1-4. 四人の友人たち
“彼女”と出会ってから、三ヶ月。
ウルスラの学園生活は、一変していた。
「みんな〜!見て見て〜!!」
昼休み、答案の束と昼食の包みを抱えて、裏庭に駆け込む。
そのまま芝生に腰を下ろす一団に飛び込もうとすると、手前にいた女子生徒──ソフィアが、扇子を片手に微笑んだ。
「ウルスラ?」
「あっと」
手前で急停止し、おほんと咳払いする。スカートの裾を整えて、背筋を伸ばした。
「ご機嫌よう、皆様」
口元は少しだけ上げて、手とスカートの角度は……このくらい。
教えをひとつひとつ再現してカーテシーを行うと、ソフィアは満足気に頷いた。
「よろしい」
「それでねっ!!」
すぐにいつもの調子に戻って顔を上げると、畳んだ扇子で額を押さえるソフィア。隣にいたヘレンが、その肩をぽん、と叩いた。
「必要な時はちゃんとできるし、礼儀作法の成績も上がった。成果は出てる」
「そうね……」
「ごめん!!」
性分までは修正できず、申し訳ない。
ともあれ、滑り込むように輪の中に入って座り、ぱっと答案を見せる。
「見て!今日返却された小テスト! みんなのお陰で、また点数が上がったんだ!」
「おお〜!」
すると、オパールが飛び跳ねるようにウルスラに抱きついた。
「おめでと〜!ウルスラ、頑張ってたもんね!」
「ありがと〜!オパールは今日も可愛い〜っ!」
ぎゅっと抱きしめて放すと、オパールはきょとんとした顔でウルスラを見つめた。
「オパールが可愛いのは、世の真理だよ?」
「う、うん……そだね………」
そっと距離を取る。安定のオパール節だ。紅茶を飲んでいたイレーネが、答案用紙を見てほっと息を吐いた。
「これなら、進級試験もどうにかなりそうね。まあ、あそこまでガッツリ見てあげてなお上がらないようなら、さすがにキレてたわ」
「イレーネはいつも怒ってるよ?」
「なんですって」
早くも気色ばむイレーネ。何故彼女が同学年の男子生徒から、「物静かな美女」と人気なのか、ちょっと分からない。
ヘレンが答案をウルスラの手から抜き取り、ソフィアと検分する。
「……うん、前回間違えたところも正解してる」
「成長してるね、ウル」
「えへへ」
───初めて出会ったあの日から、“彼女”は本格的にウルスラの勉強を見てくれるようになった。
最初は彼女一人で教えてくれていたのだが、ウルスラの理解が進むにつれ、こんなことを言い出すようになった。
「ここは……あの子の方が詳しいわね」
「これはあの子が得意ね」
「こっちはあの子の得意分野」
そうして、三人の令嬢たちを裏庭に呼んだ。
最初にウルスラを諌めたのは、旧家の跡取りにして商会の後継ぎ、経済学と礼儀作法に優れたソフィア。
その優美な立ち居振る舞いは、ウルスラのイメージしていた「貴族」そのもの。今日も愛用の扇子で、ホワイトブロンドを煽いでいる。
ソフィアを慰めたのは、歴史や文化・言語学に造詣の深いヘレン。
四人の中では一番冷めた性格で、いつどこで会っても大体本を読んでいる。そばかすが可愛くて、じっと見ていたらちょっと鬱陶しがられた。残念。
甘え上手のオパールは、武の名門・シュゼイン一族出身。
人形のように愛らしい外見とは裏腹に、武術に長けており、剣や体術の指導をしてくれる。性格もこんな感じなので、つくづくこちらの第一印象を裏切ってくれる。
イレーネは実家の領地経営に携わっており、その関係もあって、科学や地学にも強い。
すぐに怒るのが玉に瑕だが、なんだかんだ一番真面目で面倒見が良いのは、イレーネかもしれない。……何故彼女が「聖女の如き虹乙女」と噂されているのかは、やはり謎だが。
四人は折に触れてそれぞれが持つ専門知識なども教えてくれて、ウルスラの世界は一気に広く、煌めくものになった。
成績もみるみるうちに上がり、あれだけ不安だった進級試験も、この調子なら問題なく合格できそうだ。
成果を見せられてにこにこしていると、オパールはスキップするように広いところへ躍り出た。
「じゃー、ご飯前にオパールと遊ぼっか!練習用の剣、あるよね!」
「うん!」
剣を取り、立ち上がる。
四人はウルスラに色々なものを教えてくれたが、一番ウルスラが好きなのは、武術だった。
適性もそれなりらしく、戦えば戦うほど成長していく感覚も楽しい。試合開始の挨拶もほどほどに、剣で激しく打ち合う。
「え〜い!」
オパールが、顔と声にそぐわない鋭い斬撃を放った。刀身で受け止め、弾く。
「フンッ!あっ」
ウルスラ渾身の一撃を、ひらりと躱すオパール。空振った切先が地面に叩きつけられる。
