2-15. 害獣討伐
───瞼が重い。
泥のような眠気に、頭が痺れる。すると、鋭く自分を呼ぶ声がした。
「…………様。次代様!」
ハッと顔を上げると、領地で彼の護衛を務める部隊の隊長が、険しい顔でこちらを見ていた。
「馬上で眠るのは危険です。おやめください」
「……ああ、悪いな」
短い夏を迎えようとするサイプレスの山は蒼々と茂り、神聖さにも似た、爽やかな空気に満ちている。
頭を振って、眠気を追い出す。その様子を見た隊長───ガンダルフォは片眉を上げた。
「休まれるのでしたら、荷台の方へ」
「……いい」
つまむように目頭を揉み、余った手で断りを入れる。
「私の我儘に付き合わせておいて、それは示しがつかん」
ガンダルフォも、他の兵たちだって、疲れている。そこで自分一人休んでいたり、疲れた顔をしていては、士気が下がるだろう。
ややあって、平坦な声が返ってきた。
「建前でしょう」
「だが、そうでなければ困る」
そして最近すっかり板についた、薄笑いを浮かべてみせた。
「せいぜい無様を晒さんよう、ニガムラサキでも齧る」
するとガンダルフォは、小さくため息を吐いた。
「次代様に雑草を齧らせるなど、サイプレス家の沽券に関わります。おやめください」
そうして、ニガムラサキの代わりを探そうと、己の巾着に手を突っ込む。
しかし彼は、それを片手で制した。
「必要ない。……『眠気覚まし』が来たぞ」
眉を顰めたガンダルフォがハッと顔を上げた、次の瞬間。
鮮血が、飛び散った。
ウサギ程の大きさのネズミの魔物が、どう、と地面に倒れ伏す。緊張が走る中、彼は馬上で剣の血を払った。
「斥候だ、じき本隊が来る」
その言葉を証明するかのように、遠くから獣の足音が近づいてきた。抜き身の剣を突き出し、今日何度目かの指示を出す。
「盾兵は周囲の警戒を。戦闘準備」
「「ハッ!!」」
───サイプレス侯爵領には、軍隊ネズミと呼ばれる魔物が生息している。
見た目はネズミそのもので、ネズミらしく繁殖力が強く、悪食かつ大食。人間の軍隊のように役割分担をし、その役割に従って戦うのが、その名の所以だ。
群れが大きくなるにつれ、個々の身体も大きく、強く、賢く。放置すると、やがて牛ほどの大きさになって、保存食だろうが建材だろうがなんでも食い尽くす。厄介な害獣だ。
今回の目的は、この軍隊ネズミの討伐だ。ネズミたちの死体を前に、剣を鞘に納める。
「一ヶ月空いただけでこれか」
「相変わらず……いや、悪化しているな」
「ええ……一隊辺りの頭数は変化ありませんが、一匹一匹が大きくなっています」
部下たちが死体の検分をしているのを眺めながら、ガンダルフォが渋い顔をした。
「巣にはもっといるでしょうね。二軍、三軍も恐らくは……」
「本来なら、領軍を派遣すべきところなのだが」
領軍の派遣は、被害が大きくなりやすい主要な街道や、大きな街を優先せざるを得ない。地形的に兵の派遣が難しい地域や、小さな村落は、後回しになりがちだ。
それを補うため、サイプレス家では対象となる村を「友誼のある地」として扱い、領主やその家族が「個人的に」定期訪問する。
そしてその道中、「偶然」魔物に遭遇し、「やむを得ず」討伐した……ということが、慣例的に行われていた。
体裁を保つため、兵は「護衛」で通じるギリギリの数と装備のみ。戦力的にはかなり厳しいが、名目上の目的地である村で休むことで、どうにか成り立っている。
システムの不備と言われれば全く反論できないし、一種の不正と言えなくもない。しかし先祖たちが限られた人員と厳しい環境の中必死に考えた、苦肉の策だ。
再び馬上で揺られつつ、眠気覚ましの飴を舐める。
「せめて、冒険者にでも任せられればいいのですが」
ガンダルフォがぼやくと、その補佐の騎士が眉を顰めた。
「恐れながら、他所者にこの寒さと地形は厳しいかと」
「同感だな」
加えてサイプレスは一族の支配する領地は旧い土地で、閉鎖的な上、変化を嫌う。他所から来た冒険者、など、受け入れるはずもない。双方印象を悪くして終わりだ。
そもそもが為政者の失政が原因なのだし、己の尻は己で拭くべきだろう。
(とはいえ、だ)
この山の軍隊ネズミの数は、ここ二十年ほどでじわじわと増え続けている。
今はギリギリ抑えられているが、いい加減、限界だ。今向かっている村も、いつ襲われてもおかしくない。
討伐頻度を増やすか、サイプレス軍本体を動かして対応する必要があるだろう。疲労が滲む護衛たちの横顔を、ちらと見やる。
(彼らの負担を考えると、頻度を増やすのは現実的ではない)
そもそもが、護衛目的の兵と、装備なのだ。間違っても、魔物と連戦し殲滅させるためのものではない。木々の間から空を仰ぐ。
「やはり、一度大規模討伐を行うべきだな」
装備と人員を揃えて山狩をし、巣を見つけ出して、根絶やしにする。それでやっと、この山の人と獣の均衡が取れる。
しかし、復興も道半ばの今のサイプレス領では、いつになることやら。ふう、と息を吐く。
「今日こそ、一時避難に応じてくれると良いのだが」
「……今回は普通の滞在になさいませんか、次代様」
思わずそう呟くと、ガンダルフォはそっと眉根を寄せた。
「月末の度、王都と領地の強行軍で、お疲れでしょう。最近は、家令の仕事まで手伝っていると聞いています」
「……誰かがやらなければならないことだろう」
家令・ヨーナスには、孫ほどに歳の離れた息子がいる。
ヨーナスはその子をとても可愛がっており、自身の後継者として家令補佐に任命しているのだが、これが、自称妹にべったりなのだ。
言葉を選ばずに言うと、愛人の真似事をしている。家令補佐の仕事そっちのけで自称妹のご機嫌取りに走り、べたべたと。
彼も、父親であるヨーナスも何度も注意したが、例によって父が許してしまっているので、どうにもならない。第一、ヨーナスの妻である侍女まで、自称妹に侍っているのだ。もうサイプレス邸の指揮系統はめちゃくちゃだ。
しかし放置して困るのは自分たちで、民なのだ。邸の人事に干渉する権限を与えられていない以上、せめて宙に浮いた仕事を巻き取るくらいのことはしなければ。
「しかし……」と言いかけたガンダルフォは、ぐっと口を結び……ふいと前を向いた。
「……なんでもありません。とにかく、日暮れ前までには村に到着します。それまで踏ん張られませ」
「ああ」
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