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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
30/58

1-30. 簒奪者として

申し訳ありません、昨日は絶賛体調不良で死んでました……。「妹」編あと数話というところで……!



 耳をくすぐったのは、誘惑するように艶かしく、甘やかな声だった。思わず顔を上げる。



「何ィ吹き込まれたか知らねェが、思ってるほどイイもんじゃないぞ、あれは」


 サイプレスの槍がするりと剣をいなす。暗い緑眼と目が合った。


「いいじゃねェか、当初の予定通り中継ぎだけしていって、落ち着き次第テキトーな親戚に投げとけば。それだけ戦えて頭も悪くない、なら、どうとでも生きられるだろ?」



 その目は、ずっとウルスラを翻弄してきた人物とは思えないほど、静かで。



「俺なんか可愛いくらいの化け物どもと、一生、やり合う羽目になるぞ」




 ───ひどく、悲しげだった。




 息を呑み……思わず立ち止まる。


「そんなの、嫌だろ?」

「…………そうだな」


 ウルスラは臆病だ。

 一時の感情でカッとなることはあるが、基本的にはビビリで、意気地なし。()()友人たちに六年間揉まれて、依然この有様なのだから、多分もう一生変わらないだろう。



 だが。



「だが私は……誰かが絶望している横で笑っていられるほど、強くもないんだ」


 仮に当主代理を済ませた後、どこか遠くの地で、望み通り冒険者として生きていくことになったとしよう。



 きっと、故郷の良くない話を聞くたび、気になってしまう自分がいる。そして自分だけ首尾よく逃げ仰せた事実を、後ろめたく思うのだ。



「そうなるくらいなら、最初から一緒に一喜一憂したいな。……何も知らなかった頃には、戻れない」

 確かに、最初はただ、貴族の血を引く者としての義務感だった。



 けれど、冒険者として貴族として、何度も領地を巡った今、ウルスラは、民の顔を知っている。




 一人一人の声を、名前を、握った手の温度を、知っている。




 「デュボワ侯爵領、名ばかりの父の領地」以上のものを、知っているのだ。剣を頭の横に構える。

「戻れないなら、進むしかない、選ぶしかない」

 与えられた中で、一番ウルスラが後悔しなさそうな道がこれだった。それだけの話だ。


「うん、だから、まあ、なんというか、つまるところ」


 飛んでくるナイフを捌きながら、言葉を探す。出てきたのは、笑ってしまうほど単純な一言だった。




「実は私は結構、領民のことが好きらしい!」




 その上での打診なのだから、断る理由などない。緑眼が大きく見開かれた。



 一瞬動きが止まったところに、斜めに切り込む。はっとして、すぐにまた受け流すサイプレス。

「……くだらないな」

「だが、納得できる生き方だ!」


 この道を歩いて、友人たちのようにはなれないかもしれない。



 けれど、彼女たちに誇れる自分ではありたいな、と思うのだ。



 だからこそ、ウルスラの返事は変わらない。


「私は、私のためにこの道を選んだ。考えを改めたりなど、しない」


「……………ハッ」


 槍で肩を叩く。


「わざわざ面倒な方を取るとは、理解に苦しむなァ?」

「私からすれば、お前もよく分からないのだが?」

 低く構えながら問うと、サイプレスは煩わしげにウルスラを見た。

「すべての男が、お花畑如きに分かる単純野郎だとでも?」

「そうではない」

 再び斬りかかりながら、ウルスラは続けた。



「お前は、なんでもできるのに」



 いつも寝ていて、嫌味ばかりで、側近となる相手にも高圧的で横暴で。


 けれど、剣筋から日々研鑽を積んでいるのは明白だし、取り巻きたちは子犬のように大喜びで彼の後を追っている。


 加えて頭脳、武術の腕、ふとした時に垣間見える所作の美しさ。



 ウルスラなどは、気にする価値もない小娘だろう。だからこそ、謙遜や卑下ではなく、客観的に見て、心の底からこう思う。




「何故私のような小物に、いちいちかかずらうんだ?」

 わざわざ当主教育まで自ら請け負って、何故。




 すると、その瞬間。





 ───キン、と澄んだ音が響き渡った。





「……喋りすぎたな」


 ウルスラの剣を跳ね上げたサイプレスは、そう言ってとん、と槍の先を膝で蹴り上げる。

「今日は『こっち』の話し合いだってのに、無粋な真似ェしちまった」

 そして再び薄笑いを浮かべ、槍を構え直す。

「まァ許せ。代わりにとことん付き合ってやるからよ」

「……?おお!」

 

