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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第二部 嫡出の兄
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2-4. サイプレス家の周辺



 ソード子爵家から届いた「現実」は、当たり前だが非情だった。




 母を溺愛する母方の祖父が交わした契約は、母に優しく、サイプレス家に優しくなかった。

 その契約が、父の不貞と離婚で発動し、牙を剥いた。支援金の中止と違約金の支払いを請求されたのだ。


 それを通知する手紙を読んだ父は、彼を執務室まで呼び出し、力一杯殴った。

「このッ……役立たずめが!!」

「……父上」

「何のためにお前を産ませたと思っている!? ソード家から金を引き出すためだろうが!」


 執務室をぐるぐる歩き回る。


「あのドケチも、孫が侯爵家を継ぐとなれば、金を出すと思ったのに……! 期待外れだ、クソッ」


 ……祖父が愛しているのは、昔から母だけだ。

 母の子である彼は、可愛がってもらったことなど一度もなく、こちらを見る目はいつも敵意に満ちていた。

 


 それもそのはず。現ソード子爵である母方の祖父の子は、母と母の弟……彼から見れば叔父に当たる人物のみ。

 そして叔父は、訳あって家を継ぐことはないとされていた。……本当は、母が婿を取ってソード家を継ぐ予定だったのだ。



 そこに、曽祖父が無理を通した。裕福なソード子爵家から、多額の支援を引き出すために。



 爵位を盾に、跡取りで溺愛する娘を強引に奪い取られ、金を出させられ、挙句恥を搔かされた。怒りをぶつけられて当然だ。

 まして娘も自分も望まない孫など、可愛くともなんともないだろう。その証左と言わんばかりに、床に散らばった手紙に彼の名など、一度も出てこない。


 返送されてきた彼の手紙に至っては、開封すらされていなかった。何度も何度も見せつけられてきたのに、父は気がつかなかったのだろうか。



 焦る姿に、悲しくなる。



「お前!あのじじいを説得してこい!!」

「……分かりました」

 ゆっくりと立ち上がり、顔を上げる。


「ですが、父上もいらしてください」


 身体の横で握り拳を作り、目に力をこめた。


「母上を蔑ろにした経緯を、父上からソード家の皆様に説明して、謝罪してください」


 そう言うと、父は一瞬ぽかんと口を開け……すぐに顔を赤く染めた。

「私に首を垂れよというのか!? 脳筋のデュボワ一族のくせに剣の才能もなく、金儲けしかできん子爵家風情に、許しを請えと!?」

「それだけのことをしたとは思わないのですか!?」

 王城から届いた書類を見る限り、自称妹が生まれた時期は、彼と半年しか変わらない。……母の懐妊中から裏切っていたのだ。


 そんな大切な時期に裏切り、侮辱し、契約を一方的に反故にした。そのくせ「子爵家風情」に頼らないと、自分の領地一つ守れない。


「せめて貴族として、ご自身の行動の責任を取ってください!」

「うるさい!半人前のくせに生意気な!!」

 また殴られた。今度はしっかり踏ん張れた。



「貴様の頭は何のためについている!! 『一族の長たる父上が頭を下げる必要などありません』くらい言えんのか!?」

「それで済むならとっくにそうしています……!」



 跡取りでしかない単なる子息。権限などほとんど持たない若造。

 まして、未成年の子どもの頭を下げただけでは、何の意味もない。むしろ軽んじられていると見なされて、余計怒りを買う可能性が高いだろう。しかし父は、だん!と足を踏み鳴らして怒鳴った。


「うるさい!全部貴様のせいなのだから、貴様がなんとかしろ!!」




 唾を飛ばして怒鳴る父は、数ヶ月前の全てに無関心な人とは、まるで別人だった。




 結局、「這いつくばってでも許してもらえ」と強引に送り出されたものの、あちらの反応は手紙と同じだった。門扉越しに丸一刻罵倒され、とりつく島もない。

 叔父に至っては、姿すら見せなかった。






 そうして、一連の醜聞はあっという間に一族内に広がり、サイプレス家は説明責任を追及されることになった。






 動こうとしない父の代わりに、彼が説明に駆けずり回る中、父だけは呑気だった。



「あんな因業爺になど頼らん。分家に支援させる」



 何故か踏ん反り返る父に、彼はぐったりと首を横に振る。

 


「無理でしょう……父上は何を仰っているんですか?」



 派閥を越えた婚姻ということで、父と母の結婚は、一族としても大変意義のあるものだったのだ。それを甘い目論みで滅茶苦茶にした父に、大金を貸す愚か者はまずいない。


 ここ数ヶ月、罵倒と罵倒の往復を繰り返した彼は、深くため息を吐いた。


「よしんば支援してもらえることになったとして、対価に何を要求されるか……」

「は?貴様が頭を下げれば済む話だろう?」

「はっ?」

 どうやら父は、こちらが譲歩するのはあり得ないと思っているようだった。息子が、本家の者が頭を下げて頼めば、それだけで分家は従う、と。


 サァと血の気が引く。


(そんなわけないだろう……!)

 今まで分家が従っていたのは、ひとえに曽祖父がいたからだ。若い頃、「北の闘神」として隣国・軍国との戦いに身を投じてきた曽祖父。

 執務はろくにしていなかったが、野心の強い分家に対して、強い姿勢を取って牽制していた。



 しかしその跡を継いだ父は、分家から見れば、長年曽祖父の後ろに隠れていて社交もしない若造だ。

 挙げ句の果てに、政略結婚をぶち壊して、領地を窮地に追い込んでいる。



(権威なんか、あるものか)


 そんな十歳の彼にも分かる理屈が、何故か父には通じない。



「当然だろう、我々はサイプレス、聖なるエヴァキア山と吹雪の使徒・雪原豹に一族の長と認められし者だぞ!!」



 そう言って、分家たちに支援を命じる手紙を出すも、惨敗。終いには、醜聞を理由に婚約解消を申し出ていた彼の婚約者の家に、「婚約解消を認めてやるから支援しろ」などと言い出す始末。



 なんとか止めて、散々父が「頼りたくない」と駄々を捏ねていた、王家からの支援金で当座を凌ぐことになった。「『南』に頼るなんぞ」とぶつぶつ言いながら申請書を書く姿を見ながら、ほっと息を吐く。


 支援金を受け取り、社交を最低限に絞れば、どうにか民の明日を守れるだろう。



(だが、こんなものはその場しのぎだ)

 流された橋も、崩れた街道も復旧半ばのまま。これでは、十年後、二十年後に負債を残してしまう。



 母の生家・ソード家からの支援も、使ってしまった分の返済までは求められなかったが、少しずつでも返さねばならない。本来であれば、当主である父が責任を取るべきところだが……。


(……無理だ)


 父にそんなつもりは毛頭ないだろう。それは、今回の父の行状で痛いほど分かった。



 普段なら真っ先に攻撃し、更迭に動くはずの分家たちも、静観を貫いたまま。

 火中の栗を拾いたくないのか、脇の甘い父に取り入って、甘い汁を啜ろうとしているのか。はたまた、もっと救いようのない、大きな失態を待っているのか。


(全部、だろうな)


 表向きは、鉱国を守るため協力して“お務め”を果たしているが、実際は泥沼の足の引っ張り合いが常態化している。



 そんな、歪んだ一族だ。


お読みいただき、ありがとうございました。

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