2-9. 協力者
あの調子では、謝罪など一切していないだろう。自室に戻った彼は、可能な限り丁重な謝罪と、補償についての手紙を書く。
ヨーナスにはできる限り取り戻すよう指示したが、そもそも自称妹は、一度気に入った物でもすぐ飽きて、売るか捨ててしまう。
飽きっぽい人間に、一ヶ月は長い。物によっては、既に処分されているかもしれない。天井を仰ぎ、両目を手で覆う。
(せめて執務の書類と共にこちらに報告が来ていれば……)
全てが後手後手だ。心底自分が嫌になる。
(思い出の品、なんかが混ざっていないことを祈るばかりだな……)
幸いにも、彼女らとその家からの反応は、おおむね同情的なものだった。返事として届いた手紙には、謝罪を受け入れるという一文と共に、それとなくあちらからの要望が書かれていた。
(大半は、家や人との仲介、か)
これなら、彼が学園で築いた人脈でどうにかなりそうだ。ほっと息を吐き、本当に紹介して大丈夫そうかも含め、急ぎ確認に入る。
どこで聞いたのか、「次代様とお付き合いのある何々家の誰々様に、想い人がいるか聞いてほしい、もしいなければ自分を紹介して欲しい」という具体的なものも。思わず苦笑してしまった。
(まあ、この年代の女性ならそうなるか)
しかし読み進めるにつれ、眉根に皺が寄っていく。
(……おかしい)
揃いも揃って、対応が甘い。返せていない品もあるのだから、いくら侯爵家相手でも、もう少し怒って良いところだ。
要求も、妥当かつ彼個人の裁量でどうにかなる範囲で、上手くまとまりが取れている。
(まるで、示し合わせたようだ)
警戒しながら手紙を捌いていると、一通、他と明らかに毛色の違う内容のものが入り込んでいた。
「……………」
少し考え………了承の旨をしたためる。
一週間後、王都。
呼び出されたカフェの個室に現れたのは、濃いめの化粧のよく似合う、若い女だった。
「ご足労いただき感謝申し上げます、サイプレス侯爵令息」
きびきびとした立ち居振る舞い、しかし高位貴族である彼の目から見ても、不快なところが一切見当たらない。貴族教育か、それに近い教養があるのだろう。
体の線を強調したシンプルなシャツとスカートはしかし品が良く、アクセサリーも華美すぎず洒落ている。眼差しは理性的かつ知的だが、その実、気の強さも滲んでいた。
結論として、その女はいかにも商談に来た商人という出で立ちだった。
非公式ということで挨拶は手短に済ませ、女は口火を切った。
「ここ、隠れ家的カフェとして有名なんですよ。目立つ場所ではありませんが奥まりすぎず、ケーキも美味しくて……お値段はあまり可愛くないんですが」
「ほう」
もっともらしく頷くも、彼は甘味……というか、飲食という行為自体好きではない。
正直、この手の店の良さはまるで分からないのだが、それらしく頷いておく。
「サイプレス侯爵令息は何になさいますか?」
「紅茶と……」
とはいえ、わざわざこういう店に来ておいて、茶しか頼まないのも悪いだろう。どうするかと思ったその時、ふと、いつものサロンの面々が脳裏をよぎった。
(差し入れでもしてやるか……)
六種六ピースのケーキアソートを、持ち帰りで頼んでおく。
「我がビブリオ商会は祖母が立ち上げた商会で、学術書や古書、歴史書などを主に取り扱っておりますの」
紅茶で喉を潤した彼女は、流れるように説明を始めた。
「本来は両親が継ぐべきところではあるのですが、少々事情がありまして。会長の孫である私が、代わりに後継に」
髪を耳にかけ、ニコッと笑う。
「そのご縁で、学会などにもたまにお邪魔させていただいております。ご令嬢の家庭教師のお話も、そこから紹介していただきましたの」
「なるほど」
にこやかに頷いてみせる。
女の注文したシフォンケーキが届いた。店員が退室したのを見て、本題に入る。
「この度は、当家の者がとんだ無礼を働いた」
居住まいを正し、首を垂れる。
「申し訳ない」
悪しき行いには謝罪を。しかし、頭を下げすぎては、侯爵家、ひいては高位貴族の沽券に関わる。
加減に気をつけながら頭を下げると、女は、冷えた声で吐き捨てた。
「侯爵家では、姫烏を愛でておられますのね」
女が紅茶を一口飲み、ソーサーに戻した気配がした。
「途中で侯爵もいらっしゃったのですけど、ずいぶん可愛がっておられるご様子でしたわねえ。ええ、こちらの様子など目に入らないほどに」
汚れひとつないテーブルを睨みながら、自嘲する。
(姫烏、ね)
見目こそ麗しいが、光り物に目がないこそ泥。
見かけだけは愛らしい、あの自称妹に相応しい呼称だ。唯一違うのは、奴にカラスほどの学習能力はないであろうという点くらいか。あれは、賢い鳥である。
