1-3. 灰色の目との出会い
「───はい、では、今日はここまで」
授業の終了を知らせる鐘が鳴った。教壇を降り、さっさと教室から出て行こうとする教師に、ウルスラはいつものように取りついた。
「「先生!!」」
教師を呼ぶ声が、重なった。
驚いてそちらを見ると、教員の身体越しに、一人の女子生徒と目が合った。
理知的な、灰色の瞳。
逸らすことなくはっきりと、真正面からウルスラの姿を映す。
はっとした。
(目、逸らされない)
嫌な顔もされない。王都に来て、初めてのことだ。見覚えがないが、別のクラスの生徒だろうか。
すると横から、うんざりした声が聞こえた。
「……また君らか……」
そうだ、質問に来たんだった。我に返ったウルスラが口を開く前に、女子生徒はさっと頭を下げた。
「失礼しました、デュボワ侯爵令嬢。お先にどうぞ」
「あ、や……」
こちらは向こうを知らなかったが、向こうはこちらを知っていたらしい。
(躊躇なく譲られたってことは、伯爵家以下の生徒……?)
本当に、譲ってもらってしまっていいのだろうか。おろおろしていると、女子生徒が教師の服の裾を握りしめているのが見えた。
「逃がさない」という強固な意志が窺える。
よくよく見ると、反対側の手には、ペンの他に分厚いレポートの束。授業では見たことも聞いたこともない題名なので、彼女が自主的に調べてまとめたものなのかもしれない。
(……勉強熱心なんだなあ)
そう思うと、大した情熱もなく、授業の内容程度で躓いている自分が、ひどく恥ずかしい気がして。
そっと片手を差し出す。
「あた……わ、私、授業の質問だから……先、いいよ」
「そうですか?では遠慮なく!」
ウルスラが順番を譲ると、きらん、と灰色の目を輝かせる女子生徒。嫌そうな顔をする教師。
恐らく、時間がかかるのだろう。ものすごい勢いで何かしゃべり始めた女子生徒を横目に、そっと距離を取る。
(また、後でにしよう……)
食堂でサンドイッチを買い、いつもの昼食スポットに向かう。
(良かった、今日も誰もいない……)
人目を避けているうちに見つけた、陽当たりのいい静かな裏庭。いつものように芝生にハンカチを広げ、その上に座る。
(風が気持ちいい……)
昼休みは、ウルスラにとって貴重な自由時間だ。木陰に腰かけ、誰の目も気にせずゆったり手足を伸ばす。
しばし堪能したのち、サンドイッチを頬張った。すると。
「……あれ。先客がいる」
「んむっ!?」
慌てて飲み込み、顔を上げると、少し離れたところに一人の女子生徒が佇んでいるのが見えた。あ、と声を上げる。
「さっきの」
「ご機嫌よう」
女子生徒は制服のスカートの端をちょっとつまんで挨拶をすると、一歩、前に出た。
「先ほどは質問の順番を譲っていただいて、どうもありがとうございました。昼食ですか?」
「え、え」
「私もです」
さくさくと無遠慮に芝生を踏み、女子生徒は恐れることも厭うこともなく近付いてくる。あまりの躊躇のなさに、ウルスラは思わず座ったまま後ずさった。
その間にも、彼女は迷うことなく距離を詰めてくる。
「あの、ええと」
「お隣、よろしいでしょうか?」
立ち止まり、灰色の目でウルスラを見下ろしながら問いかける女子生徒。とうとう目の前まで来てしまった。
(答えないと)
返事を。何か。
口を開く。
「ど、どぉぞ……」
なんとかそう応じると、彼女はひとつ、頷いた。
「ありがとうございます、失礼します」
そう言うと、本当にウルスラの隣に腰を下ろした。貴族令嬢にしては短い髪が、ふわっと風になびく。
「ここ、良い場所ですよね。私も気に入っているんです。陽当たり良くて静かで、昼食なんかにちょうど良くて」
「そそ、そ、そう、なんだ……!?」
「はい。あ、良かったらお一つどうぞ」
流れるように差し出されたクロスの上から、キッシュを一切れ、そっとつまみあげる。一口齧って、思わず声が出た。
「美味しい!」
「何よりです」
多種多様な味が見事に調和している、ふわふわの生地。ナッツでも混ぜてあるのか、カリポリとした食感も楽しい。
舌鼓を打っていると、女子生徒はこてりと首を傾げた。
「ところでデュボワ侯爵令嬢は、先ほど授業の内容を質問にいらしていたんですよね?」
「んう!? う、うん……」
「侯爵令嬢のくせに」と暗に責められた気がして、しょんぼり肩を落とす。しかし続く言葉は、想定外の朗報だった。
「でしたら、私がお教えしましょうか?」
「へ?」
「順番を譲っていただいたお礼代わりに。あくまで私の分かる範囲で……ということになってしまいますけど」
「お、お願い!!」
願ってもない申し出だ。慌てて頷く。
キッシュとサンドイッチを食べ終え、教科書とノートを開いた。
「質問しようとされていた箇所はどこですか?……なるほど、ここですか。ここはですね……」
“彼女”は、とても丁寧だった。そして、教えるのが上手い。
先程まで分からなかったのが不思議なほど、するすると頭に入ってくる。
「……と、いうわけです。どうでしょうか」
「すんごい分かりやすかった。ありがとう」
「そうですか?それは何より」
理解できた爽快感と、久しぶりに気後れすることなく人と話せた事実に、心が踊る。
(良い人だなあ……!)
「お礼に」と言っていたし、これっきりなのだろうか。
もっと、おしゃべりしたい。
そわそわしていると、女子生徒はわずかに微笑んだように見えた。
「私でよければ、またお教えしますよ」
「!本当?」
「ええ」
その返事に嬉しくなって、ぱ、と片手を差し出す。
「あたし、ウルスラ!よろしく!」
「よろしくお願いします、ウルスラ様。………ああ、そう言えばまだ、名乗っていませんでしたね」
手を取りかけて小さく呟くと、“彼女”は空いた手を胸に当てて、そっと口を開いた。
「私は───」
お読みいただき、ありがとうございました。




