1-35. 妾腹の妹の結末
「───で?首尾は?」
「それは愚問というやつだな!!」
「ふふ、そうね」
襲爵披露からしばらく経ったある日の午後。
訪ねてきた友人との茶会で、ウルスラはからからと笑った。その返事に、わずかに目を細める彼女。
「改めて──襲爵おめでとう、ウル」
「ありがとう!!」
グッとガッツポーズを作って応える。
侍女が優雅な所作で紅茶を淹れていく。ガゼボに吹き込んだ風が、ふくよかな香りを鼻腔に届けた。
「やっぱりみんな強かった?」
「何人か強いのがいたが……まあ、サイプレスよりは弱かったな!!」
すると、ティーカップを手に取った彼女は、ぱちりと瞬きした。
「……ウル、サイプレスと立ち会ったことあったっけ?」
「オア°ッ」
「何その声」
まあいいわ、と一口紅茶を飲む。
「それにしても、よくやったわね。負けたらどうなるか分からないわけでしょ」
「宰相の打診を無に帰す訳にもいかなかったからな。緊張した」
しかし、脳筋一族を納得させる方法と言われて、これしか思いつかなかったのだ。今更ながら、己の未熟さを痛感するウルスラ。
友人の好みに合わせた渋めの紅茶に、ミルクを垂らす。
「角族はスタミナないから、連戦はきつかったでしょうに」
「そこはオパールに鍛え直してもらったのと、テルセン辺境伯令息のおかげだな」
初めてサイプレスと立ち会った日以降、関わりたくなさそうにしているサイプレスを捕まえて、教えを請うた。長時間戦い続けるにはどこをどう鍛えたらいいか、どう立ち回ったらいいか。
よほど、ウルスラに絡まれるのが嫌だったのだろう。サイプレスはテルセン辺境伯令息を紹介し、そちらに聞けと言ってきたのだ。防衛戦、引いては持久戦にも長けた家の跡取りは、自らが持つ知恵を惜しみなくウルスラにも与えてくれた。
その理由について、彼はこう語る。
『意欲のある方で助かります……。ここ十年ほど大規模な侵攻がないせいか、今代のデュボワとサイプレスは、どうにも国を守る砦という自覚が薄く……』
合同演習にも来ない、と頭を抱えて嘆いていた。異母兄もそんな調子だったそうなので、北部融和派でもあるウルスラの存在は、大いに歓迎できるものだったらしい。国の行く末が本気で心配なウルスラである。
「あとは、瞬殺・一撃必殺を心掛けた」
「対戦相手のメンツも瞬殺したわけね」
「ヴッ」
貴族ならメンツは大事だ。分かっている。分かっているが、時間の都合もあったので、勘弁してほしい。
「だが、参加者の半分くらいとは、そこそこ親しくなれたぞ」
一度ウルスラを認めた後の彼らは、前評判通りの陽気で人懐っこい人たちだった。振る舞いこそ貴族のそれだったが、宴が始まると、王都の冒険者仲間と同じノリで話しかけてきた。
『新当主様はお強いですな! どこで鍛えたのですか!?』
『その動き、シュゼイン流と鉱国騎士隊流を合わせたものですか? どなたに師事を?』
隠すべきところは隠し、ついでに王都周辺の魔物や冒険者事情なども話すと、なかなかウケが良かった。……「そんなに強い奴がいるなら武者修行に行く!」と言い出した時は、流石に止めたが。
既に再戦の申し込みも受けている。もちろん、爵位云々の条件は無し、純粋な手合わせだ。腕が鳴る。
前評判といえば、とふと思い出した。
「……そういえば、脳筋一族というのは本当だったぞ」
「?」
「襲爵披露の時、最初の方……一族の強者と私との戦いは、熱中して観戦していたのだが」
そのうち、皆飽きてしまったのだ。まあ、中盤からはほとんど記念試合と化していたので、仕方がない。
仕方がない、のだが。
「何故か会場のあちこちで、爵位争奪と全く関係のない試合が乱発してな?」
友が、持参したクッキーをんぐ、と喉に詰まらせた。真剣な顔で問いかける。
「最終的に、乱闘パーティーの様相を呈していた。なんなんだあいつらは?」
「紛うことなきウルの血族でしょうよ……!」
咽せながらもそう言われた。言われてみれば、そうかもしれない。
「なら、『準備運動程度ならしていても良い』などと、言うべきではなかったな……」
ウルスラなら、確実に適当な相手を捕まえて軽く手合わせする。「準備運動だ!」と言い張って。
今後一族への接し方は、全面的にウルスラ基準で考えるべきだろう。遠い目をしてぼやくと、友はクッキーを紅茶で流し込み、フゥ、と息を吐いた。
