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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
32/57

1-32. 卒業②



「ところでヘレンの家族は?」




 きょろ、と辺りを見回すイレーネ。




「来てないの?」

「兄さんと義姉さんなら、そもそも国内にいないわよ」


 グラスを傾け、こともなげに答えるヘレン。





 ヘレンの兄は王城文官で、外交官をしている。



 ウルスラは会ったことがないが、ヘレン同様優秀な人物で、国外を飛び回って仕事をしているそう。


 義姉に当たるその妻は、優れた武人。外交官夫人兼護衛として、外交に同行しているのだとか。ローストビーフを頬張るヘレン。

「大事な夜会もあるから、来られないって。手紙来てた」

「それ以外の皆様は?」


 すると、ヘレンは頬に手を当て、「ん?」と首を傾げた。




「私には、両親も祖父母もいないわよ?」




「存在が抹消されてる!!」

「それはそう!!」

「オパール……!」


 学園を総合首席で卒業したヘレンだったが、彼女は、文官になれなかった。





 というのも、ヘレンの父である伯爵が、登用試験を辞退してしまったそうなのだ。ヘレンに無断で。





 試験直前の辞退だったので、登用係への心証も悪く、来年受けられるかどうかも怪しいらしい。しかしヘレンは、すこぶるつきで美しく笑んだ。



「兄さんもまだしばらく戻ってこないみたいだし、今年中に大掃除を済ませようと思うの。………私の人生を邪魔したこと、後悔させてやる」


「ヘレンの家族じゃない方の家族は、きっと生きて年を越せないね!」


「オパール……!!」



 黒い笑みで物騒な呟きをするヘレンとは対照的に、無邪気な笑顔で明るく断ずるオパール。イレーネが窘めるも、ヘレンは小さく肩をすくめた。


「その辺りは慎重に考えるわ。みんなの吉事と被ったら最悪だもの」

「そっか!ヘレンは友達想いだもんね!」

「そうよ。だからことを起こす時は協力してね」

「ヘレンらしいね!いいよ!」


 笑顔で手を取り合う二人。さすがの腹黒不穏組である。





 この学園生活で、すっかり二人に慣れたフィフィが、しみじみとつぶやいた。


「今日は、みんな……みんな?のご家族に挨拶できて良かったよ」


 シャンパンを一口飲む。

「平民と貴族じゃ、次はいつ会えることか……」

「あら。フィフィのアクセサリーで、鉱国中の人を綺麗にするんじゃなかったの?」

 少し酔ったのか、ソフィアが珍しくゆったりと姿勢を崩して言った。グラスを揺らす。

「『流行り物で終わらせない、百年後、二百年後も通じるブランドでありたい』って豪語していたでしょう。そうなれば、公の場でだって堂々と会えるわよ」

「そうだけど……」

「あ!」

 オパールがぱん、と手を叩いた。一斉に振り返る。

「そういえば、この前お願いしたフィフィのアクセ、ミー姉さまにちゃんと渡せたよー!」


 にこにこと続ける。


「可愛いから、花祭りでつけるって言ってた!」

「誰、ミー姉さまって」

「あっ、そっか」

 イレーネが首を傾げると、オパールは、微笑んで告げた。





「ミネルヴァ・ミュゼ・シュゼイン公爵令嬢!略してミー姉さまだよー!」



「「「「はっ?」」」」





 目を見開く。



 ややあって、フィフィは震える声と指で指摘した。



「……まさか、この前引き渡したオパールからの注文、公爵令嬢様用?」

「そう!」

「言ってよぉ!!」



 あっけらかんと笑顔で頷いたオパールに、一瞬で青ざめるフィフィ。ヘレンが遠い目をする。

「良かったわね、フィフィ。社交界における筆頭公爵家総領姫の影響力は、流行をねじ曲げるレベルよ」



「彼女、滅多に領地の外に出てこないから、話題性もばっちり」


「翌週には、工房が注文で埋まるわね……」


