1-32. 卒業②
「ところでヘレンの家族は?」
きょろ、と辺りを見回すイレーネ。
「来てないの?」
「兄さんと義姉さんなら、そもそも国内にいないわよ」
グラスを傾け、こともなげに答えるヘレン。
ヘレンの兄は王城文官で、外交官をしている。
ウルスラは会ったことがないが、ヘレン同様優秀な人物で、国外を飛び回って仕事をしているそう。
義姉に当たるその妻は、優れた武人。外交官夫人兼護衛として、外交に同行しているのだとか。ローストビーフを頬張るヘレン。
「大事な夜会もあるから、来られないって。手紙来てた」
「それ以外の皆様は?」
すると、ヘレンは頬に手を当て、「ん?」と首を傾げた。
「私には、両親も祖父母もいないわよ?」
「存在が抹消されてる!!」
「それはそう!!」
「オパール……!」
学園を総合首席で卒業したヘレンだったが、彼女は、文官になれなかった。
というのも、ヘレンの父である伯爵が、登用試験を辞退してしまったそうなのだ。ヘレンに無断で。
試験直前の辞退だったので、登用係への心証も悪く、来年受けられるかどうかも怪しいらしい。しかしヘレンは、すこぶるつきで美しく笑んだ。
「兄さんもまだしばらく戻ってこないみたいだし、今年中に大掃除を済ませようと思うの。………私の人生を邪魔したこと、後悔させてやる」
「ヘレンの家族じゃない方の家族は、きっと生きて年を越せないね!」
「オパール……!!」
黒い笑みで物騒な呟きをするヘレンとは対照的に、無邪気な笑顔で明るく断ずるオパール。イレーネが窘めるも、ヘレンは小さく肩をすくめた。
「その辺りは慎重に考えるわ。みんなの吉事と被ったら最悪だもの」
「そっか!ヘレンは友達想いだもんね!」
「そうよ。だからことを起こす時は協力してね」
「ヘレンらしいね!いいよ!」
笑顔で手を取り合う二人。さすがの腹黒不穏組である。
この学園生活で、すっかり二人に慣れたフィフィが、しみじみとつぶやいた。
「今日は、みんな……みんな?のご家族に挨拶できて良かったよ」
シャンパンを一口飲む。
「平民と貴族じゃ、次はいつ会えることか……」
「あら。フィフィのアクセサリーで、鉱国中の人を綺麗にするんじゃなかったの?」
少し酔ったのか、ソフィアが珍しくゆったりと姿勢を崩して言った。グラスを揺らす。
「『流行り物で終わらせない、百年後、二百年後も通じるブランドでありたい』って豪語していたでしょう。そうなれば、公の場でだって堂々と会えるわよ」
「そうだけど……」
「あ!」
オパールがぱん、と手を叩いた。一斉に振り返る。
「そういえば、この前お願いしたフィフィのアクセ、ミー姉さまにちゃんと渡せたよー!」
にこにこと続ける。
「可愛いから、花祭りでつけるって言ってた!」
「誰、ミー姉さまって」
「あっ、そっか」
イレーネが首を傾げると、オパールは、微笑んで告げた。
「ミネルヴァ・ミュゼ・シュゼイン公爵令嬢!略してミー姉さまだよー!」
「「「「はっ?」」」」
目を見開く。
ややあって、フィフィは震える声と指で指摘した。
「……まさか、この前引き渡したオパールからの注文、公爵令嬢様用?」
「そう!」
「言ってよぉ!!」
あっけらかんと笑顔で頷いたオパールに、一瞬で青ざめるフィフィ。ヘレンが遠い目をする。
「良かったわね、フィフィ。社交界における筆頭公爵家総領姫の影響力は、流行をねじ曲げるレベルよ」
「彼女、滅多に領地の外に出てこないから、話題性もばっちり」
「翌週には、工房が注文で埋まるわね……」
「フィフィ。悪いんだが、私の注文少し急いでくれ」
「嘘でしょ!?そんなことある!?」
