちゃえー
サイプレスの方がよっぽど地獄のような場所で生きてたことにずっと胸がいたい、、、
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