表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第二部 嫡出の兄
47/62

2-12. 主家の矜持

長めです。


 拠点に戻ってくると、彼は急ぎ班員へ指示を出し始めた。



「エッカルトは教師、ローデンヘルムは護衛の騎士たち、アルムは救護テントに状況を説明。医療班の手配も頼む」

「「「はっ!」」」


「バラントは馬を借りて、最寄りの砦へ一報を。お前が一番馬の扱いが上手い、オレガノが奴の気を引いている今のうちだ、振り返らず行け」

「わ、分かりました!」



 エッカルトたちが敬礼して飛び出し、バラントも転びそうになりながら馬場へ走る。その背中に、「俺に命令されたからと言っておけよ!」と声をかけておく。


「残りは怪我人を救護テントへ。その後は教員の指示に従って行動しろ」

「はい!」

「あの、ありがとうございました!」

 そう言って怪我人を支えながら去っていくのを見送ると、ふうと息を吐く。

「………さて」

 振り返り、人集り(ひとだかり)に向かって声を張り上げた。




「チャイブはいるか!!」


「ここに!」




 応答からさほど間を置かずに、チャイブが飛び出してきた。ざわめく生徒たちを尻目に、さっとその場に跪く。


「何事でしょうか?」

「熊が出た。生徒が襲われて、今はオレガノが対応している」

「……それはそれは」


 わずかに眉を顰めるチャイブ。言いたいことはあるだろうが、先にやるべきことをやらねばなるまい。


「オレガノの回収作戦を実行する。手を貸せ」

「は。何なりとご命令を」


 頷き、早速命じる。

「まずはアーティチョーク姉弟に……」

「「お呼びでっ!!」」

「うぐっ」

 アーティチョーク姉弟がチャイブを突き飛ばす勢いで現れた。うめくチャイブの横を素通りして、とててーっと彼のそばに移動する。


「偶然教師の近くにおり、エッカルトの報告を聞きました。状況はおおよそ把握済み」

「くまくまパニック、オレガノピンチ」

「なら話は早い」


 状況の説明を端折り、指示を出す。



「迂闊に森に入る者がないよう、注意喚起を。パニックを起こさせずに素早く、まんべんなく、だ。できるな?」

「「あいさー!!」」



 ぱ!と片手を上げた二人は、すぐさま人混みに戻っていった。

「情報制御はアーティチョークにお任せ!」

「クリス隊、集合!クリス隊も集合!!」

「ややこしいな」

 アーティチョーク家は、サイプレス一族の中でも特に、市井での情報操作・収集に長けた家だ。


 ぱっと見ふざけているように見えるが、あの姉弟も優秀な「アーティチョーク」。上手くやってくれるだろう。と、寝起きのようなゆったりした声が割り込んだ。



「騒がしいですわねえ……」

「ローズマリーか」



「状況は」

「聞こえてましたわよ、熊でしょ?」

 そう言うと、つまらなさそうにため息を吐いて、髪を指に巻き付ける。

「実習、冬にやれば良かったのに」

「ちょうどいい。ローズマリー、森の出入りを見張ってろ。しばらく森は進入禁止だ」

 たとえアーティチョーク姉弟がどう話を広めても、それでもやらかすバカというのは、一定数存在するのだ。そもそも、伝達が間に合わない可能性もある。するとローズマリーは、「あら」と挑発的に目を細めた。


「つまりそれは、わたくしに歯向かう男どもを蹴り飛ばしていい、ということですわね?」

「違う」

 即座に訂正する。



「女もだ。俺と教師の許可を得た奴以外、全員蹴り飛ばせ」


「……うふふ、はあい」



 そう言うと、彼の頬に触れる程度のキスをして、踵を返す。


「拝命しましたわあ。ああ、いつもこういう仕事ならいいのに!」

「教員による進入禁止の態勢が整うまでですよ。無関係の生徒まで蹴ってはいけませんからね、聞いていますかローズマリー?」


 その美貌と言動からは想像がつきにくいが、存外好戦的な性格のローズマリー。ご機嫌で歩いていく後ろ姿にチャイブが釘を刺すも、聞いているかどうか。


 じわじわ集まり出した取り巻きたちにも指示を飛ばす。

「まあ、熊に殴られるよかマシだろ。責任は俺が取る」

「そうですね……」



 その後も指示を出しながら、拠点内を移動する。そして支給の武器や備品が集められているテントに入り込んで、必要なものを選別し始めた。


「それと、ジギタリスと、魔物・害獣の討伐経験がある者を集めろ」

「ジギタリス、ですか?」


 意外そうな声を出すチャイブ。

「奴は戦闘はからっきしですが……?」

「あの毒狂いのことだ、どーせ今日の演習にも、なんか持ち込んでるだろ」

 最近はだいぶ落ち着いたが、それでも自作の毒や罠を持ち込んでは、「使いたい」とせがんでくる変人だ。こんな絶好の機会、逃すとは思えない。


「熊に効くのがありゃ僥倖だ」

「確かに」


 そもそもジギタリス家自体が、毒や罠の扱いに長けた家だ。毒を扱う者は、人体や薬草にも詳しい。応急処置なりなんなり、何かの役には立つだろう。納得して集まっていた取り巻きに指示を飛ばすチャイブ。