ドゴッ、と鈍い音がして、刀身が根本からへし折れた。
吹っ飛んだ刀身が、友人たちの手前の地面に突き刺さる。昼食の準備をしていたイレーネが、悲鳴を上げて後ろに飛び退いた。
「ちょっと!こっち飛んできたんだけど!?」
「ごめん!怪我はない!?」
「無いけど!!何回目!?」
「ごめん〜!!」
怒りっぽい───いや今回は怒って当然なのだが───イレーネが怒鳴る目の前で、オパールは「よいしょー」と地面に刺さった刀身を引き抜いた。
「ウルスラ、力強いよねー。オパール、模擬戦のたび剣折る人、初めて」
「もっと刀身が頑丈なものの方が良いのではなくて? あるのか分からないけど……」
恐る恐るといった様子で地面の穴を覗き込むソフィア。折れた刀身をしげしげと眺めていたヘレンが平然と、しかし辛辣に言った。
「もう金棒でいいんじゃない?」
「金棒は学園に置いてないんだよなあ!!」
思わず崩れ落ちる。ヒト族中心の王都は、角族に厳しい。
試合続行が物理的に不可能になったので、大人しく木陰に戻って、昼食の包みを開く。現れるサンドイッチの山。ウルスラは……というか角族はよく食べる。最近はもっぱら、まとめて食堂で買って、裏庭に持ち込んでいた。
一番上にあったサンドイッチの包みを破り、齧り付く。
「あっ、これすごい美味しい」
「新作だっけ?」
「ウルスラ、ナッツ好きだよね!」
「この食感に病みつきになっちゃって……」
小気味良い食感を堪能していると、ソフィアがナプキンで口元を隠しながら、そっと眉を顰めた。
「ヘレン、食事中くらい読書はやめたらどうなの?」
「はしたないわよ」
「食べかすはこぼさないようにしてるから、平気」
「論点をすり替えないでちょうだい、マナーの問題よ」
ソフィアのお小言を飄々と躱すヘレン。その横で、イレーネがオパールに小さな包みを差し出した。
「そうだ、オパール。食堂のアップルパイ、珍しく残ってたから買っておいたけど、いる?」
「いる!!」
言うが早いが包みを受け取り、パイにかじりつくオパール。ヘレンを注意するのを諦めたソフィアが、ギョッとして声をかけた。
「待って。それ二個目じゃないの?オパール?」
「美味し〜っ!!」
「ウルスラはともかく、なんでこの子は太らないのよ!?」
「生命の神秘だよ!!」
グッと親指を立てるオパール。恐らくだが、運動量が違うんだと思う。
「そういえば、今朝、シュゼイン公爵を見かけたわ」
「姿絵通りの、もの凄い美丈夫ね……朝から眼福だったわ……」
「シュゼインのおじさま、すっごいカッコいいよね!」
イレーネがほうとため息を吐くと、オパールが笑って同調した。
「オパールも会うたび、おおーってなる!」
「おじっ……そうかアンタ、シュゼイン家の直臣の家系だったわね……」
「小さい頃から可愛がってもらってるよ!」
最後のサンドイッチを頬張りながら、なんとなくその会話を聞く。
ウルスラの記憶が正しければ、その名は「黒の死神」「生ける軍神」と恐れられる武人のそれなのだが。
単騎で敵部隊一つ壊滅させた、とも聞く。
とはいえ、オパールの話を聞く限り、噂が先行しているだけで子ども好きの穏やかな人なのだろう。イレーネはちょっと考えて、尋ねる。
「……やっぱり、先代公爵もハンサムだった?」
「ハンサムだったけど、おじさまとは方向性が真逆かも〜」
「相変わらず面食いねえ」
ソフィアが苦笑いした。早々に昼食を食べ終えたヘレンが、本越しにじっとりした目を向ける。
「変な男にだけ、引っかからないようにしなさいよ? 見目麗しい下衆野郎なんか、世に溢れてるんだからね」
「うるさいわね、分かってるわよ!! 眺める分には不細工より美形の方がいいに決まってんでしょうが!」
いつものようにわーわー言い合う二人に、ソフィアが声を投げかけた。
「ああ、ヘレン。古典で分からないところがあったから、後で教えて頂戴」
「いいよ。そっちのクラス今どこだっけ? 凍岳記?」
「イレーネ!オパール、今日の地学何も分からない!!」
「威張るんじゃないわよ!」
「私は数学教えてほしい!」
そんな、他愛のない会話を楽しむ。
───聡明で優しい彼女たちとの交流は、萎縮していた心を解きほぐしてくれた。
叩き込んでもらった礼儀作法のおかげか、最近では、救いようのない者を見る目を向けられることもない。昼になれば、友人たちが裏庭で待っている。
もう朝目覚めるのも、憂鬱ではない。
長期休みで寮が閉鎖され、物置小屋に連れ戻されても、ウルスラの心は弾んでいた。
(早く学園に行きたいなー)
お読みいただき、ありがとうございました。




