2-12. 主家の矜持
長めです。
拠点に戻ってくると、彼は急ぎ班員へ指示を出し始めた。
「エッカルトは教師、ローデンヘルムは護衛の騎士たち、アルムは救護テントに状況を説明。医療班の手配も頼む」
「「「はっ!」」」
「バラントは馬を借りて、最寄りの砦へ一報を。お前が一番馬の扱いが上手い、オレガノが奴の気を引いている今のうちだ、振り返らず行け」
「わ、分かりました!」
エッカルトたちが敬礼して飛び出し、バラントも転びそうになりながら馬場へ走る。その背中に、「俺に命令されたからと言っておけよ!」と声をかけておく。
「残りは怪我人を救護テントへ。その後は教員の指示に従って行動しろ」
「はい!」
「あの、ありがとうございました!」
そう言って怪我人を支えながら去っていくのを見送ると、ふうと息を吐く。
「………さて」
振り返り、人集りに向かって声を張り上げた。
「チャイブはいるか!!」
「ここに!」
応答からさほど間を置かずに、チャイブが飛び出してきた。ざわめく生徒たちを尻目に、さっとその場に跪く。
「何事でしょうか?」
「熊が出た。生徒が襲われて、今はオレガノが対応している」
「……それはそれは」
わずかに眉を顰めるチャイブ。言いたいことはあるだろうが、先にやるべきことをやらねばなるまい。
「オレガノの回収作戦を実行する。手を貸せ」
「は。何なりとご命令を」
頷き、早速命じる。
「まずはアーティチョーク姉弟に……」
「「お呼びでっ!!」」
「うぐっ」
アーティチョーク姉弟がチャイブを突き飛ばす勢いで現れた。うめくチャイブの横を素通りして、とててーっと彼のそばに移動する。
「偶然教師の近くにおり、エッカルトの報告を聞きました。状況はおおよそ把握済み」
「くまくまパニック、オレガノピンチ」
「なら話は早い」
状況の説明を端折り、指示を出す。
「迂闊に森に入る者がないよう、注意喚起を。パニックを起こさせずに素早く、まんべんなく、だ。できるな?」
「「あいさー!!」」
ぱ!と片手を上げた二人は、すぐさま人混みに戻っていった。
「情報制御はアーティチョークにお任せ!」
「クリス隊、集合!クリス隊も集合!!」
「ややこしいな」
アーティチョーク家は、サイプレス一族の中でも特に、市井での情報操作・収集に長けた家だ。
ぱっと見ふざけているように見えるが、あの姉弟も優秀な「アーティチョーク」。上手くやってくれるだろう。と、寝起きのようなゆったりした声が割り込んだ。
「騒がしいですわねえ……」
「ローズマリーか」
「状況は」
「聞こえてましたわよ、熊でしょ?」
そう言うと、つまらなさそうにため息を吐いて、髪を指に巻き付ける。
「実習、冬にやれば良かったのに」
「ちょうどいい。ローズマリー、森の出入りを見張ってろ。しばらく森は進入禁止だ」
たとえアーティチョーク姉弟がどう話を広めても、それでもやらかすバカというのは、一定数存在するのだ。そもそも、伝達が間に合わない可能性もある。するとローズマリーは、「あら」と挑発的に目を細めた。
「つまりそれは、わたくしに歯向かう男どもを蹴り飛ばしていい、ということですわね?」
「違う」
即座に訂正する。
「女もだ。俺と教師の許可を得た奴以外、全員蹴り飛ばせ」
「……うふふ、はあい」
そう言うと、彼の頬に触れる程度のキスをして、踵を返す。
「拝命しましたわあ。ああ、いつもこういう仕事ならいいのに!」
「教員による進入禁止の態勢が整うまでですよ。無関係の生徒まで蹴ってはいけませんからね、聞いていますかローズマリー?」
その美貌と言動からは想像がつきにくいが、存外好戦的な性格のローズマリー。ご機嫌で歩いていく後ろ姿にチャイブが釘を刺すも、聞いているかどうか。
じわじわ集まり出した取り巻きたちにも指示を飛ばす。
「まあ、熊に殴られるよかマシだろ。責任は俺が取る」
「そうですね……」
その後も指示を出しながら、拠点内を移動する。そして支給の武器や備品が集められているテントに入り込んで、必要なものを選別し始めた。
「それと、ジギタリスと、魔物・害獣の討伐経験がある者を集めろ」
「ジギタリス、ですか?」
意外そうな声を出すチャイブ。
「奴は戦闘はからっきしですが……?」
「あの毒狂いのことだ、どーせ今日の演習にも、なんか持ち込んでるだろ」
最近はだいぶ落ち着いたが、それでも自作の毒や罠を持ち込んでは、「使いたい」とせがんでくる変人だ。こんな絶好の機会、逃すとは思えない。
「熊に効くのがありゃ僥倖だ」
「確かに」
そもそもジギタリス家自体が、毒や罠の扱いに長けた家だ。毒を扱う者は、人体や薬草にも詳しい。応急処置なりなんなり、何かの役には立つだろう。納得して集まっていた取り巻きに指示を飛ばすチャイブ。
「偵察役を先行させる必要があるかと存じますが、それは誰に?」
何気ないその問いに、さらりと答える。
「俺が行く」
「……は?」