「「「「「ある」」」」」
全員で断言すると、フィフィはひくっ、と顔を引き攣らせ……振り返ってソフィアに縋り付いた。
「……ソフィア!商売の先輩!!」
「……後で、ヘレンと対策練っておきなさいね……」
「ソフィアー!!」
そっと目を逸らすソフィア、悲鳴を上げるフィフィ。商売はソフィアだが、政治関連はヘレンの方が強い。ぽん、とフィフィの肩に手を置くヘレン。
「あー……ソフィアの結婚式は、いつだったか」
転がり回るフィフィを見ながら話題を逸らすと、ソフィアはさっとそれに乗った。
「冬ね。詳細が決まったら、改めて招待状を出すわ」
「わーい!」
春は魔物や猛獣の冬眠明け、夏は繁殖期、秋は冬籠りを前に、食料集めで活発化。樹海との戦いを生業とするソフィアの嫁ぎ先は、ほぼ一年中忙しい。
その間隙を狙って式を挙げるのだそうだ。両手を上げて喜ぶオパール。
「その時には、婚約者にエスコートしてもらって参加するね!」
すると、頭を抱えて呻いていたフィフィが、ふと顔を上げた。
「そういえば、オパール。件の想い人様とは……?」
そう言えば、続報を聞いていなかった。ぷくーと頬を膨らませるオパール。
「在学中に口説き落とせなかった!無念!!」
想い人である侯爵の後妻を狙って色々暗躍していたらしいオパールだが、肝心のシュゼール侯爵本人はどうにもならなかったらしい。しかし、続く言葉にパッと笑顔になる。
「でも仮婚約は結べたから、あとちょっと!楽しみ!」
ご機嫌のオパールを尻目に、そっと囁き合う。
「……よく卒業まで逃げ切ったわよね、シュゼール侯爵」
「うむ……」
「聞いた話によると、断る理由悉く潰されて、とうとう王位争いまで持ち出したらしいわ」
「それでも仮婚約までいかれたの?嘘でしょ?」
「オパールにしてもシュゼイン家にしても、本気じゃない」
こそこそ話していると、ヘレンがふ、と笑った。
「でも、確かに雰囲気のいい人だったわ、シュゼール侯爵」
「オパールの手綱も、上手く握ってくれそう」
「でしょー!?」
「アンタが常人の手に負えなさそうって話をしてるんだけど!?」
「みょー」
イレーネがオパールの両頬を掴んで左右に引っ張る。きゃらきゃら笑うフィフィに、扇子の裏で目を細めるソフィア。ヘレンも雰囲気が柔らかい。
こんな日常も今日で見納めだと思うと、少し寂しい。
「……フィフィ。オパール。イレーネ。ソフィア。ヘレン」
そっと口を開き、友人たちの名前を呼ぶ。
振り返った彼女たちに、ウルスラはこう宣言した。
「この在学中にみんなのしてくれたこと、私、絶対に忘れない。この恩は、必ず返す」
そして心臓の上に拳を当てた。
「どこにいても、何歳になっても、絶対、みんなの助けになる。……助けになれる自分になる」
「だから………」
「堅〜い!」
ぼす、とぶつけるようにオパールが肩を寄せた。フィフィも反対側から肩を寄せた。
「貴族らしい言い方は分からないけどさ、そういうのはね」
「『ずっと友達でいよう』、で良いんだよ。ウルスラ」
そう言うと、ウルスラを見上げて、ニコッと笑った。
「ね?」
「……うん」
じわりと目頭が熱くなる。
「ずっと友達でいようねえぇぇ〜……」
「泣くな泣くな!!」
「今日はいいんじゃない?」
「そうね」
ソフィアが頷くと、オパールが大きく腕を広げた。
「オパールがハグしてあげる!ぎゅー!」
「ありがとぉ……」
「ちょっ、間に私を挟むな!!潰れ……ぐぇ」
───次、彼女たちと会うのは、ウルスラが全てに蹴りをつけた後だ。
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