「フィフィ。悪いんだが、私の注文少し急いでくれ」


「嘘でしょ!?そんなことある!?」



「「「「「ある」」」」」



 全員で断言すると、フィフィはひくっ、と顔を引き攣らせ……振り返ってソフィアに縋り付いた。

「……ソフィア!商売の先輩!!」

「……後で、ヘレンと対策練っておきなさいね……」

「ソフィアー!!」

 そっと目を逸らすソフィア、悲鳴を上げるフィフィ。商売はソフィアだが、政治関連はヘレンの方が強い。ぽん、とフィフィの肩に手を置くヘレン。





「あー……ソフィアの結婚式は、いつだったか」


 転がり回るフィフィを見ながら話題を逸らすと、ソフィアはさっとそれに乗った。


「冬ね。詳細が決まったら、改めて招待状を出すわ」

「わーい!」


 春は魔物や猛獣の冬眠明け、夏は繁殖期、秋は冬籠りを前に、食料集めで活発化。樹海との戦いを生業とするソフィアの嫁ぎ先は、ほぼ一年中忙しい。


 その間隙を狙って式を挙げるのだそうだ。両手を上げて喜ぶオパール。

「その時には、婚約者にエスコートしてもらって参加するね!」

 すると、頭を抱えて呻いていたフィフィが、ふと顔を上げた。


「そういえば、オパール。件の想い人様とは……?」

 そう言えば、続報を聞いていなかった。ぷくーと頬を膨らませるオパール。




「在学中に口説き落とせなかった!無念!!」




 想い人である侯爵の後妻を狙って色々暗躍していたらしいオパールだが、肝心のシュゼール侯爵本人はどうにもならなかったらしい。しかし、続く言葉にパッと笑顔になる。

「でも仮婚約は結べたから、あとちょっと!楽しみ!」

 ご機嫌のオパールを尻目に、そっと囁き合う。



「……よく卒業まで逃げ切ったわよね、シュゼール侯爵」


「うむ……」


「聞いた話によると、断る理由悉く潰されて、とうとう王位争いまで持ち出したらしいわ」


「それでも仮婚約までいかれたの?嘘でしょ?」


「オパールにしてもシュゼイン家にしても、本気じゃない」



 こそこそ話していると、ヘレンがふ、と笑った。

「でも、確かに雰囲気のいい人だったわ、シュゼール侯爵」


「オパールの手綱も、上手く握ってくれそう」

「でしょー!?」

「アンタが常人の手に負えなさそうって話をしてるんだけど!?」

「みょー」

 イレーネがオパールの両頬を掴んで左右に引っ張る。きゃらきゃら笑うフィフィに、扇子の裏で目を細めるソフィア。ヘレンも雰囲気が柔らかい。




 こんな日常も今日で見納めだと思うと、少し寂しい。






「……フィフィ。オパール。イレーネ。ソフィア。ヘレン」





 そっと口を開き、友人たちの名前を呼ぶ。


 振り返った彼女たちに、ウルスラはこう宣言した。



「この在学中にみんなのしてくれたこと、私、絶対に忘れない。この恩は、必ず返す」



 そして心臓の上に拳を当てた。





「どこにいても、何歳になっても、絶対、みんなの助けになる。……助けになれる自分になる」






「だから………」

「堅〜い!」

 ぼす、とぶつけるようにオパールが肩を寄せた。フィフィも反対側から肩を寄せた。

「貴族らしい言い方は分からないけどさ、そういうのはね」


「『ずっと友達でいよう』、で良いんだよ。ウルスラ」

 そう言うと、ウルスラを見上げて、ニコッと笑った。




「ね?」

「……うん」


 じわりと目頭が熱くなる。

 

「ずっと友達でいようねえぇぇ〜……」

「泣くな泣くな!!」

「今日はいいんじゃない?」

「そうね」

 ソフィアが頷くと、オパールが大きく腕を広げた。

「オパールがハグしてあげる!ぎゅー!」

「ありがとぉ……」

「ちょっ、間に私を挟むな!!潰れ……ぐぇ」




 ───次、彼女たちと会うのは、ウルスラが全てに蹴りをつけた後だ。


お読みいただき、ありがとうございました。

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