淡々と指示を仰いでいたチャイブが、顔色を変えた。念を押すようにもう一度伝える。
「聞こえなかったか? 俺が行く」
指示出しをしている間に、おおよその準備は終えていた。最終確認で、槍の重さや歪みを確かめる。
「お前はこのまま、後方支援の指揮を執れ。なに、教師陣の対応が決定して、指示が行き渡るまででいい」
「責任は適当に俺に被せておけ、できるだろ?」
「若様自ら向かう必要は……!」
「あるな」
とん、と槍で肩を叩く。
「引率の教師陣は、生徒たちの安全確保をせにゃならん。男爵令息一人の命と他の生徒全員の安全なら、後者だ。すぐには動けない」
申し訳程度についてきている護衛の騎士たちも同様。最寄りの砦の兵が到着するのはまだ先だ。手元で槍をくるりと回す。
「間に合う可能性があって、奴を助ける道理があるのは、俺だけだろォが」
彼であれば、森の移動にも害獣討伐にも慣れているし、学園支給の軽装でも、必要に応じて時間稼ぎくらいはできる。もしジギタリスが熊に有効な毒や小道具でも持ち込んでいれば、そのまま討伐も可能だ。主家の者として、分家の者を守るという言い分も通る。
オレガノは、上手く追跡を躱して逃げ続けられる質ではない。彼と彼の一族は、サイプレス一族には珍しい、生粋の武人なのだ。正面から戦うことには慣れているが、足止めをする、追手を撒くなどの小細工は不向き。
かと言って、あの装備で熊を倒すのは無理がある。急がねばなるまい。
取り巻きたちが各々の作業に向かったテントで、淡々と理を説くと、チャイブはぽつりと呟いた。
「……あの者に、貴方様が直々に助ける価値があると思えません」
「……オレガノは、一族でも末端に近い男爵家の、四男です。『令息』と言いつつ、既に爵位は兄夫婦が継いでいて、爵位を継ぐ可能性はほぼない」
この国では、たとえ当主のきょうだいであっても、「令息」「令嬢」と呼ぶ慣例がある。それに従って「オレガノ男爵令息」と呼ばれているだけで、厳密には彼は、「オレガノ男爵令弟」なのだ。
「男爵夫妻が末弟を疎んでいるのは、有名な話です。助けたところで、男爵家の心象が良くなるとは思えない。……良くなったところで、大した利益もありません」
「そうだなァ、確かに」
むしろ、「何故助けたんだ」と不興を買いそうだ。想像がついて、喉の奥で笑う。
それに勢いづいたチャイブは、縋るように言い募った。
「対して貴方様は、本家当主のご子息、次代様なのです。こうは言いたくありませんが……命の価値が違います」
「そうだな」
「でもなあ」と続ける。
「あいつ、俺の一族の子なんだよなあ」
こぼれ出た言葉に、チャイブが──固まった。
「知らねえ顔でもなし。見捨てたら目覚めが悪い」
「………これは、事故です。不幸な事故です」
「そうだな」
ゆるりと一歩、距離を詰める。
「なァに、上手くやるさ。最悪、オレガノの死体と巣の場所だけ確認して帰ってくる」
そこまで言ったところで、彼は小首を傾げてみせた。
「俺が信用できないか?」
「違ッ……! ああもう!」
チャイブは乱暴に頭を掻きむしると、ばっと両手を広げて進路を遮った。
「いけません、とにかくいけません!!」
「…………ああ、いかん。うっかりしていた」
「仕えろ」と命じられた人間をみすみす危険地帯に送り込んだら、後でチャイブが咎められてしまう。
薄く笑い──右足を軽く、後ろに引いた。
「安心しろ。お前が俺より弱いのは、仕方のないことだ」
「……っ!?若さ、まっ!?」
その一言と共に、片手に持っていた槍を投げ捨てる。
チャイブの注意がそちらに逸れた一瞬をついて、距離を詰め、蹴りを放つ。
ゴッ、と鈍い音が響いた。
崩れるように片膝をつくチャイブ。
「ッ……!」
「お?意外と頑丈だな。気絶させるつもりで蹴ったのに」
思わず感心した声が出た。まあなんにせよ、きっちり頭は揺らしてやったので、これでしばらくチャイブは動けない。
その辺りの加減は心得ている。それに目立つところを蹴ったので、責を問われたとしても、多少は有利になるはずだ。
放り投げた槍を拾い上げ、肩を叩く。
「誰かに何か言われたら、『サイプレス侯爵令息は思ったよりバカでした』って言っとけよ」
テントを出て、森の入り口に向かう。
「よう、ローズマリー」
「あら、サイプレス侯爵令息」
「よくやってるようだな、感心だ」
ローズマリーが蹴り飛ばしたらしい生徒の上を、ひょいひょいと跨いで移動する。
そして、颯爽とその横を通り過ぎた。
「そのまま、持ち場を離れるなよ」
「えっ、ちょっと!?」
驚愕の面持ちで振り返るローズマリー。
「あっ、『俺と教師の許可を得た奴以外……』ってそういう……!? お待ちください、オイゴラ、チャイブ!!自称右腕が何やっとんじゃボケッ!!」
あいつ、右腕自称してたのか……などと背中で聞きながら、オレガノの元へ急ぐ。
お読みいただき、ありがとうございました。




