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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
4/6

1-4. 四人の友人たち


 “彼女”と出会ってから、三ヶ月。



 ウルスラの学園生活は、一変していた。



「みんな〜!見て見て〜!!」

 昼休み、答案の束と昼食の包みを抱えて、裏庭に駆け込む。



 そのまま芝生に腰を下ろす一団に飛び込もうとすると、手前にいた女子生徒──ソフィアが、扇子を片手に微笑んだ。

「ウルスラ?」

「あっと」

 手前で急停止し、おほんと咳払いする。スカートの裾を整えて、背筋を伸ばした。



「ご機嫌よう、皆様」



 口元は少しだけ上げて、手とスカートの角度は……このくらい。


 教えをひとつひとつ再現してカーテシーを行うと、ソフィアは満足気に頷いた。

「よろしい」

「それでねっ!!」

 すぐにいつもの調子に戻って顔を上げると、畳んだ扇子で額を押さえるソフィア。隣にいたヘレンが、その肩をぽん、と叩いた。


「必要な時はちゃんとできるし、礼儀作法の成績も上がった。成果は出てる」

「そうね……」

「ごめん!!」

 性分までは修正できず、申し訳ない。




 ともあれ、滑り込むように輪の中に入って座り、ぱっと答案を見せる。


「見て!今日返却された小テスト! みんなのお陰で、また点数が上がったんだ!」

「おお〜!」

 すると、オパールが飛び跳ねるようにウルスラに抱きついた。

「おめでと〜!ウルスラ、頑張ってたもんね!」

「ありがと〜!オパールは今日も可愛い〜っ!」

 ぎゅっと抱きしめて放すと、オパールはきょとんとした顔でウルスラを見つめた。



「オパールが可愛いのは、世の真理だよ?」


「う、うん……そだね………」



 そっと距離を取る。安定のオパール節だ。紅茶を飲んでいたイレーネが、答案用紙を見てほっと息を吐いた。

「これなら、進級試験もどうにかなりそうね。まあ、あそこまでガッツリ見てあげてなお上がらないようなら、さすがにキレてたわ」

「イレーネはいつも怒ってるよ?」

「なんですって」

 早くも気色ばむイレーネ。何故彼女が同学年の男子生徒から、「物静かな美女」と人気なのか、ちょっと分からない。


 ヘレンが答案をウルスラの手から抜き取り、ソフィアと検分する。

「……うん、前回間違えたところも正解してる」



「成長してるね、ウル」

「えへへ」





 ───初めて出会ったあの日から、“彼女”は本格的にウルスラの勉強を見てくれるようになった。





 最初は彼女一人で教えてくれていたのだが、ウルスラの理解が進むにつれ、こんなことを言い出すようになった。


「ここは……あの子の方が詳しいわね」

「これはあの子が得意ね」

「こっちはあの子の得意分野」


 そうして、三人の令嬢たちを裏庭に呼んだ。




 最初にウルスラを諌めたのは、旧家の跡取りにして商会の後継ぎ、経済学と礼儀作法に優れたソフィア。

 その優美な立ち居振る舞いは、ウルスラのイメージしていた「貴族」そのもの。今日も愛用の扇子で、ホワイトブロンドを煽いでいる。



 ソフィアを慰めたのは、歴史や文化・言語学に造詣の深いヘレン。

 四人の中では一番冷めた性格で、いつどこで会っても大体本を読んでいる。そばかすが可愛くて、じっと見ていたらちょっと鬱陶しがられた。残念。



 甘え上手のオパールは、武の名門・シュゼイン一族出身。

 人形のように愛らしい外見とは裏腹に、武術に長けており、剣や体術の指導をしてくれる。性格もこんな感じなので、つくづくこちらの第一印象を裏切ってくれる。


 

