2-7. 指輪事件とその影響
そんなことをやっていたある日、いつものサロンに行くと、取り巻きの一人が泣きついてきた。
曰く、「祖母の形見の指輪を奪られた」、と。
使われている石が少し珍しいそうで、食堂でクラスメイト相手に見せびらかしていたら、質の悪い先輩に奪われてしまったらしい。
「取り返してほしい」と縋りついて泣く姿に、冷めた目を向ける。
(馬鹿か?いや、馬鹿だな)
奪われて泣いて悔やむほど大切なものなら、何故見せびらかしたのか。心底呆れる。
……本当に、くだらない。
「なぁ、センパイよォ? 俺ァ何も、有金全部寄越せとは言ってねーのよ」
深夜。
その辺で拾ったホウキで肩を叩きながら、甘ったるい口調で語りかける。
「ただ、俺のオトモダチから奪ったもん返してくれませんか〜ってお願いしてるだけで。
あ、コレは正当防衛な?」
倒れている連中をホウキで示し、笑顔で付け加えると、「先輩」はぶるりと震え上がった。
あの後、裏取りを済ませた彼は、何故かついてきた取り巻き数人と共に、問題の子息がよく行く酒場に乗り込んだ。
用件を告げるなり襲いかかってきたあちらの取り巻きを叩きのめし、「交渉」の席に着く。
「分かるよ。あいつ、バカだからな。自慢なんかしやがってさあ〜、さぞイラッとしただろう?」
「……ぁ」
「だがなァ、あんなのでもうちの分家なモンでなァ、泣きつかれて放置ってわけにもいかねーのよ」
ダンッ、と音を立ててテーブルの上に足を置く。肩と食器が跳ねた。
笑顔で睨め付ける。
「な?」
「……!……!!」
小首を傾げて再度尋ねると、青い顔で何度も頷かれた。震える指先から指輪を受け取り、内側の文字を確認する。
『可愛い孫エミールへ 愛をこめて』
「………」
指で弾いて、持ち主───エミール・ジギタリスに渡してやる。
「次ィ見せびらかしたら、二度と取り返してやらねえからな」
「ありがとうございます!!」
その日以降、他の生徒たちからちょくちょく相談事を持ち込まれるようになった。
やれ、婚約者とケンカをした。
やれ、無くし物をした。
やれ、酒場でぼったくられた。
そんなささやかなものから、どう考えてもそれは各家で解決すべき問題だろうというものまで。内心、頭を抱える。
(忙しいと!何度言えば!!)
仕方がないので、執務の合間を縫って対応する。
大抵は、侯爵令息の肩書きと取り巻きを使って解決できた。双方の話を聞き情報を精査して、和解、もしくは示談に持ち込む。稀に「先輩」のような悪質な輩もいたが、分家の魑魅魍魎に比べれば可愛いものだ。軽く転がしてやった。
手に負えなさそうな案件や国益に関わりそうな情報は、さっさと王城監査室に投げる。ただでさえ、王城の良心としてフル稼働している監査室が、どこまで対応できるかは不明だが、「訴えた」という記録は残したほうがいい。
すっかり第二の執務室と化したいつものサロンで、報告書の束を前に嘆息する。
「王都で貴族専門の強請をしたら、ひと財産築けそうだな……」
「全くでございますね」
なにせ、少し掘るだけでお家騒動レベルの醜聞がボロボロ出てくる有様だ。あまりの腐敗っぷりに、反吐が出る。
彼が首を突っ込んだことで悪事が露見し、王都や学園から姿を消した連中もいたが、流石に自業自得だろう。
(だが、新しい人脈ができたのは良かった)
相談しにきた生徒や家、その関係者。
上手くやれば、領地のための金策に繋がりそうだ。
厄介ごとにばかり関わっているせいか、危険人物との認識が広まっているようだが、気にしない。
(北の国境を守る三砦が一隅の跡取りが、舐められてどうする?)
あと、これ以上面倒を持ち込まれたら、さすがにパンクする。
「若様は、王都の治安と民の平穏、そして鉱国貴族の品位を守っておられる!」
紅茶を淹れながら高らかに嘯くチャイブ。
「まさに貴族の鑑うぷ」
「お前、ホント調子がいいな」
相談内容を書き留めた紙で、おべっかを並び立てる口を塞ぐ。こいつは相変わらず胡散臭い。
「「ねーねー、若様ー」」
今日は二人でやってきたアーティチョーク姉弟が、そっくりな顔と声で問いかける。
「「どっちがクリスティンでどっちがクリスティアンでしょう!」」
「こっちが姉、こっちが弟」
即答すると、「「えー!?」」と抗議の声が上がった。
「なんでバレたんですか!?」
「せっかく制服まで揃えたのに!?」
「さすがにもう体格に男女差が出るわ、もっとしっかり誤魔化してこい」
あえて言わなかったが、ふとした時の動きもまるで違うのだ。普段から見ていれば見分けなど容易につく。
すると、姉弟の後ろから大柄な男子生徒───オレガノが近づいてきた。オレガノに首根っこを掴まれたジギタリスを見て、思い出したように報告する二人。
「そう言えば、ジギタリスがまた性懲りもせず茶器周辺でコソコソしていたので、捕獲しておきました」
「ほめて若様」
「よくやった」
労いの言葉をかけてから、猫に捕まったネズミのような顔をしているジギタリスに声をかける。
「で?今日は何を盛ろうとしたんだ? 下剤か?睡眠薬か?」
「よくぞ聞いてくださいました!」
内容次第ではいい加減そこの窓から──二階なので、よほど運が悪くない限り死にはしない──投げ捨てる心づもりで聞く。
問い詰められたジギタリスは、きらきらした笑顔で茶葉の瓶を掲げた。
「私特製!健康薬草茶!です!!」
自信満々のジギタリスの説明によると、飲むと「大変元気」になる茶らしい。そばで聞いていたアーティチョーク姉弟が、みるみるうちに表情を曇らせていく。
「これを飲めば七十二刻休まず戦える!はず!!」
「クソ怪しいじゃねェか」
そこまで行くと、もはや危険薬物の親戚の類ではないのか。いずれにせよヤバいブツである。何をしたいのだ、コイツは。
幸い、配合などを聞く限り(毒味もさせた)、本当に普通の薬草茶だった。紛らわしい真似をするんじゃないとジギタリスを袋叩きにするアーティチョーク姉弟を宥め、渋々薬草茶に口をつける。
「それならそうと、事前に了承くらい取れよ。訳分からねえモン勝手に飲ませようとすんな」
するとジギタリスは、きょとんとした顔でこちらを振り向いた。
「………了……承…………?」
「……まさかお前には、一般常識から教えないとならないのか?」
忙しいのに、勘弁してほしい。
チャイブ「……ちなみにお味は?」
「何がしかの廃液(※個人の感想です)」
お読みいただき、ありがとうございました。




