2-16. 領民の拒絶
途中途中で魔物を討伐しながら、山道を移動していた一行は、無事夕暮れまでに目的地に辿り着くことができた。
やっと休めると息を吐いたのも束の間、村の入り口まで出迎えに来た村長に、とんでもない一言を告げられた彼は、思わず聞き返した。
「───もう一度言ってくれないか、村長」
年老いた村長は、皺だらけの顔をこれでもかと顰め、こう応えた。
「何度でも申し上げます。我が村ではこれ以上、皆様をお迎えすることはできません」
強く、はっきりとした拒絶だった。深々と頭を下げる。
「そういうわけで、今夜もお泊めできません。どうか、お帰りください」
嫌な予感がしながらも尋ねる。
「……理由を、聞いてもいいか?」
すると背の低い老人は、落ち窪んだ、暗い目でこちらを見上げた。
「行商人から聞きました。若君は通う必要もない王都の学園に通い、財政を圧迫している、と」
「ッ」
「事実ですか?」
とうとう来たか、と苦々しい思いで受け止める。
しかし事実、彼は父を止めきれずに、学園に通うことになっているのだ。体の横で拳を握り、言葉を絞り出す。
「……学園に通っているのは事実だ。だが……」
「やはりそうなのですね……」
地を這うようにそう呟くと、かっと唾を飛ばして怒鳴る村長。
「先祖代々の土地を捨てよというのも!遊ぶ金欲しさのために!!」
「は?」
「待て、何の話だ?」
「行商人はこうも言っておりました。次代様は己が責務を領主様や邸の者に押し付け、王都で遊び呆けている、と」
青天の霹靂だった。愕然とする彼に、村長は顔を真っ赤にして、声を震わせた。
「そのような方々にこの伝統ある地を踏ませるわけにはいきません!!」
「そんな事実はない!!」
咄嗟に否定する。
「確かに学園には通っている。だが、遊び呆けてなどいないし、執務も疎かにはしていない」
胸に手を当て弁明する。
「自分で言うのもなんだが……毎月こうして、軍隊ネズミの討伐にも来ているだろう?」
「…………」
そう言うと、村長はぐっと黙り込んだ。
しかし、納得していないのはその表情で分かる。内心肩を落としながら、言葉を重ねる。
「………自分で見ていないことを信用しろ、というのは難しいだろう。だから、そちらはもうこれ以上何も言わん」
そう言って、顔を上げる。
「だが、村の件についてはこちらにも言いたいことがある。既に耳にタコができるほど聞いた話だろうが、もう一度聞いてくれ」
前述の通り、ここ二十年ほどでこの山の軍隊ネズミは増えつつある。
今自分たちが行っている定期討伐では、いずれ追い付かなくなる。そこで彼は、安全のため最寄りの───といってもそれなりの距離があるが───村に、一時的に移ってもらえないかと交渉を重ねていたのだ。
「大切な土地だということは、理解しているつもりだ。だが、貴方たちに何かあったら、誰がこの地を守り、誰が孫子に継がせるんだ? まずは生き残ることだろう?」
彼とて、たとえ一時でも、民に慣れ親しんだ地を捨てさせたくはない。
しかし、何かの拍子で軍隊ネズミが増えてみろ。今度こそ、村が壊滅しかねない。
それだけは避けねば。再三再四繰り返した説明をすると、村長は呆れ顔で首を横に振った。
「そうは仰いますが、生まれてこのかた、この村が軍隊ネズミに襲われたことなどございません。考えすぎでは?」
「それは……そうだと思う。過去の記録を確認する限り、この山でこれほど軍隊ネズミが増えたことはなかった」
今が異常なのだ。そしてここと条件が近い別の山では、軍隊ネズミが今の規模になった時、村は住民ごと食べ尽くされている。
「家屋すら残さず更地になった」「人がいた痕跡といえば食べ残された骨くらい」という記述に、どれほど胃が冷えたことか。
それだけは絶対に避けねば。
「この際だ、もう私の人格は信用しなくてもいい。ここにこのまま留まるのは危険だということだけは……信じてくれないか」
しかし向けられたのは、鬱陶しそうな目線だけだった。
「ですから、それはあくまで若様の判断で、領主様は何も言っておられないのでしょう?」
「なら、大丈夫ではありませんか」
「……ッ」
それは、そうだろう。父が日頃から領地に気を配っている人間であれば、領地のための政略を軽視して、私欲で反故にしたりはしない。
そもそも、現状だって正確に把握しているかどうか。裁可に回した領地関連の書類は、読まれた形跡がないというのに。
(しかし、それを言ってどうなる? 「その領主様はお前たちなどどうでもいいんだ」とでも言うつもりか?)
言えるはずがない。
迷った末、苦し紛れにこう答える。
「……領地のことは、私に一任されている」
信じてもらえないだろうな、と心のどこかで思った。そしてその通りに、村長は心底軽蔑した顔と声で吐き捨てた。
「我らが凍れる大地の民の主たる御方が、そんな無責任な真似をなさるはずないでしょう。貴方は領主の息子でありながら、領主様を悪くおっしゃるのか」
するとその時、べしゃり、と冷たいものが投げつけられた。
額に手をやると、でろりとした泥が手についた。顔を上げると、騒ぎに集まってきた村人たちの中、一人の子どもが泥のついた手で憎々しげにこちらを睨んでいた。
「でていけ!おまえがしごとしないから、みんなこまってるんだ!!」
───心臓が凍る音がした。見回すと、子どもも、大人も、嫌悪と憎悪の眼差しで、こちらを見ている。
「……はは」
乾いた笑いが浮かんでくる。
八年、八年だ。
先代当主である曽祖父からこの役目を引き継いで、八年。勉強と引き継ぎのために曽祖父に連れられて訪れていた期間も含めれば、最低十年は付き合いがある。
その間、勤めを疎かにしたことはないし、村人に迷惑をかけないよう注意してきた。真摯に向き合ってもきた……つもりだった。
しかし、結果どうだ。一度も視察に来たことがない父や、行商人より信用がない。
「貴様ら……っ」
「………分かった」
剣を抜こうとするガンダルフォを抑え、彼は静かに口を開いた。
「望み通り、もう二度と私と私の率いる部隊は、この村に足を踏み入れることはない」
しかし代わりに、今まで村人に向けたことのない、本気の圧を言葉に乗せた。
「だが、移住はするんだ。この地域の軍隊ネズミ大規模討伐が終わるまでの、一時避難でいい」
たじろぐ村人。彼に泥団子を投げた子どもが、泣きそうになって母親にしがみつく。
「そのための根回しはこちらで済ませている。 あとは家財を持って移動するだけでいい。……いいか、最後の忠告だ」
一語一語、噛み締めるように念を押す。
「移住は、しろ。ネズミ如きで滅びたくなければ」
「我らが戴く主君は領主様のみです! お帰りください!!」
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