 イレーネは実家の領地経営に携わっており、その関係もあって、科学や地学にも強い。

 すぐに怒るのが玉に瑕だが、なんだかんだ一番真面目で面倒見が良いのは、イレーネかもしれない。……何故彼女が「聖女の如き虹乙女」と噂されているのかは、やはり謎だが。




 四人は折に触れてそれぞれが持つ専門知識なども教えてくれて、ウルスラの世界は一気に広く、煌めくものになった。


 成績もみるみるうちに上がり、あれだけ不安だった進級試験も、この調子なら問題なく合格できそうだ。






 成果を見せられてにこにこしていると、オパールはスキップするように広いところへ躍り出た。

「じゃー、ご飯前にオパールと遊ぼっか!練習用の剣、あるよね!」

「うん!」

 剣を取り、立ち上がる。



 四人はウルスラに色々なものを教えてくれたが、一番ウルスラが好きなのは、武術だった。



 適性もそれなりらしく、戦えば戦うほど成長していく感覚も楽しい。試合開始の挨拶もほどほどに、剣で激しく打ち合う。


「え〜い!」


 オパールが、顔と声にそぐわない鋭い斬撃を放った。刀身で受け止め、弾く。


「フンッ!あっ」

 ウルスラ渾身の一撃を、ひらりと躱すオパール。空振った切先が地面に叩きつけられる。



 ドゴッ、と鈍い音がして、刀身が根本からへし折れた。



 吹っ飛んだ刀身が、友人たちの手前の地面に突き刺さる。昼食の準備をしていたイレーネが、悲鳴を上げて後ろに飛び退いた。


「ちょっと!こっち飛んできたんだけど!?」

「ごめん!怪我はない!?」

「無いけど!!何回目!?」

「ごめん〜!!」

 怒りっぽい───いや今回は怒って当然なのだが───イレーネが怒鳴る目の前で、オパールは「よいしょー」と地面に刺さった刀身を引き抜いた。


「ウルスラ、力強いよねー。オパール、模擬戦のたび剣折る人、初めて」

「もっと刀身が頑丈なものの方が良いのではなくて? あるのか分からないけど……」


 恐る恐るといった様子で地面の穴を覗き込むソフィア。折れた刀身をしげしげと眺めていたヘレンが平然と、しかし辛辣に言った。



「もう金棒でいいんじゃない?」


「金棒は学園に置いてないんだよなあ!!」



 思わず崩れ落ちる。ヒト族中心の王都は、角族に厳しい。






 試合続行が物理的に不可能になったので、大人しく木陰に戻って、昼食の包みを開く。現れるサンドイッチの山。ウルスラは……というか角族はよく食べる。最近はもっぱら、まとめて食堂で買って、裏庭に持ち込んでいた。


 一番上にあったサンドイッチの包みを破り、齧り付く。


「あっ、これすごい美味しい」

「新作だっけ?」

「ウルスラ、ナッツ好きだよね!」

「この食感に病みつきになっちゃって……」

 小気味良い食感を堪能していると、ソフィアがナプキンで口元を隠しながら、そっと眉を顰めた。

「ヘレン、食事中くらい読書はやめたらどうなの?」


「はしたないわよ」

「食べかすはこぼさないようにしてるから、平気」

「論点をすり替えないでちょうだい、マナーの問題よ」

 ソフィアのお小言を飄々と躱すヘレン。その横で、イレーネがオパールに小さな包みを差し出した。

「そうだ、オパール。食堂のアップルパイ、珍しく残ってたから買っておいたけど、いる?」

「いる!!」

 言うが早いが包みを受け取り、パイにかじりつくオパール。ヘレンを注意するのを諦めたソフィアが、ギョッとして声をかけた。

「待って。それ二個目じゃないの?オパール?」

「美味し〜っ!!」

「ウルスラはともかく、なんでこの子は太らないのよ!?」

「生命の神秘だよ!!」

 グッと親指を立てるオパール。恐らくだが、運動量が違うんだと思う。


「そういえば、今朝、シュゼイン公爵を見かけたわ」


「姿絵通りの、もの凄い美丈夫ね……朝から眼福だったわ……」

「シュゼインのおじさま、すっごいカッコいいよね!」

 イレーネがほうとため息を吐くと、オパールが笑って同調した。

「オパールも会うたび、おおーってなる!」

「おじっ……そうかアンタ、シュゼイン家の直臣の家系だったわね……」

「小さい頃から可愛がってもらってるよ!」

 最後のサンドイッチを頬張りながら、なんとなくその会話を聞く。


 ウルスラの記憶が正しければ、その名は「黒の死神」「生ける軍神」と恐れられる武人のそれなのだが。

 単騎で敵部隊一つ壊滅させた、とも聞く。


 とはいえ、オパールの話を聞く限り、噂が先行しているだけで子ども好きの穏やかな人なのだろう。イレーネはちょっと考えて、尋ねる。

「……やっぱり、先代公爵もハンサムだった?」

「ハンサムだったけど、おじさまとは方向性が真逆かも〜」

「相変わらず面食いねえ」

 ソフィアが苦笑いした。早々に昼食を食べ終えたヘレンが、本越しにじっとりした目を向ける。

「変な男にだけ、引っかからないようにしなさいよ? 見目麗しい下衆野郎なんか、世に溢れてるんだからね」

「うるさいわね、分かってるわよ!! 眺める分には不細工より美形の方がいいに決まってんでしょうが!」

 いつものようにわーわー言い合う二人に、ソフィアが声を投げかけた。

「ああ、ヘレン。古典で分からないところがあったから、後で教えて頂戴」

「いいよ。そっちのクラス今どこだっけ? 凍岳記?」

「イレーネ!オパール、今日の地学何も分からない!!」

「威張るんじゃないわよ!」

「私は数学教えてほしい!」

 そんな、他愛のない会話を楽しむ。






 ───聡明で優しい彼女たちとの交流は、萎縮していた心を解きほぐしてくれた。



 叩き込んでもらった礼儀作法のおかげか、最近では、救いようのない者を見る目を向けられることもない。昼になれば、友人たちが裏庭で待っている。




 もう朝目覚めるのも、憂鬱ではない。






 長期休みで寮が閉鎖され、物置小屋に連れ戻されても、ウルスラの心は弾んでいた。



(早く学園に行きたいなー)



お読みいただき、ありがとうございました。

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