1-33. 拳一撃
長めです。ざまあ回。
今日、晴れてウルスラは、学園を卒業した。そう。
爵位の継承資格を得たのである。
(私は成人済みだし、これで問題なく当主代行ができる)
友人たちとのパーティーを終えた後、ウルスラはまとめておいた荷物を持って、裏門からそっと学園の外に出た。そして待ち構えていた王城の監査官や騎士と合流し、馬車に乗り込んだ。
馬車の中で、監査官は言った。
「侯爵と侯爵令息、二人に従う者たちが抵抗したり、捜査に非協力的な可能性があります。突入後、しばらく我々と行動していただけると助かるのですが」
「もちろんです、よろしくお願いします」
「こちらこそ、お手間をおかけします」
執務室のあの金庫は、ウルスラたち当主家族にしか開けられないのだ。当然だろう。
いつものように数日かけて領地に戻り、邸まで辿り着く。サイプレスの息がかかった門番は、あっさりウルスラたちと後続の馬車を敷地内に通した。
馬車を降りると、扉が開け放たれる。
「ウルスラお嬢様!?」
「リベラ」
ウルスラが卒業と同時にガーデロン子爵に嫁がされることを知って、「帰らないように」と手紙で忠告してくれたリベラ。ウルスラの姿を見つけるなり、真っ青な顔で駆け寄ってきた。
「何故お戻りに……! ……そちらの方々は?」
「大丈夫だ、問題ない」
とりあえず微笑んでみせたが、何をどう説明したものか。言葉に悩む。
「そうだ、父上と異母兄殿は?今どこに?」
話を逸らすついでに尋ねると、彼女はおずおずと廊下を指差した。
「この時間ですと、執務室かと……」
「そうか、ありがとう」
おろおろしながらもウルスラから離れようとしないリベラを引き連れ、執務室に向かう。途中レーチェも見かけたが、彼女は無言で廊下の端に寄って、礼で見送るのみだった。他にもそういう使用人がいたので、彼らは王家かサイプレス家の送り込んだ暗部の者だろう。
ウルスラが見守る中、監査官と騎士たちは執務室の前で頷き合い、扉を開け放った。
「全員動くな!!」
「……!?」
何度も言うようだが、ウルスラは角族の血が濃いので、背が高い。
騎士たち越しでも、父と異母兄が間抜け面をしてこちらを凝視しているのが、よく見えた。
先頭の監査官がずい、と二人がいる執務机に近づく。
「ヘイモ・ガラ・デュボワ侯爵だな。支援金横領の疑いで、貴殿を拘束する」
「……っ!?」
「イルモ・ガラ・デュボワ侯爵令息。貴方にも、父君の共犯の疑いがかかっています」
「はあっ!?」
監査官の宣言と提示した命令書に目を剥いた侯爵は、次の瞬間には額に青筋を浮かべていた。
「何を急に……!」
「急?庶子を養子として正式に引き取る、その婚約者を決める、どちらも御家の大事ではありませんか」
命令書をくるくると巻き取りながら答える監査官。
「ましてことは北部三砦が一隅。監査室とて注目もします。今までが異常だったのですよ」
実際、監査室は急な養子縁組に警戒していたそうだ………忙しすぎて腰を据えた調査、とまではいかなかったが。
歯軋りをした父は、ふと顔を上げる。
ウルスラとよく似た色の瞳と、目が合った。
「……おい!大女!何をぼーっと突っ立っている!父と兄を助けんか!!」
「そうだ!!嫁入りをする前に恩を返していかないか!この不孝者!!」
「何を言うか」
ご指名のようだ。リベラが止めるのを宥め、こつりと一歩、前に踏み出す。
「こちらは王城から派遣されてきた、正式な監査官の皆様でいらっしゃる。王家に忠誠を誓う我々が、何故、弓引く必要が?」
父たちの目の前まで出て、悠然と監査官たちを手で示す。
そんな可能性は絶対にないと分かっているが、その上で、あえてにっこり笑う。
「やましいことがないのなら、素直に監査を受け入れればよろしい。なに、今回の監査は極秘だ。外部に漏れる心配もないぞ!」
「……っ!」
直後、カァッと顔を赤く染める父。
「実の兄と父を売る気か!ハッ!さすがは浅ましい娼婦の子だ!!」
「そちらも私を売ろうとしていたのだから、立ち位置は同じだろう。自虐か?」
思わず素でツッコむと、うん、と頷く監査官たち。
「いや、娘を自分たちの愚行の尻拭いに嫁がせるのと、犯罪を然るべき機関に通報することが同値であるはずもないな。訂正しよう、少しは恥というものを知った方がいい」
「なんだと!!」
すると、異母兄も気色ばんで叫んだ。
「王城の皆様!その女はとんでもない毒婦です!!信じてはいけません!!」
するとウルスラの両隣で、監査官二人が互いに顔を見合わせた。
「そんなことをおっしゃられても……なあ?」
「ええ。まさか我々が、何の証拠もなしにここにいるとでも?」
「我々がここに派遣されたのは、宰しょ…………陛下の慈悲ですよ。国家の安寧を支える北部三砦の一隅が、横領なんぞで揺らいではならぬ、と」
(この国、実は宰相が牛耳っているのか……?)
