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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第二部 嫡出の兄
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2-5. 噛み合わない



 父の離婚騒動があらかた落ち着いた頃。



 せめて自分にできることはないかと、執務の合間に帳簿と睨めっこしていると、ヨーナスからある報告が挙げられた。




「父上の執務が遅れている?」


「はい……」




 母は、侯爵夫人としての執務をしていなかった。「自分の仕事は跡取りを産むことだ」と言って、彼を産んだ後は敷地内の離れに移動し、生家の資金を使って豪遊していた。

 曽祖父は書類仕事はからっきし。父も元々あまり執務に熱心ではなく、適当な口実で邸をよく不在にしていた。……今思えば、愛人や自称妹のところにでも行っていたのだろう。



 それでもなんとか、彼とヨーナスで補助してこなしていたが、ここに来てそれに拍車がかかっているらしい。慌てて確認に行くと、父は自称妹を膝に乗せたまま、不機嫌そうに言った。

「お前はキャシーが可哀想だと思わんのか? 長年日陰の身に置かれ、貧しい暮らしを送り、ついこの間は母まで失ったんだぞ?」


 艶のある髪を手で梳き、なあ?と問いかける。


「父である私がそばにいて、慰めてやるべきだろう」

「だからと言って、執務を疎かにされては困ります!」

 そう怒鳴り返す。彼女に罪がないことは分かっている。だが、父が放棄しているのは、民を守るための仕事だ。


 領地を整え、事件・事故や、病で親を亡くす子を減らす。そして避けれない不幸が起きたとしても、その後の生活を守る。

 それが親であり、貴族である人間のすべきことではないのか。すると、自称妹がむっと膨れっ面をした。




「もう!お兄様は私とパパを幸せにするためにいるんでしょう!?ちゃんとお仕事してよ!」




「……は?」


 ふざけた言い分に、一瞬棒立ちになる。言い返そうとしたその時、父は甘ったるい声で割り込んだ。



「そうなんだよ、困ったお兄様だ」



 やにさがっただらしない顔で、自称妹に笑いかける。そしてその残滓も感じさせない冷めた視線と声を、彼に投げかけてきた。


「そう思うのなら、お前がやれば良い。お前は貴族として育ち、貴族としての恩恵を受けてきた者だろう?」


「キャシーとは違う」

「……だとしても、彼女ももう貴族です。ならばその責務を果たせねば」

「いい加減にしろ!!」

 そう言うと、庇うように自称妹を抱きしめた。

「たった一人の妹にも優しくできず、何が民の守護者だ!!恥を知れ!!」

「パパ」

 抱きしめ返す自称妹。


「お前はこのサイプレス家の跡取りだろう? しっかり役目を果たせ。言い訳など、見苦しいぞ」

「父上……ッ!」

 その一言とともに、父上つきの使用人に追い出される。

 廊下で待ち構えていた家令は、彼の様子を見て中で起きたことを察したのか、焦った面持ちで書類の束を差し出した。


「坊っちゃま、この辺りは急ぎです」

「……そうだな」


 どれも、後回しにできない仕事。一日遅れるごとに、民の暮らしが逼迫する。

(代行の権限は認めてもらえなかったから、最終的な裁可は父上頼みだが……)


「……やらないよりマシ、か」


 困るのは使用人たちであり、民なのだ。彼らを苦しめるわけにはいかない。



 父からの引き継ぎもなかったので、その日は寝る時間を削って、なんとか対応した。




 この日を境に、父は徐々に仕事をしなくなっていった。先触れを出しても直接出向いても、用件がわかっているせいか、返事ももらえない。




 それに比例して……いや、それ以上の速度で彼の仕事量も増えていく。腕いっぱいに書類の束を抱えたヨーナスは、うんざりした声を出した。


「お嬢様が『あれをしてこれをして』と矢継ぎ早に命じられるものですから、そちらに人手を割かれてしまって……」


 そう言って、彼の執務机の隙間にどさどさと新しい山を積んでいく。胃に石が詰め込まれたような気分になった。

「旦那様は止めるどころか、むしろお嬢様の我儘を許す始末で」

「そうか……面倒をかける」

 その代わり……かは分からないが、手当ては弾んでいるらしい。安堵しつつも、内心ため息が出る。



(使用人も大事だが領地……いや、それ以前にあの自称妹をどうにか………)



 そもそもその金は、どこから出ているのか。“お務め”……対軍国への諜報・工作関係の執務はきちんとしているようだし、私費からなら……文句を言われる筋合いは……ないのだろうが………。



「坊っちゃま?」

「……なんでもない。他の業務に差し障るようなら、僕の名前を使って断っていいからな」


 ぶつける相手のいない愚痴を喉元で飲み込み、ただひたすらにペンを走らせた。








「学園?」


「そうだ。通ってこい」



 ある日、珍しく父に呼び出されたと思うと、そんな話をされた。眉を顰める。




 我が国──アロイジア鉱国の貴族・王族に生まれた子は、学園に入学する義務がある。

 その名は、王立ザンドライド学園。各々の家庭事情や学力により多少のずれはあるが、基本的には十二歳から十八歳の六年制だ。


 希望すれば衣・食・住のみならず、学習用品まで全て学園が負担し、無償で貴族教育が受けられる。貧乏貴族や立身出世を目指す平民にとっては、非常にありがたい施設である。




 しかし、学園で教えるのは、あくまで貴族として最低限の教養のみ。



 つまり、高位貴族ならばとっくに学び終えている。入学試験と卒業試験、必要に応じて進級試験だけ受けて、学園には通わないという者も多い。

 彼自身、サイプレス侯爵家の跡取りとしての教育を終え、既に実務を担っている身。学園に通う意味はほぼない。

 それに、と続ける。


「学園は王都です。通うのであれば、寮か王都の邸に移ることになります」


 そうなると、必然的に領地の仕事はできなくなるのだが。すると父は、自称妹の毛先をいじりながらこともなげに言い放った。


「持ち出せるものは運ばせて、あとは月末にでも戻ってきてやれば良い」

 

「どうせ最終的な裁可は私なのだ、どこでやろうとさほど変わるまい」

「王都での生活費や書類の運送・護衛に、余計に金がかかりますよ!?」

 さすがに領地経営に関わる重要書類を、寮には持ち込めない。王都の邸でやるしかないだろう。その場合、学園からの支援は受けられない。


 ただでさえ領地のことがあるのに、そんな無駄遣いはできない。そう主張すると、父は鬱陶しげに吐き捨てた。



「貴様が勝手に始めたことだろう、中途半端に放り出す気か?」




 勝手に。


 父が放棄した仕事を、民を守る仕事を、勝手に。




「家のため民のため全身全霊で働くのは、貴族の義務だ!そのような甘えたことを吐かすのは、次期当主としての自覚が足りん証拠!!」


「王都と学園で、その甘えた精神を叩き直してこい!!」

「王都お土産楽しみにしてるね、お兄様!」




 ───こうして、彼は不本意ながらも、学園に通うことになったのだった。



お読みいただき、ありがとうございました。

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