1-31. 卒業①
「……えー、では。僭越ながら、この場を代表して」
いつもの裏庭。
フィフィがひとつ咳払いして、グラスを掲げた。
「卒業、おめでとー!私たち!!」
「「「「「おめでとー!!」」」」」
カァン!と晴れやかな音が、青空に響き渡った。
───今日は卒業式。新たなる門出の日である。
式の後、ウルスラたちは裏庭に料理や飲み物を持ち込んで、卒業を祝っていた。シャンパンを飲みながら、ソフィアが何気なく問いかけた。
「サイプレスたちは?」
「サロンでパーティーやるって」
「そう」
「こっちに来ないんだったら良かったわ」
すると、乾杯したグラスを横に置き、食堂から持ち込んだシャンパンのボトルをガッと掴むフィフィ。
「礼儀作法とか経営とか言語とか交渉術とか護身術とか、マジでありがとう!!注ぎます!!」
「良い心がけね」
「くるしゅうないわ」
ソフィアとイレーネが笑って空のグラスを差し出す。
フィフィは、卒業後、王都で「フロース・フィーブラ」の工房を開くことが決まった。
淑女科でウルスラを広告塔に宣伝活動に勤しんだ結果、固定ファンもでき、現時点で予約がいっぱいだという。ほくほく顔でシャンパンを注ぐ。
それを見て、ウルスラもボトルを手に取る。
「私もやるぞ!!」
敬愛する友人たちに、感謝を伝えねば。手始めに、隣にいたヘレンのグラスに勢いよくシャンパンを注ぐ。
「ねえ待って。七、八割入っているグラスに、更に追加しようとしないで。溢れる!溢れるから!ウル!!聞け!!」
最終的に表面張力で満杯まで入ったグラスを、ぷるぷるしながら持つヘレン。なんだか、申し訳ないことをした。
そろそろと口をつける横で、フィフィがオパールのグラスにシャンパンを注ぎながら口を開く。
「オパールのお兄さん、オパールとそっくりだったね!」
「アタシ、びっくりしちゃった!」
「私も兄様も、ママ似の美男美女だからね!!」
誇らしげに胸を張るオパール。
式の後、裏庭まで挨拶に来たオパールの兄・ザフィールは、艶やかな黒髪にサファイアのような青い目の美男子だった。
長いまつげに、大きな瞳。女性的な柔らかさと男性的な凛々しさを併せ持った、美しい顔立ち。オパールは古い金貨のような落ち着いた金髪に、黄色味の強いヘーゼルの瞳なので、並ぶと揃いで作られた色違いの人形のようだ。イレーネがちょっと口を尖らせて、オパールの頬をぷにりと突いた。
「美形兄妹ね。羨ましいこと」
「でしょう」
「イレーネのお母様は、イレーネとはまた雰囲気違う美人だったわね」
ややきつめの美人のイレーネだが、その母親はどちらかというと、ふんわりと可愛らしい印象の女性だった。
張り詰めた空気感など、一切ない。紹介された時、本当にイレーネの身内なのかと一瞬混乱した。
それでも母娘だと分かったのは、虹色に光を弾く銀髪と、瞳の空色がとてもよく似ていたからだ。「私は父様似なのよ」と苛立った声で吐き捨てるイレーネ。
「ああでも姉貴は父様……いや、女顔だから私か……私と母様を足して二で割った感じだから、間にいればちょうど良かったわね」
「そうなの?」
「それはお会いしてみたかったわ」
カナッペをつまむソフィア。イレーネもきゅうりのサンドイッチをかじる。
「最近は姉貴の体調も安定してきたし、どこかで会わせるわ」
「会わせるって」
「言い方」
「どーせ卒業後は姉貴の補佐だもの」
結局イレーネは、結婚はせず、次期当主である姉の補佐として家に留まることを選択したらしい。
砂糖菓子な母親は卒業間際になって色々言い出したそうだが、既に姉や弟たちとの話し合いも済んでいる。イレーネは、歯牙にもかけなかったらしい。
「姉貴の予定の管理も私だし。いくつか候補日上げてくれたら、適当にぶちこむわ」
「意外と早く実現しそう」
「イレーネはシゴデキだもんね!」
「そうよ、褒め称えなさい」
なお、姉本人もこちらに会いたがっているそうなので、それで大丈夫なのだろう。多分。
「フィフィの両親は?」
実はちょっと楽しみにしてた、とヘレンが言うと、フィフィはそっと首を横に振った。
「『粗相する予感しかしないからパス』だそうです………」
「なるほど……」
「残念」
気にする友人たちではないだろうが、出会った当初のフィフィの言動を考えると、納得の一言である。ちょっと情けない顔をするヘレン。
「ソフィアの婚約者は………」
す……とグラスを持ち上げ、口元を隠すイレーネ。
「…………真面目な方だったわね、ええ、とても」
「………うん」
「そだね……」
ソフィアの婚約者・オドラン辺境伯も、オパールの兄と同じように、この裏庭まで来てウルスラたちに挨拶してくれた。
南部守として樹海の開拓を指揮する武人でもある彼は、無骨ながらも大変に折目正しい人物で、ウルスラたちも好感を覚えた。
ただこの男、卒業祝いと別に、結納の品も渡してきたのだ。
南部辺境の風習で、本来、婚約時、婚約者の家族に贈るべき品を。何故か、ウルスラたちにも。
どうやら彼は、可愛い年下の婚約者の「家族と同じくらい大切な友人たち」という説明を、大変真面目に受け止めたらしい。裏庭に現れるなり、彼はウルスラたちの前で深く頭を下げ、こう言い出した。
『貴族としてのこの身と命は、国と民に捧げます。しかし、この魂は彼女を永遠に愛すると誓いますので!!どうか、ソフィア嬢との結婚をお許しください!!』
王族同士の結婚でもやらない、全力の宣誓である。その時のことを思い出したのか、扇子で額を押さえるソフィア。
「……真面目過ぎるくらい、真面目な人なの」
「そのようだな」
「アレだね、真面目って極めると、一周回って面白い感じになるんだね」
思わず同意すると、オパールが真顔で頷いた。超が付くほどマイペースな彼女までしばし固まってたのだから、辺境伯の奇行は相当なものである。
「……まあ………好きだけど」
「惚気だ!ソフィアが惚気た!」
思わず声を上げると、イレーネとオパールがにまにまにこにこしながら顔を近づけた。
「その指輪、オドラン辺境伯からもらったんでしょ?彼の瞳の色だし」
「ソフィアもペリドットのアクセサリー贈ったりしたの?ねえねえねえ」
「フィフィに聞いてよっ!!」
「いやあ〜、そこは守秘義務があるからな〜」
フィフィも、ニヤニヤしながらそう嘯いてみせた。ヘレンがソフィアの顔を覗き込む。
「珍しいじゃない。ねえ、こっち向きなさいよ」
「ちょっと!見ないでちょうだい!!」
そしてどうにか中身を八割程度にまで減らしたグラスを、ソフィアのグラスに軽く当てる。
「不誠実な屑野郎引っかけるより、ずっと良いじゃない。良かったわね」
「……ええ、ありがとう」
チン、と涼やかな音が響く。
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