そう錯覚するくらい、宰相の発言権が強い。
ともあれ、監査官は二人を無視することに決めたらしい。白手袋をはめ、ウルスラに声をかけた。
「デュボワ侯爵令嬢。申し訳ありませんが、捜索させていただきますよ」
「無論です。徹底的にお願いします」
振り返り、頭を下げた瞬間、背後からしゃりん、と澄んだ音がした。
見ると、父が腰に佩いていた剣を抜き放ったところだった。
鞘を投げ捨てる。
「せめて貴様だけでも!!」
そう叫ぶと、重い身体を揺すって突進してくる。リベラが悲鳴のような声でウルスラを呼んだのが聞こえた。
一方、ウルスラは怯むことなく腰を落とし、剣の側面を殴った。
「フン!!」
ぽきん、とあっけなく刀身が折れる。
そしてその勢いのまま、顔面に渾身の一撃を叩き込んだ。
「ふべらっ!?」
鼻血を撒き散らしながら後ろに倒れていく父。
どさり、と床に倒れ込む。
静まり返った執務室で、ウルスラはあっけらかんと言い放った。
「なんだ、やっぱり弱いじゃないか」
もう二、三発殴ってやればよかった、とぼやいた瞬間、背後の存在を思い出す。
そっと振り返ると、監査官と騎士たちは全員明後日の方向を向いていた。一番上の役職らしき男性が、壁を見ながら呟く。
「デュボワ侯爵は、ずいぶんと派手に転んだようですなぁー……」
見逃してくれるらしい。思わず笑顔になる。
ぱちぱちと場違いな音がすると思ったら、リベラが一人、ウルスラに拍手を送っていた。意外と肝が据わっている。
「デュボワ侯爵ー」
それを契機に、呆然と立ち尽くす異母兄を騎士たちが拘束し、監査官たちが棚を探り始める。同時に、数人の騎士と監査官が、床に転がった父の周りに集まってきた。
「デュボワ侯爵ー、聞こえておられますかー?」
比較的若い監査官がそう言いながら横にしゃがみ込む。そして「えいえい」とつつくも、無反応。騎士が兜越しに頭を掻く。
「ダメだこりゃ。完全に伸びてますよ」
「殴っ……転んだ時、ぐしゃって言いましたからね。ぐしゃって」
「いやあ、感動的なくらいモロだった」
ウルスラは悪くない、と思いたい。
彼らの会話を聞いていた別の監査官が、ため息を吐いて、こつり、と金庫の扉をノックした。
「仕方ない、侯爵令息。こちらの金庫、開けていただけますかな」
「………」
「侯爵令息」
異母兄が不貞腐れたようにそっぽを向いたので、拳を作って笑いかけてみせる。
「ヒッ」
すると、異母兄は呼吸困難を起こしたような悲鳴を上げ、青い顔で金庫に取りつく。それでいい。
金庫が開けられ、本格的に捜査が始まる執務室。と、監査官たちとは明らかに制服の違う文官が、入り口から顔を覗かせた。
「失礼します。ウルスラ・ユッテ・デュボワ侯爵令嬢はこちらに?」
「私がそうですが」
「ああ、いらっしゃった、いらっしゃった。申し訳ない、出遅れて」
どうやらどこかの階段で転んで、そのまま護衛の騎士ごと逸れてしまったらしい。彼はウルスラを認めると、パラパラと書類をめくりながら歩み寄ってきた。
「貴族管理課のアルジェントです。えーと、早速ですが、学園は卒業済みですか?」
「はい」
「証明書等は?」
「こちら、卒業証書です」
「はい、確かに。成人年齢にも……達していますね、ウン」
ぱたりと書類の束を閉じた文官は、打って変わって厳かな声音で告げた。
「ではこの時より、国王陛下の名においてヘイモ・ガラ・デュボワのデュボワ侯爵としての全権限を停止。ウルスラ・ユッテ・デュボワのデュボワ侯爵代行を認めます」
ウルスラの頭の上……は届かないので、できるだけ手を上に上げて口上を述べる。
「陛下のため、国のため、民のため、励むように」
「拝命します」
父はウルスラを庶子として認めたのち、自分と義母の養子にしていた。貴族学園の入学試験を受けさせ、卒業させ、貴族籍を与えた。恐らくは、ウルスラの売値を上げるために。
それが、仇になった形だ。跪き、宣言を受け入れる。満足げに頷く文官。
それを見届けた監査官は、「デュボワ侯爵代理」と声をかけた。
「こちらはもう大丈夫そうなので、一旦お部屋に戻っていただいて結構ですよ」
「念のため、女性騎士をつけます。ご協力、ありがとうございました」
「貴族として当然の義務を果たしたまでです。遠路はるばるお手数をおかけします」
「なに、仕事ですから」
一礼し、自室に戻ろうと踵を返す。玄関ホールの大階段の上に来たところで、廊下に義母───デュボワ侯爵夫人が側近と共にいるのが見えた。
淡々と声をかける。
「夫人。今父と異母兄は横領の罪で監査を受けている」
「……左様でございますか」
静かに応じる夫人。サイプレスと監査室の調査では、侯爵夫人は横領に関わっていない。
むしろ、彼女が離れに引っ込んだのをきっかけに侯爵父子のタカが外れた、と言っても良い。
ウルスラとしても、彼女に特に思うところはない。であれば。
「落ち着けば、離縁の許可も降りるだろう。今、デュボワ侯爵代理は私だ。……離縁を望むのであれば、申し出るといい」
「その時は、責任を持って手続きしよう。我が名において」
その言葉に、彼女は扇子を持つ手を一瞬震えさせ……美しいカーテシーをしてみせた。
「……仰せのままに。デュボワ侯爵代理」
「うむ」
鷹揚に頷くと、玄関ホールの大階段を下っていく。
(家のことは私には分からんから、手続きだけしてあとはお任せしてしまうとして……。家内の混乱くらいは私が……あ、いや、誰が安全なのかまでは分からないんだった。あちらも事情聴取をしたいだろうし。侯爵夫人の使用人たちなら平気か……? いやしかし、これから離縁するだろう人に頼るのもなあ………)
───少しは当主らしく振る舞えただろうか、とも考えながら。
お読みいただき、ありがとうございました。