「…………まあ、無事に終わったのなら良かったんじゃない」
「邸の人たちとはどう?」
「どうだろう、意思疎通はそれなりにできていると思うんだが」
ぼやきながら、クッキーを一枚、つまみ上げる。素朴な生地の甘みに混じって、カリッという小気味良い食感と、香ばしい香りが口の中に広がった。
「胡桃入りか!」
「ウル、好きでしょ」
「大好き!!」
そのまま二枚、三枚と続けて口に運び、まろやかなミルクティーとの組み合わせを楽しむ。
「ああでも、料理長とは割と仲良くなれた気がする」
「そうなの?」
「うん。この前、料理長が夕食にロールキャベツとやらを出してくれてな?」
デュボワ侯爵領は胡椒が名物だが、キャベツもよく穫れる。冬、雪の下で甘みを蓄えたそれは、ロールキャベツにすると特に美味い。ウルスラもすこぶる気に入り、厨房に行って手放しで大絶賛した。
「そうしたら、料理長がちょくちょくロールキャベツを夕食に出してくれるようになったんだ。それで毎回ウマイウマイと食べていたら……うっかり、邸中のキャベツと肉を食べ尽くしてしまって……」
「二人して、家令と侍女長にこっぴどく叱られたんだ……」
「当たり前でしょ」
呆れ顔でツッコむ友人。
「私でも叱るわよ、そんなの。何やってるの」
「だって、本当に美味しくて……あっ、ご馳走しようか!?」
がたりと立ち上がる。
「今日は泊まっていくだろうっ?」
「材料食べ尽くしたんでしょーが」
「そうだった……」
立ち上がって提案したものの、あっさり一蹴される。しょんぼり肩を落とし、椅子に座り直した。
「現状はまあ、こんな感じだな。わざわざ来てもらったのに、大して面白いことがなくてすまない」
「いいのよ。私が一番暇だったし」
そう言うと、彼女はわずかに首を傾げて微笑んだ。
「ウルが上手くやってるって聞けただけでも、十分来た価値はあったわ」
「そう言ってもらえると嬉しい……」
前髪をぐしゃりと握りつぶす。
「ただでさえ、邸の大掃除やら異母兄の元婚約者との話し合いやらで、何度も呼びつけてしまったからな……。助かったよ、ヘレン」
風が吹いて、貴族令嬢としては短い茶髪を揺らす。
理知的な灰色の瞳が、初めて会ったあの日のように、ウルスラを正面から見据えた。
風で乱れた髪を押さえながら、友人───ヘレンはカップを手に取った。
「いいわよ、別に。さっき言った通り暇だったし、お給料ももらったし」
紅茶を一口飲む。
「……目的も無事果たせたしね」
「?何か言ったか?」
「いいえ」
カップの裏の囁きは、ウルスラには聞こえなかった。ニコリと微笑む。
「そろそろ涼しくなってきたし、部屋に戻らない?」
「それはいかん!」
ウルスラも含め、こちらの人間は寒さに強い。ついうっかり、外に長居しがちなのだ。肩にかけていたショールを、慌ててヘレンに巻き付ける。
「風邪でも引いたら大変だ。早く戻って、リベラに温かい飲み物でも淹れてもらおう」
「そこまで急ぎじゃないわよ」
苦笑するヘレン。そうは言っても、彼女らはウルスラよりひ弱なのだ。大恩ある親友に何かあってはいけない。
「あと客人に風邪など引かせたら、また侍女長に叱られる!!」
「それはそうね」
すん、と真顔になる彼女に「だろう!?」と返す。
庭師が少しずつ作り変えている庭を、二人で歩いて戻っていく。
「貴族としても友人としても、もっと頼り甲斐のある私になるからな!待っていてくれ!!」
「はいはい。……ところで、ウル」
「来週の虎目の曜って、何か聞いてる?」
「うん?誰から何を?」
「ううん、聞いてないならいいの」
強くなろうとして、強くなった人。
これにて、第一部は完結です。「妾腹の妹」だった“彼女”の物語、“彼女”に見えた世界……いかがだったでしょうか。
この後、一週間ほどお休みをいただいたのち、第二部を開始する予定です。
第二部は第一部よりブルーでダークになります。「暗いの苦手……」という方は、第二部終了後に更新されるエピローグへ飛んでくださっても大丈夫です。
ただ、二つの物語は対になってます(そのはず)。ウルスラの物語の裏で何が起きていたか……第一部を読み返しながらお待ちいただけたら感謝感激です。
では、また後ほど!お読みいただき、ありがとうございました!




