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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第二部 嫡出の兄
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2-13. 対峙


(さて、どう探すか)




 拠点を出て、オレガノと別れた地点まで移動した彼は、ぐるりと周囲を見渡した。



 追えるようにしておくよう言いつけたものの、実際、そんな余裕がオレガノにあったかどうか。とりあえずオレガノが熊を誘導していった方に目を向ける。

「……ん?」

 と、手前の木に、傷があるのが見えた。



 真新しいそれは、ちょうどすれ違いざま、刃物で切りつけたようで。



 奥、そのまた奥の木へと、続いている。


(……なるほど)

 ひとつ頷き、傷のついた木を追う。




 しばらく走ると、木々の奥に、黒い巨体が見えた。立ち止まり、頭の中の地図と照合する。

(確か、この先は河原だったな……)

 木に登り、上から状況を確認する。



 視界を横断するように流れる川、河原のど真ん中で異彩を放つ熊。





 そしてオレガノは、大岩に寄りかかって、うつむいて座り込んでいた。





 爪が掠めたのか、左肩から右脇腹にかけて真っ赤に染まっている。どうにかここまで逃げてきたはいいものの、川に遮られて追いつかれた、と言ったところか。

 漂う血の匂いに、思わず眉を顰める。

(……手遅れか?)

 そう思った瞬間、オレガノがふと顔を上げた。





 サイプレス一族特有の、灰色がかった水色の目が、彼を捉えて大きく見開かれる。





 はっきりと目が合って、彼は口の端が吊り上がるのを感じた。



「生きてるな」



 上等だ、と呟いたその時、熊が雄叫びを上げながら、片手を振り上げた。




 拠点から持ち出した弓を引き、木の上から矢を放つ。




『グルァッ!?』

「よう、クマ公。ご機嫌なようで何よりだな」

 軽口を叩きながら、次の矢をつがえる。




「ちょっとばかし、俺と遊ぼうぜ。なァ?」


 そう言って、殺気を放つ。




 新たな敵の出現に、熊は荒々しく鼻をひくつかせながら、身体ごとこちらを振り返った。それを見て、顔色を変えるオレガノ。


「サイッ……、………ッ!」

 呼びかけようとして、すぐに苦痛に顔を歪める。再び矢を放ちながら、彼は落ち着き払って声をかけた。



「楽な体勢で休んでろ。そのうち医療班が来る」

 その間に、熊は小石を蹴散らしながら、こちらに突撃してきた。



 一般的に、森に住む熊は木登りが得意だ。足も速い。あっという間に彼のいる木の根元まで到達すると、巨体を揺らしながら木の幹を登ってくる。



 鼻息が分かるほどの距離になった、その時。ぐ、と足に力を込める。




 そして枝を蹴って、勢いよく飛んだ。




『ガルッ!?』

 そのまま離れた木の枝に降り立つと、熊が驚いたような鳴き声を上げた。




 ───サイプレス家にはわずかだが、幻と呼ばれる人種の血が混ざっている。





 「夜の王族」とまで謳われたその人種は、角族と渡り合える怪力と、獣の民並みの優れた五感、そして身体能力を併せ持つ。

 彼が継いだのは多少の身軽さくらいだが、それでも、普通のヒト族の何十倍も軽やかに動ける。



「曲芸の真似事くらいなら、まァ、できるぜ」



 再び矢をつがえ、無防備な背中へ矢を打ち込む。

『グルァッ!!』

「どうした?早く来いよ」

 今熊がいる木と、彼が飛び移った木の間には、かなりの距離がある。あの巨体でそこまでの大跳躍はできまい。

 案の定、熊は怒りの雄叫びを上げながら地面に飛び降り、再びこちらに向かってきた。同じように矢で射り、またギリギリで飛び移る。


(さすがに、あの鉤爪と膂力にやられたら、ひとたまりもない)

 ならせめて、少しでもこちらが動きやすい状況に。



 木から木へ、枝から枝へと飛び移り、何度も矢を射かける。




 そうして何度目かになる突撃を躱し、彼は眼下の巨体を眺めて思考を巡らせた。



(……やはり決定打にはならないか)



 今日の演習用に準備された矢と弓は、取り回しやすい代わりに威力は低く、残念ながらあまり効いている様子はない。

 背負っている槍を全力で急所に打ちこめれば斃せるだろうが、なんせあの硬く厚い毛皮。



(実行するには、一度足場のしっかりした場所に降りて、「溜める」必要がある)



 生憎と、そんな隙を与えてくれる相手ではなさそうだ。討ち損なって、今以上に暴れられたら堪らない。

 せめて怪我人から遠ざけたいが、一度は仕留めかけた獲物が惜しいのか、ちらちらとオレガノの方を見ている。やるからには、一撃で仕留めなければ。


 覚悟を決めた、その時。




 視界に、小さな玉が横切った。




「……!?」

『ガゥアッ!?』



 球体は熊の顔面に的中すると、中の粉末を撒き散らしながら爆ぜる。



 すると、熊は粉末を嫌がるように、首を何度も横に振った。……明らかに動きが鈍っている。



(目眩しの類か!)



 彼がそう結論づける間にも、立て続けに投げつけられる球体。ふとそちらを見ると、見覚えのある生徒たちが必死の形相で球体を投げつけているのが見えた。



「効いてるぞ!」


「サイプレス様と怪我人に近寄らせるな!」


「弾数には余裕があるぞ、じゃんじゃん投げろ!!」



 チャイブに命じておいた、応援部隊だ。ほっと息を吐く。その中の一人がキョロキョロと辺りを見回し、彼に気付いた。



「我が君!」



 そう叫びながら、ジギタリスが駆け寄ってきた。熊に目を向けたまま、着地する。

 ジギタリスはさっと地面に跪くと、背負っていた槍を差し出した。



「こちらを。先端に、私の新作を塗りこんであります」



 そう言うと、もがく巨体をちらと見やる。


「あの図体です。念のため、急所を」

「……ご苦労」

 受け取った槍を構え、ゆっくりと息を吸い……吐く。



「悪いな。恨むなら、俺の身内に手を出したことを恨め」



 そう呟くと、心臓目掛けて槍を打ち込む。




 ───その断末魔の叫びは、森中に響き渡ったのだった。


彼は勝ちましたが、皆様は熊相手に戦ってはいけません。熊と遭遇した際は、各自治体や専門家の示す指針に従って、ご自身の身をお守りください。


 「夜の王族」と謳われる人種についてこの作品で言及する予定はありませんが、拙作「凡庸王子の逆襲」を読んだ方には、薄々察していただけたかな?と思います。



お読みいただき、ありがとうございました。

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しょーぐんの一族。
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