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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
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1-34. 襲爵披露


 ───卒業式から一ヶ月。





 父は侯爵家当主の座を、兄は嫡男の座を失い、投獄された。罪が確定次第、鉱山への労役が決まっている。


 デュボワ家への罰はウルスラの「勇気ある告発」で無し。彼らが使い込んだ金額は、横領犯たちの労役と、王家へ売却している魔物素材をしばらく安くすることで賄うことになった。減収にはなるが、割合は王家側と計算と調整を重ねたし、豪遊していた者たちもいなくなったので、どうにかなりそうだ。





 そして邸内はというと、ウルスラがデュボワ侯爵を継いだことで、平穏を取り戻しつつあった。




「───うん、完璧だ」




 鏡の中、美しく結い上げられた赤髪とメイクを見て、ウルスラは満足気に頷いた。傍らにいる人物に笑いかける。

「ありがとう。さすがフィフィの一番弟子だ」

「光栄です、お姉……いえ、ウルスラ様!」

 感激した様子で手を組んだのはフィフィ……ではなく、ウルスラが在学中、ソフィアたちとは別に作った学友だ。



 ウルスラと付き合う中で、彼女は、フィフィの化粧やヘアメイクの腕にすっかり惚れ込んでしまったらしい。フィフィ直々に指導を受け、学園を卒業した今では、ウルスラの侍女として活躍している。



 彼女同様、学友から使用人になった者たちやリベラたちに傅かれながら、大広間へ向かう。





 ───邸内は落ち着き始めたが、そこから外は、まだまだこれからだ。




 今日も、分家へのお披露目ということで、大広間にはウルスラが招待した分家の当主たちやその家族が集まっている。扉の前までたどり着いたウルスラは、一度だけ深呼吸して、大広間に足を踏み入れた。




 燃える炎のような髪と緑の瞳の集団が、一斉にウルスラを見る。




 その視線を一身に浴びながら、会場のど真ん中を横切る。

 壇上に上がると、パッとマントを翻して会場を振り返った。

「ウルスラ・ユッテ・デュボワだ。本日はお集まりいただき、感謝申し上げる!!」




 ウルスラが入場してから、ざわめきに困惑が混ざっていることには、気がついている。


 しかし、あえて無視して挨拶を続けた。




「こうしてご挨拶できたこと、心から嬉しく思う。今日は新たなるデュボワの当主誕生を大いに祝い、楽しんでいってほしい!」

 そして、ソフィア仕込みの礼を披露する。


「短くなったが、皆色々と聞きたいことがあるだろうから、これをもって私の挨拶とさせていただく」

「……では、早速で申し訳ありませんが」

 最前列にいた、歴戦の戦士を思わせる風体の男が、そっと手を上げた。



「そのお姿は?」


「良い質問だ!」


 ニッと笑うウルスラ。




 何せ、ウルスラが着ているのは軍服。




 デュボワ侯爵軍総大将としての装いだ。カッカッと音を立てて、軍靴で壇上を歩く。

「当主を継いだはいいが、私は社交をしてこなかっただろう? 一族の当主として、それはいかんと思ってな」



 デュボワは、「陽気でこざっぱり」しているが、「総じて野心が強い」というのが、外部からの評価だ。分家の中には、ぽっと出の庶子風情に横から掻っ攫われるのは納得がいかない、という者もいるだろう。


 実際、壇上のウルスラに棘のある目を向けている者も多い。



「そこで、だ」

 一刻も早くこの状況を打破すべく、ウルスラは一計を案じた。侍女から愛用の大剣を受け取り、舞台上で掲げる。


「今から、私と希望者で一騎打ちを行う。武人同士だ、剣を交わせば、分かり合えることもあろう」


 これは半分建前だ。本題は、この後。




「そこで私に勝った者がいれば、その者にデュボワ侯爵の座を譲ろう」




 ウルスラが宣言した瞬間、ホールが大きく騒めいた。


 ざわめきが少し収まったのを見て、再び声を上げる。

「そもそも我らデュボワは、武勇により爵位を賜った一族だ。それが自然な流れというものだろう? 実際、父もそうだったと聞く」

 やはり最前列、どことなく父に似た顔立ちの男が、悔しそうな顔をした。説明を続ける。



「勝負は一人につき一度きり。武器は真剣でなければなんでもいい。一応こちらでも準備しているが、まさかデュボワの武人が丸腰ということはあるまい?」



 実際、気の早い者たちは腰の物を確かめたり、己の従者に何事か言いつけたりしていた。頷いて、後ろを振り返る。



「立ち会い人を紹介しておこう。テルセン辺境伯第一令息と、サイプレス……」


「『侯爵』だ」



 気配を消して壁に寄りかかって立っていたサイプレスが、ウルスラの迷いを感じ取ったように言葉を繋いだ。優雅に一礼する。


「先代が病で退任したのでな。先日、正式に爵位を継いだ。よろしく頼む」

「セルドラン・テルセンです、よろしくお願いします」


 北部三砦最後の一角、テルセン家の跡取りである長男が、人の良さそうな笑顔で軽く手を上げた。


 当主である父親・テルセン辺境伯は、現在王都にいるそうで、不参加だ。まあ話を聞く限り、ウルスラ自身にもこういう前例のない騒ぎにも好意的ではなさそうので、仕方がない。次世代の令息がノリノリで来てくれただけ、僥倖である。



