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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第二部 嫡出の兄
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2-14. 野外演習の後始末



 ジギタリスとその配下らしき数名が、オレガノの応急処置を始める。



 討伐の興奮も収まったところで、護衛の騎士たちと医療班が到着した。その場を代表して彼らに状況を説明していると、騎士たちの後ろから、真っ青な顔のチャイブが現れた。


「若様!若様!!」


 一直線にこちらへと駆け寄ってきて、噛みつくように問いかける。

「お怪我は!?」

「ない。後援指揮、御苦労だった」

 そう告げると、よろよろとその場に崩れ落ちるように跪く。


「……ご無事で何よりでございます。……我が君」

 


 と、背後から蚊の鳴くような声が聞こえた。


「サイ……ス、こ、しゃ」



 振り返ると、担架に乗せられたオレガノが、こちらに向かって手を伸ばしているところだった。ひょいひょいと河原の石を踏んで近づく。

「なんだよ。大人しく救護されとけ」

「謝罪……謝罪を………」

 青白い顔で、声を震わせる。



「お、俺のせいで……御身を、危険に晒す、など……申し訳……申し訳……」


「……オレガノ」



 オレガノの立場であれば、そう言う他ないだろう。ゆっくり息を吐き、静かに口を開く。


「オレガノ。オレガノ男爵第三令弟、マクシミリアン・レフ・オレガノ」

「!」

 最も正式な呼称で呼びかけると、オレガノははっと息を呑んだ。




 目を合わせ、「サイプレス侯爵第一令息」の話し方で続ける。




「よくぞ務めを果たした。貴様の迅速な判断と献身、サイプレス侯爵が長子として、褒めてつかわす」



 一語一語はっきり伝え、伸ばされた手を握った。


「よくやった。雑事は任せろ、安心して休め」


 オレガノの目から、大粒の涙が溢れる。握った手に、ぎゅっと力が籠った。



「………はい。はい………!」



 ………泣かれても困る。







「バカか、お前たちは!!」

 拠点に戻ると、すぐさま教師に捕まり雷を落とされた。既に整列して説教を受けていたローズマリーたちの前に出て、粛々と叱責を受ける。


「せめて実行前に相談しなさい、現場判断にも程がある!!」

「仰る通りです、申し訳ありません」


 上官命令を仰ぐまでもなく無視して、勝手な行動を取ったのだから、当然だ。配下の前で恥ずかしい姿は見せられない、深々と頭を下げる。

「すべての責は私に」

「責は学園だよ、学園行事中の事故なんだから」

 なんだかんだ、初動の早さに助けられた部分もあったらしい。そこまで強くは責められなかった。


 ため息を吐く教師、がしがしと頭を掻きむしる。


「あーもう………間に合って良かったよ。今年の四年生、皆優秀ね!」

「そうでしょう」

「アーティチョーク……!!」

 何故か誇らしげにしているアーティチョーク弟を、チャイブが短く叱る。確かに、二次災害を防げたのは彼らの活躍が大きいだろうが、違う、そうじゃない。後ろ頭を掴んで下げさせておく。



 ちなみに、一番叱られたのは、ジギタリスだった。なんでも、実習で持ち込みを禁止されている薬品をいくつか持ち込んでいたらしい。



 実習の禁止事項は「読んでませんでした!!」とのこと。そちらも後ろ頭をどついて謝らせておいた。


「何考えてんのよ、アンタ!?」

「我が君のお役に立ちたかったんだよぉ!!」

「それで我が君にご迷惑をかけては、本末転倒だろうが!!」

「「バーカバーカ、毒物バーカ!!」」

 お説教から解放後、怒涛の勢いで他の取り巻きに叱られるジギタリス。追加のお小言は、ため息と共に飲み込んでおいた。

 




