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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
3/7

1-3. 灰色の目との出会い


「───はい、では、今日はここまで」





 授業の終了を知らせる鐘が鳴った。教壇を降り、さっさと教室から出て行こうとする教師に、ウルスラはいつものように取りついた。



「「先生!!」」



 教師を呼ぶ声が、重なった。

 驚いてそちらを見ると、教員の身体越しに、一人の女子生徒と目が合った。


 


 理知的な、灰色の瞳。




 逸らすことなくはっきりと、真正面からウルスラの姿を映す。



 はっとした。


(目、逸らされない)


 嫌な顔もされない。王都に来て、初めてのことだ。見覚えがないが、別のクラスの生徒だろうか。


 すると横から、うんざりした声が聞こえた。

「……また君らか……」

 そうだ、質問に来たんだった。我に返ったウルスラが口を開く前に、女子生徒はさっと頭を下げた。

「失礼しました、デュボワ侯爵令嬢。お先にどうぞ」

「あ、や……」

 こちらは向こうを知らなかったが、向こうはこちらを知っていたらしい。

(躊躇なく譲られたってことは、伯爵家以下の生徒……?)

 本当に、譲ってもらってしまっていいのだろうか。おろおろしていると、女子生徒が教師の服の裾を握りしめているのが見えた。


 「逃がさない」という強固な意志が窺える。


 よくよく見ると、反対側の手には、ペンの他に分厚いレポートの束。授業では見たことも聞いたこともない題名なので、彼女が自主的に調べてまとめたものなのかもしれない。

(……勉強熱心なんだなあ)

 そう思うと、大した情熱もなく、授業の内容程度で躓いている自分が、ひどく恥ずかしい気がして。



 そっと片手を差し出す。



「あた……わ、私、授業の質問だから……先、いいよ」

 

「そうですか?では遠慮なく!」

 ウルスラが順番を譲ると、きらん、と灰色の目を輝かせる女子生徒。嫌そうな顔をする教師。

 恐らく、時間がかかるのだろう。ものすごい勢いで何かしゃべり始めた女子生徒を横目に、そっと距離を取る。

(また、後でにしよう……)






 食堂でサンドイッチを買い、いつもの昼食スポットに向かう。

(良かった、今日も誰もいない……)

 人目を避けているうちに見つけた、陽当たりのいい静かな裏庭。いつものように芝生にハンカチを広げ、その上に座る。

(風が気持ちいい……)

 昼休みは、ウルスラにとって貴重な自由時間だ。木陰に腰かけ、誰の目も気にせずゆったり手足を伸ばす。

 しばし堪能したのち、サンドイッチを頬張った。すると。



「……あれ。先客がいる」


「んむっ!?」



 慌てて飲み込み、顔を上げると、少し離れたところに一人の女子生徒が佇んでいるのが見えた。あ、と声を上げる。

「さっきの」

「ご機嫌よう」

 女子生徒は制服のスカートの端をちょっとつまんで挨拶をすると、一歩、前に出た。

「先ほどは質問の順番を譲っていただいて、どうもありがとうございました。昼食ですか?」

「え、え」

「私もです」

 さくさくと無遠慮に芝生を踏み、女子生徒は恐れることも厭うこともなく近付いてくる。あまりの躊躇のなさに、ウルスラは思わず座ったまま後ずさった。


 その間にも、彼女は迷うことなく距離を詰めてくる。


「あの、ええと」

「お隣、よろしいでしょうか?」


 立ち止まり、灰色の目でウルスラを見下ろしながら問いかける女子生徒。とうとう目の前まで来てしまった。


(答えないと)



 返事を。何か。



 口を開く。



「ど、どぉぞ……」



 なんとかそう応じると、彼女はひとつ、頷いた。

「ありがとうございます、失礼します」

 そう言うと、本当にウルスラの隣に腰を下ろした。貴族令嬢にしては短い髪が、ふわっと風になびく。


「ここ、良い場所ですよね。私も気に入っているんです。陽当たり良くて静かで、昼食なんかにちょうど良くて」

「そそ、そ、そう、なんだ……!?」

「はい。あ、良かったらお一つどうぞ」

 流れるように差し出されたクロスの上から、キッシュを一切れ、そっとつまみあげる。一口齧って、思わず声が出た。


「美味しい!」

「何よりです」


 多種多様な味が見事に調和している、ふわふわの生地。ナッツでも混ぜてあるのか、カリポリとした食感も楽しい。




 舌鼓を打っていると、女子生徒はこてりと首を傾げた。


「ところでデュボワ侯爵令嬢は、先ほど授業の内容を質問にいらしていたんですよね?」

「んう!? う、うん……」


 「侯爵令嬢のくせに」と暗に責められた気がして、しょんぼり肩を落とす。しかし続く言葉は、想定外の朗報だった。



「でしたら、私がお教えしましょうか?」


「へ?」



「順番を譲っていただいたお礼代わりに。あくまで私の分かる範囲で……ということになってしまいますけど」

「お、お願い!!」

 願ってもない申し出だ。慌てて頷く。

 キッシュとサンドイッチを食べ終え、教科書とノートを開いた。

「質問しようとされていた箇所はどこですか?……なるほど、ここですか。ここはですね……」



 “彼女”は、とても丁寧だった。そして、教えるのが上手い。



 先程まで分からなかったのが不思議なほど、するすると頭に入ってくる。


「……と、いうわけです。どうでしょうか」

「すんごい分かりやすかった。ありがとう」

「そうですか?それは何より」


 理解できた爽快感と、久しぶりに気後れすることなく人と話せた事実に、心が踊る。

(良い人だなあ……!)



 「お礼に」と言っていたし、これっきりなのだろうか。


 もっと、おしゃべりしたい。



 そわそわしていると、女子生徒はわずかに微笑んだように見えた。

「私でよければ、またお教えしますよ」

「!本当?」

「ええ」


 その返事に嬉しくなって、ぱ、と片手を差し出す。



「あたし、ウルスラ!よろしく!」


「よろしくお願いします、ウルスラ様。………ああ、そう言えばまだ、名乗っていませんでしたね」



 手を取りかけて小さく呟くと、“彼女”は空いた手を胸に当てて、そっと口を開いた。








「私は───」





お読みいただき、ありがとうございました。

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