「他にはあるか?」



 すると、会場の中央付近から、すいと手が上がった。



 赤髪ばかりの中で珍しい髪色の人物に、声をかける。


「貴殿は……ソード子爵、だったかな。どうぞ」


 杖をついたその男は、数歩前に出てぎこちなく礼をした。


「ありがとうございます。……爵位を譲るとのことですが、具体的にはどのように?」

「単純に私がこの家から離籍して、出て行った跡に収まるもよし。私の養子に入って継ぐもよし。未婚で妻も婚約者もいない異性であれば、私と結婚という形でも良い。その辺りは、勝者の決定に従おう」

 ただでさえ血筋の劣るウルスラだ。そんなことを望む者がいるかは分からないが、外から見れば一番穏便な形だ。


「武器はともかく、本日は閣下の襲爵後初のお披露目ということで、戦う準備などしてこなかった者が大半だと思いますが」

「そういう者は今日は申し込みだけして、後日十全に準備してから剣を交わそう!」


 グッと拳を作る。


「お二人にもそのように予定をとっていただいている故、問題ない!」

「そりゃ付き合うさ。敵がご丁寧に、こっちの都合に合わせて時と場所を選んでくれると思ってるマヌケがいるってンならな?」

「サイプレス卿……」

 肩をすくめて皮肉を飛ばすサイプレス。誰が相手でもこの調子らしい。テルセン辺境伯令息は苦笑いで窘めるも、否定はしない。理不尽ではあるが、それもまあ事実ではある。

 

「この場に出席していない者もおりますが?」

「うむ。皆、襲爵披露より大切なことがあるらしい!」

 主家の代替わりなのだ。本来ならば、何をおいても駆けつけるべき大事であるはず。あるとすれば、自分か家族か、領地の大事くらいだが、そういった事情も聞かない。


 要するに、ウルスラを軽んじているのだ。しかしウルスラは、あえて明るく笑い飛ばしてみせた。



「務めに注力していて、社交には関心がないのであろう! それはそれで結構なことだ!!」

「……なるほど」



 もし彼らが、後から爵位を得る機会だったと知って抗議してきたとしても、ウルスラは取り合わないと決めている。

 そう断言すると、ソード子爵はそれ以上何も聞かなかった。深く頷く。



「かしこまりました。ソード家といたしましては、貴方様の正統性にも、武門の本分を取り戻したいというお考えにも、異論はありません」



 そう言うと、ゆっくりと首を垂れる。

「不参戦の身で差し出がましいことを申し上げましたこと、お詫び申し上げます」

「構わない。であれば、先に席に案内させようか?」

「……では、お言葉に甘えて」

 杖を見てそう問いかけると、子爵は淡々と頷いた。ふと顔を上げる。



「そうだ。今回はこういう方法を取らせてもらったが、戦えぬ者や前線に出ぬ者を否定しているわけではないぞ? 戦場に立ち敵と切り結ぶだけが、戦いではないからな」



 軍の指揮にせよ、物資や軍費の調達にせよ敵国との交渉にせよ、兵士だけでは戦いは続けられないのだ。ニコリと穏やかに微笑む。


「今まで通り、各々の方法で一族と国を守り、支えてほしい」

「……」


 子爵は無言で、しかし深く礼をすると、使用人に案内されて椅子の方へ移動していった。



「……さて。他に質問はないか?」



 かすかなざわめきはあるも、手は上がらない。再度大剣を掲げる。




「ならば『我こそは』という者は、申し出るが良い」




(脳筋、結構)

 むしろ都合が良い。




 この場で異議を唱える者を全員打ち負かせば、ウルスラの襲爵に文句を言える者はいなくなる。




 と、一人の令息が一歩、前に出た。


「……二言はありませんな?」


 確か、彼は父の兄の子。ウルスラから見れば、従兄弟に当たる。



 そのぎらついた目に、ウルスラは口の端を吊り上げた。



「……無論」



 その一言に、会場の困惑が完全に戦意に置き換わる。好戦的な親族たちで何よりだ。武者震いする。




(長い一日になりそうだ)



お読みいただき、ありがとうございました。


次回「妹」編最終回!

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