2-10. 野外演習
協力者となったビブリオ商会の女は、自薦してきただけあって、優秀だった。
月に一度のお茶会のたび手紙で、必要に応じて例のカフェで、こまめに報告を寄越してくる。
今日もカフェで報告を受けた彼は、いつものサロンで差し入れにはしゃぐ取り巻きたちを眺めつつ、再度報告書を確認した。
内容は、自称妹と他の家庭教師との会話や、臣下であれば不敬すぎて書けないであろう、父や自称妹の失態の数々。曖昧さのない表現できっちり書き記されていて、正直、かなり助かる。
(邸の人間だと、こうはいかない)
失態に対するフォローも完璧で、彼の仕事は最小限で済んでいた。もはや毎回恒例と化した、自称妹が巻き上げた宝飾品リストを開く。
(本物の宝石と、出来の悪いガラス玉・クズ石の見分けもつかないのか、アレは?)
せめて審美眼はあれよと苛立つ。父も。
どこまで行っても評価を下げてくれる。
その一方で、協力者の女は模造品の融通から、系列商会の客層拡大にまで繋げているそうな。これでは、どちらが貴族なのか分からない。
ぎしり、と背もたれに身体を預け、天井を仰ぐ。
(どうにもならんな、あの二人は……)
できるだけ早く───叶うなら学園の卒業と同時に爵位を継ぎ、父には自称妹と共に、離れにでも入ってもらおう。爵位を継げば、サイプレス家の一切を彼の手で管理できる。
愛する娘と、仕事をする必要も小言を言われることもなくゆるりと過ごせるなら、父も満足だろう……。
と、土産のケーキを食べ終えたアーティチョーク姉弟が、両側から彼に飛びついてきた。
「ケーキ美味しかったです、我が君!」
「一生ついて行きます、我が君!」
「現金な奴らだな」
やっすい忠誠である。
初夏。王都近くの森。
そわそわと落ち着かない様子で整列した生徒たち。
彼らを前に、今回の演習の責任者である教師が、声を張り上げた。
「それではこれより、野外演習を始める!」
─── 学園では、三年までは一般教養ということで、全員同じ授業を受ける。
そして四年生からは、各々の進路に応じた学科を選択し、それに特化した専門知識や技術を学んでいく、というシステムだ。
貴族として家を支えるのであれば、紳士科か淑女科。商売に関わる進路なら、商業科。王家含め、どこかの家に文官として仕えるのなら、文官科。
そして武人として生きるのであれば、武官科だ。北部三砦が一隅、サイプレス家の跡取りである彼は、当然、紳士科と武官科を選択した。
騎士であれ傭兵であれ冒険者であれ、行軍は武人の基礎中の基礎。
ということで武官科では、毎年、王都近くの森で、行軍訓練を行っている。
そんなことを思い返しながら、彼はあくびを噛み殺し、教師の説明に耳を傾けた。
「今日の課題は、あらかじめ各班で話し合ったルートで、森の向こうのチェックポイントに到着すること。役割に応じて行動し、終了後、レポートを書いて提出するように」
生徒側から、はい、ともへい、ともつかない気のない返事がされた。そんな生徒たちを鋭い眼光で睥睨する教師。
「『大した課題ではない』と思っている者がいるな?」
周囲で何名か、肩を揺らした生徒がいた。他人事のような気分でそれを眺める。
(まあ、ただ移動するだけだからな)
とはいえ、それが言うほど楽な作業ではないことを、彼は知っている。
案の定、教師はこう続けた。
「装備を抱えての集団行動となると、普段通りにはいかん。街と森では歩きやすさも段違いだ」
邪魔な枝葉を払い、足元の小石や植物の根、地面の凹凸に注意し、敵や野生動物の襲撃を警戒しながら歩く。
まして行軍に必要な装備を抱えてとなると、想像以上に体力と神経を磨耗するものだ。しかし武門以外の貴族や、学園に通えるほど恵まれた平民ともなれば、「森など歩いたこともない」という者も多い。
だからこその、この演習だ。
「自分たちが、どれだけ難しいことを要求されているか。それを身をもって知ることが、今日の課題だ」
そう宣言した教師は、高位貴族のいる辺りにも目を向ける。
「たとえ前線に出ることのない高位貴族でも、物知らずに指揮されては兵が気の毒だからな。励むように」
普段は授業に参加していない彼だが、今日は「不慣れな者たちをサポートしてほしい」と知己の教授から要請を受けての参加だ。彼自身、武官系貴族の跡取りとして普段から魔物・盗賊討伐などで自領の兵を率いており、行軍には慣れている。
よほどのトラブルさえなければ、対処可能だろう。これも高貴なる者の義務と、粛々と準備を進める。
一班六人。彼の班は、エッカルトとローデンヘルム、バラント、アルム。そして、取り巻きの一人であるオレガノだ。
出発の順番になり、班長役のエッカルトがメモを片手に自分たち班員の前に立った。
「え……えーっと。持ち物と事前準備は問題ありませんね。ルートは……あの、三番で……」
「嘘でも自信ありそうにしとけよ、班長」
自分の装備を抱えた彼は、おろおろするエッカルトをやんわり窘める。
「確認するなら確認するで良いんだよ。でないと、部下が不安がる」
「はっ、はい!」
彼の指摘を受けて、エッカルトはピシリと背筋を伸ばした。
「ではっ、出発しましょうっ!」
いくぶんかマシな様子になったエッカルトの指示の下、森へ入っていく。
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