室内に沈黙が舞い降りる。ややあって、女は落ち着き払った声で言った。
「顔をあげてくださいませ、サイプレス侯爵令息。失礼ですが、仕事を請ける前に少し、調べさせていただいたのです」
食器が微かに音を立てる。顔を上げると、女はふかり、とケーキにフォークを沈ませたところだった。
「それで、どうせああなるだろうと思いまして。あの日の私は、模造品の見本市でしたの」
小さく切った一切れをゆったりと味わい、上品に微笑む。
「手放して困るようなものは、何も。……あ、今日は違いましてよ?」
ころころと優雅な仕草で笑う女は、あらゆる意味で、自称妹よりはるかに貴族らしい。彼の心情を知ってか知らずか、カップを傾ける女。
「姫烏様のおかげで、サイプレス侯爵令息とこうしてお茶が楽しめているのですから、むしろ感謝すべきですわね」
「そう言ってもらえると、幾分か気が楽になる」
どうやら嫌味ではなく、本心らしい。そう判断した彼は、相手の調子に合わせておどけるように軽く肩をすくめてみせた。「それで?」
「他の家庭教師たちも、そうやって言いくるめたのか?」
「まさか!」
心外そうに口に手を当て、に、と笑う。
「皆様、聡い方々ですもの。……囁く程度で、十分でした」
窓の外で、鳥が鳴いた。
皿の縁を指先でなぞる女。
「姫烏様に奪われた後売却された品々ですが、可能な限り当商会の伝手を辿って回収させていただきました。既に持ち主に返却済みです」
「!……そうか、助かる」
思わぬ朗報だった。身を乗り出して感謝を伝える。
「謝礼を支払おう、それと明細はあるか?」
「お気持ちだけで。……それより姫烏様ですが」
やんわり断った彼女は、穏やかに続けた。
「だいぶ味を占めたようなので、近いうちにまた招待があるでしょう」
そのようなことを宣っておられましたし、と再び紅茶を飲む。思わず顔を歪ませた。
そう、お茶会は続行なのだ。今後も月に一度の頻度でやると、ヨーナスから聞いている。
正直、父と自称妹の神経を疑うが、女は特に気にした様子もなく話を続けた。
「あの日ご一緒した皆様には、私が取った対策をお伝えしておきました。次回以降は、被害もかなりマシになるものと思われます」
「辞退を希望する方には、こちらから口止めを。既に手紙があったと思いますが、サイプレス侯爵令息とご縁ができただけ、収穫はあったと仰っていました」
「そう聞いている」
新たな家庭教師も、彼女が父が紹介しているらしい。何事もなければ、そのまま採用されることだろう。
「彼女たちにも事情は伝えてありますので、今回ほどのトラブルになる可能性は低いかと」
静かに女の話を聞いていた彼は、ゆっくりと口を開いた。
「……今後、お茶会関係は自分が対応すると?」
それこそが、今回彼が呼び出された理由だった。猫のように目を細める女。
「お望みとあれば」
彼女からの手紙は、端的にいうと報告書だった。自分がどうやって参加者の不満を抑え、要求を整理し、口止めをしたか。
(道理で、やたらと物分かりのいい返事ばかりだったわけだ)
椅子に寄りかかり、頬杖をつく。
「……望みは?」
「サイプレス侯爵令息と『良いお付き合い』ができると、嬉しゅうございます」
女の返事に、良いお付き合いね……と口の中で転がした。
「便利な言葉だな」
「フッフ、確かに」
含み笑いをし、目を眇める。
「結局のところ、私も皆様と同じですよ。誰しも、野心・野望はあるものでしょう? 金が欲しい、名声が欲しい、地位が欲しい、あるいは──」
言葉を切り、小首を傾げる。
「厄介な身内をどうにかしたい、とかね?」
その言葉を聞いた彼は、一瞬目を瞠り……口の端を吊り上げた。
「……いいだろう」
実際に会って話してみた感じ、頭は悪くない。むしろ切れる方だろう。お茶会後の立ち回りの上手さ、対応の速さも気に入った。
そして、何より。
(これを野放しにしておく選択肢はない)
「よろしく頼む」
「契約成立、ですわね」
女が機嫌良さげに応えたその時、窓の外が白く光った。
続く轟音に、「あら、雷」と呟く。
「ご存知ですか?共和国など大陸西方の一部地域では、雷は縁起の良いものと言われているのですよ。春の雷なんか、特にそうです」
「博識だな」
「恐れ入ります」
感心したように微笑んでみせる。微笑み返す女。
サイプレス侯爵領で雷は、凶兆だ。しかも、最悪の部類に入る。
(知らないはずがないだろうに)
唸るような雷鳴の中、女は平然とした様子でこう嘯いた。
「私たち、仲良くなれそうですね」
雷光に照らされて微笑む女は、見知らぬ怪物に見えた。
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