 演習は前半組と後半組に分かれた二日間だったが、事件の影響で、彼を含めた一日目の前半組は強制終了。二日目に予定されていた後半組の演習も、延期ということになった。


 このまま筆記課題に置き換わるのか、それともどこかで改めて実施されるのか。それは学園側の判断であり、彼はあずかり知らぬことだ。




 事件関係者には事実上の緘口令が敷かれ、こうして、波乱の野外演習は幕を閉じたのだった。





「……もはやこれまでと思ったその時!鋭い矢の一撃が下されたのだ!!」



 ……まあ、緘口令といってもふんわりしたものだったので、当然こういう奴もいる。

 二週間後、いつものサロンで熱弁を振るうオレガノ。




 英雄譚のように、あの日我が身に起きた出来事を語る。

「我が君は、かの伝説の雪原豹のように樹々の間を飛び!右へ、左へと翻弄し!にっくき熊に何度も矢を浴びせた!!」


「その様はまさに、エヴァキア山の猛吹雪の如し!!」

「「おおー!!」」

その場にいなかった取り巻きたちは熱心に彼の話に聞き入り、同行していた者たちも、誇らしげに頷く。



「何やってんだ、あいつら?」


 どこを取っても美化しすぎである。背後のチャイブに問いかけると、当然のように頷かれた。

「助けにきてくださったことが、よほど嬉しかったのでしょう。退院してからずっとあの調子です」

「恥ずかしい真似を」


 あの日の自身の行動については、むしろ反省すべき点の方が多い。幸い、自分に協力した者たちへの処分は叱責程度で済んだが、それも結果論である。


 頭を掻き、短く吐き捨てる。

「くだらねえ話してる暇があったら、さっさと寮に戻って養生しとけと伝えろ」

「かしこまりました。では、御意を伝えて参ります」

 恭しく首を垂れたチャイブは、取り巻きたちの中心にいるオレガノへ歩み寄る。


 チャイブが何か言うと、オレガノはぱっと笑顔になって、こちらに近寄ってきた。

「もちろんです、我が君!一生ついていきます!!」

「オイ、チャイブテメェ、何言った?」

 相変わらず胡散臭い笑顔で、親指を立てるチャイブ。蹴られた衝撃で、頭がおかしくなったのかもしれない。それとも、元々おかしかったのか。


 他の取り巻きも、何やらキラキラした目でこちらを見ている。

(本当に、何を言ったんだ……)


 とりあえず、こちらの意志は一切伝わっていないことは分かった。引き気味に応える。

「……あんなので一生こき使うほど、クズじゃねェよ。もう少し考えて物言え」

 当然のことをしたまでなのだから、そこまで感謝される謂れはない。

 そう伝えると、「なんと奥ゆかしい方なのか」と謎に盛り上がる。何故なのか。最近、側近(候補)と、意思疎通ができていない気がする。


「……もういいから、早く怪我を治せ」

「ハイ!!」




 その日の夜。


 王都邸の自室で執務をしていた彼は、ふと周囲が冷え込んでいるのに気がついた。



 窓の外を見ると、先ほどよりだいぶ月が傾いている。集中してすっかり時間が経ってしまったようだ、そろそろ休まねば。


 と、夕食を摂り損ねていたことを思い出した。眉を顰める。

(食べないと倒れる)

 少しでも滞在費を抑えるため、使用人はぎりぎりしか連れてきていない。鉛のように重く軋む身体を持ち上げて、厨房へ向かう。



 適当に食材をパンに挟むと、喉に石が詰まっているような感覚がした。無理やり口に押し込んで咀嚼して、今度こそベッドに倒れ込む。




 学園にいる間は取り巻きたちの面倒を見て、邸に帰れば、領地から送られてくる執務と自称妹のお茶会関係の処理。領地復興の金策のために、最近は学園の人脈でいくつか事業も手がけているので、そちらの対応も。

 月末には領地に戻って、持ち出しできないものや、現地でしかできない仕事だ。やることが多すぎて、吐き気がする。




 しかし、どれもこれもサイプレス家次期当主として必要な仕事。全力でやり遂げねば。



(………ああ、でも)


 うと、と微睡みながらぼんやり考える。



(少しは、上手くやれた、のかな……)

 そして今度こそ、眠りについた。







 ───足元で何が蠢いているかなど、気づきもしないで。


一方その頃。

学園「今年の野外演習は中止です」

オパール「なんでーっ!?」


お読みいただき、ありがとうございました。

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