「偵察役を先行させる必要があるかと存じますが、それは誰に?」

 何気ないその問いに、さらりと答える。




「俺が行く」




「……は?」





 淡々と指示を仰いでいたチャイブが、顔色を変えた。念を押すようにもう一度伝える。



「聞こえなかったか? 俺が行く」



 指示出しをしている間に、おおよその準備は終えていた。最終確認で、槍の重さや歪みを確かめる。


「お前はこのまま、後方支援の指揮を執れ。なに、教師陣の対応が決定して、指示が行き渡るまででいい」


「責任は適当に俺に被せておけ、できるだろ?」

「若様自ら向かう必要は……!」

「あるな」


 とん、と槍で肩を叩く。


「引率の教師陣は、生徒たちの安全確保をせにゃならん。男爵令息一人の命と他の生徒全員の安全なら、後者だ。すぐには動けない」

 申し訳程度についてきている護衛の騎士たちも同様。最寄りの砦の兵が到着するのはまだ先だ。手元で槍をくるりと回す。



「間に合う可能性があって、奴を助ける道理があるのは、俺だけだろォが」



 彼であれば、森の移動にも害獣討伐にも慣れているし、学園支給の軽装でも、必要に応じて時間稼ぎくらいはできる。もしジギタリスが熊に有効な毒や小道具でも持ち込んでいれば、そのまま討伐も可能だ。主家の者として、分家の者を守るという言い分も通る。



 オレガノは、上手く追跡を躱して逃げ続けられる質ではない。彼と彼の一族は、サイプレス一族には珍しい、生粋の武人なのだ。正面から戦うことには慣れているが、足止めをする、追手を撒くなどの小細工は不向き。


 かと言って、あの装備で熊を倒すのは無理がある。急がねばなるまい。



 取り巻きたちが各々の作業に向かったテントで、淡々と理を説くと、チャイブはぽつりと呟いた。



「……あの者に、貴方様が直々に助ける価値があると思えません」



「……オレガノは、一族でも末端に近い男爵家の、四男です。『令息』と言いつつ、既に爵位は兄夫婦が継いでいて、爵位を継ぐ可能性はほぼない」

 この国では、たとえ当主のきょうだいであっても、「令息」「令嬢」と呼ぶ慣例がある。それに従って「オレガノ男爵令息」と呼ばれているだけで、厳密には彼は、「オレガノ男爵令弟」なのだ。

「男爵夫妻が末弟を疎んでいるのは、有名な話です。助けたところで、男爵家の心象が良くなるとは思えない。……良くなったところで、大した利益もありません」

「そうだなァ、確かに」

 むしろ、「何故助けたんだ」と不興を買いそうだ。想像がついて、喉の奥で笑う。

 それに勢いづいたチャイブは、縋るように言い募った。

「対して貴方様は、本家当主のご子息、次代様なのです。こうは言いたくありませんが……命の価値が違います」

「そうだな」

 「でもなあ」と続ける。




「あいつ、俺の一族の子なんだよなあ」




 こぼれ出た言葉に、チャイブが──固まった。

「知らねえ顔でもなし。見捨てたら目覚めが悪い」

「………これは、事故です。不幸な事故です」

「そうだな」


 ゆるりと一歩、距離を詰める。


「なァに、上手くやるさ。最悪、オレガノの死体と巣の場所だけ確認して帰ってくる」

 そこまで言ったところで、彼は小首を傾げてみせた。

「俺が信用できないか?」

「違ッ……! ああもう!」

 チャイブは乱暴に頭を掻きむしると、ばっと両手を広げて進路を遮った。


「いけません、とにかくいけません!!」

「…………ああ、いかん。うっかりしていた」

 「仕えろ」と命じられた人間をみすみす危険地帯に送り込んだら、後でチャイブが咎められてしまう。

 薄く笑い──右足を軽く、後ろに引いた。




「安心しろ。お前が俺より弱いのは、仕方のないことだ」



「……っ!?若さ、まっ!?」




 その一言と共に、片手に持っていた槍を投げ捨てる。


 チャイブの注意がそちらに逸れた一瞬をついて、距離を詰め、蹴りを放つ。




 ゴッ、と鈍い音が響いた。




 崩れるように片膝をつくチャイブ。


「ッ……!」

「お?意外と頑丈だな。気絶させるつもりで蹴ったのに」

 思わず感心した声が出た。まあなんにせよ、きっちり頭は揺らしてやったので、これでしばらくチャイブは動けない。

 その辺りの加減は心得ている。それに目立つところを蹴ったので、責を問われたとしても、多少は有利になるはずだ。


 放り投げた槍を拾い上げ、肩を叩く。


「誰かに何か言われたら、『サイプレス侯爵令息は思ったよりバカでした』って言っとけよ」



 テントを出て、森の入り口に向かう。

「よう、ローズマリー」

「あら、サイプレス侯爵令息」

「よくやってるようだな、感心だ」

 ローズマリーが蹴り飛ばしたらしい生徒の上を、ひょいひょいと跨いで移動する。


 そして、颯爽とその横を通り過ぎた。

「そのまま、持ち場を離れるなよ」

「えっ、ちょっと!?」


 驚愕の面持ちで振り返るローズマリー。


「あっ、『俺と教師の許可を得た奴以外……』ってそういう……!? お待ちください、オイゴラ、チャイブ!!自称右腕が何やっとんじゃボケッ!!」


 あいつ、右腕自称してたのか……などと背中で聞きながら、オレガノの元へ急ぐ。


お読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