「そうだな!分かり合うにはこれが一番だ!笑顔!髪型!拳!」

「ハ?何の話だよ?」










 ……頭の上で、鳥が鳴いている。




 地面に突っ伏したウルスラに、声がかけられた。



「オーイ」



「生きてるかァ?」

「生きてる……」


 サイプレスの問いに応じると、じゃりり、と、いやあな感覚が口の中に広がった。砂が口に入ったらしい。

 が、吐き出す気力がない。サイプレスがその場にしゃがみ込んだ気配がした。



「いきなりぶっ倒れたから、驚いたぜ。角族は馬鹿力の反面体力が無いって、本当だったんだなァ」


「なんの……これしき………」


「無理すんなって」



 いつも通りケラケラ笑ったサイプレスは、ウルスラの目の前に、果実水の入ったグラスを置いた。視界の端に、見覚えのある革靴が見える。どうやら、チャイブに持って来させたらしい。すっかり存在を忘れていた。


 どうにか起き上がるも全てが億劫で、砂ごと水を飲む。果実の酸味と柑橘の香りは爽快だったが、胃が刺激されたせいか、腹のあたりからきゅるるー……と情けない音がした。

「お腹空いた……」

「……燃費も悪いんだったな、そういえば」

 生き辛そうな連中だとぼやきつつ、食事の手配を命じるサイプレス。


 チャイブから受け取ったタオルでがしがしと頭を拭きながら、建物の方へ歩いていく。


「俺ァ出かける。食い終わったら、馬車でさっきの場所まで送らせる。予定変更で出た不利益は、後日書面にまとめて請求しろ。それでこの件はチャラだ、いいな?」

「分かった」

 ようやく調子が戻ってきて立ち上がりかけたその時、サイプレスがぽつりと呟いた。



「……今まで、散々言って悪かったな」



 前を向いたまま、続ける。

「ありゃただの八つ当たりだ、忘れろ」

「忘れない!」

 そう言ってパッと顔を上げる。怪訝な顔をするサイプレスに、慌てて言い繕う。

「あ……いや、そういう意味じゃないんだ。ただ……すごいなって」


 勉強していてよく分かる。


 民を、国を守ることが、どれほど難しいか。どれほどの知識が、経験が、努力が必要か。


 進めば進むだけ、なんとなくで見ていた世界の輪郭が、はっきり見えてきて。その複雑さと残酷さに、絶望して。



 それでも何かを選び取らなければならない重圧が、常に肩にのしかかっている。



「……『これ』を幼少期から続けていた貴殿らは、本当にすごい」


 戦っている間も感じた。あれは、死に物狂いで努力した人間の剣だ。

「突貫工事の私とは、訳が違う。そうであるように育てられた存在……なるほど、納得だ」

 きっと、ウルスラがちっぽけなことに悩んでいた間にも、血の滲むような努力を重ねてきたはずなのだ。サイプレスも、……異母兄も。



「経緯や理由はどうであれ、私はその努力をドブに投げ捨てようとしている。非難されて当然だ」


「……」


「自分のやろうとしていることの意味と覚悟を忘れたら、それこそただの盗人に成り下がる。だから、忘れない」



 ウルスラは、奪う。


 ウルスラ自身のために、奪うのだ。



 そこまで考えて、にぱっと笑ってみせた。

「だが、謝罪は受け入れる。ありがとう、気にするな!」

「……そーかい」


 再び前を向いたサイプレスは、ひら、と片手を振った。





「なら、せいぜい踏ん張れよ、()()()()


「……!……ああ!」



ウルスラ・ユッテ・デュボワ

HP:C 攻撃力:S+ 

防御:A 素早さ:B

→怪力・頑丈だが、持久力とスピードにやや難があるイメージ。


お読みいただき、ありがとうございました。

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