1-29. 才能の対義語
開始の合図とともに、一気に距離を詰める。
(下手に加減をすれば、やられる!)
今の一瞬で分かった。恐らくサイプレスは、今までウルスラが戦ってきた中で、一番強い。
角族だから、馬鹿力だから、などと考えている余裕はない。振りかぶり、渾身の一撃を叩き込む。
互いの武器がぶつかり合った瞬間、サイプレスがわずかに槍の角度を変えた。
剣が槍の上を滑っていく。
「!」
金属同士が擦れ合い、不快な音を奏でた。鉄の焼ける臭い。
(受け流されっ……!)
「馬鹿力め」
笑いを含んだ声が、耳をくすぐる。
同時に、視界の端に影が映った。
「ッ!!」
ウルスラの力をそのまま利用した薙ぎ、続いて突きが襲い来る。咄嗟に腕を上げて薙ぎを受け、突きもギリギリで躱わした瞬間、角先にちりりとした違和感が走った。
(浅い)
突きはフェイクか。なら本命は。
(打ち下ろし!!)
案の定、背中側から穂が振り下ろされた。大剣で受け止める。
「………まァ、角は警戒するわなァ」
弾いて退け、胸の高さに大剣を構えて突っ込む。
「ハァッ!!」
するとサイプレスの槍が奇妙な軌道を描いて、ウルスラの大剣を絡め取った。次の瞬間。
───カァン!
「……ッ!?」
剣が跳ね上げられた。ウルスラの意識がそちらに行った隙を突き、足元にクロスした穂がかけられる。
そのままぐいと、槍を手前に引いた。ガクン、と体勢が崩れる。
「ちょっ……そう使うのか!?」
転びそうになるのを背筋と腹筋で強引に持ち直し、その反動で頭の高さを薙ぐ。
「おっと」
軽く屈んで躱すサイプレス。
拘束を外して距離を取ろうとするので、今度は斜めに剣を振り下ろす。
「セァッ!!」
すると、サイプレスは刃の交差した部分でウルスラの大剣を捕まえ、そのまま足元に引き落とした。
「ぅえ!?」
思わず前のめりになった一瞬、顔を狙った突き。耳を掠める一撃を躱すと、転ばされそうになった瞬間のことが、脳裏をよぎった。
(……引き戻し!)
反射的に首を傾け、背後から首を刈り取るような一撃を避ける。チ、と短い舌打ちが聞こえた。
「反応するか」
後退して距離を取り、体勢を立て直す。ぶぁと冷や汗が吹き出した。
(恐ろしく複雑な武器だ)
槍の形をしていて、その実、槍より攻撃のバリエーションが多い。
先ほどの足への攻撃も、真剣だったら片足がダメになっていただろう。左手首と右足首がずきずき痛む。
「………」
フー……と長い息を吐く。
ウルスラの戦い方は、角族の怪力と天性の戦闘センスを最大限、活かしたものだ。
要するに、持って生まれたものをただ振り回しているだけに近い。その手の繊細な技術は、ウルスラの馬鹿力と相性が悪すぎる。
オパールも、こっそり面倒を見てくれている武官科の教員も色々教えてくれているが、どうにも上手くできない。正直、その場の勘と勢いで対処してしまった方が早いのが、現状だ。
しかし、サイプレスはその真逆。
手足の延長の如き槍さばきに、針の穴を通すような正確無比の攻撃。
何をしても崩れる気配すら感じない体幹、魔法と言われた方がまだ納得できる磨き抜かれた技の数々。
嫌でも感じる。
(……積み重ねたものの違い、か)
と、同じく距離をとって様子を見ていたサイプレスが、ゆったりと口を開いた。
「……良い剣筋だな」
そう言うと、肩に乗せるように槍を背負う。
「勘もいいし、咄嗟の判断力も悪くない。これで剣を握ってまだ数年、ね。神が与えたもうた天賦の才ってやつか?」
ふ、と口元が弧を描く。
「いいねえ、羨ましいこった」
「……凄まじく嫌味だな」
対するウルスラは、剣を低く構えてぼやいた。
薙ぎ、突き、打ち下ろし。
守る、受け流す、避ける、こちらの力を利用する。
どれも完璧で、隙がない。あれは、「才能」なんてあやふやなものでは、とても追いつけないもの。
絶対的な鍛錬量と、経験値の差だ。
ケラケラと笑うサイプレス。
「謙遜すんなよぉ。俺とここまでやり合うのなんて、学園じゃオレガノとチャイブくらいだぜ? 大したモンだ!」
そう言うと、おもむろに槍を頭の高さに構えた。身構える。
「……───のに」
ウルスラには届かなかったその一言と同時に、サイプレスが槍を投擲した。
(武器を手放した!?)
内心の動揺とは裏腹に、剣は冷静に槍を弾いた。次の瞬間。
眼前に、銀に光る刃と、緑眼。
「……!?」
甲高い金属音。刃が交差した向こう側を、ウルスラはぎ、と睨んだ。
「……隠し武器……!」
「『武器は一種類』とも、『一つだけ』とも言ってねえだろ?」
ナイフを片手に、ねっとりと問いかけたサイプレス。種明かしをするように、余った手で上着の内側を見せる。
ウルスラを襲ったのと同じ、銀色のナイフが、ずらりと並んでいた。不敵に笑い、二本目を抜く。
「噓は、吐いてないさ。噓はな?」
くん、と膝を軽く落とし、懐に入り込む。同時に視界に映り込む、銀色。
(速い!!)
かわしきれない。腕を持ち上げ首を守る。
「……ッ」
刃が入ったのは、肘。
しかも神経が集中する辺りだった。肘から先の腕に、痺れるような痛みが走る。
「刃引きはしてあるが、こういう使い方はできる」
意地の悪い声が囁く。
「勉強になったな?」
胴に蹴りを入れようとするも、サイプレスの方が一瞬速かった。素早く飛び退き、地面に刺さった槍を抜く。
その隙に剣を持ち替えて構え直す。サイプレスはとん、と槍で肩を叩いた。
「さァて……どんどん行くぞ」
宣言通り、猛攻が再開される。
ナイフを構えれば体勢を低くして、一気に懐に潜り込み、機動力と手数でこちらを圧倒する。
大剣の間合いに持ち込むと、今度は槍で受け流される。ならば槍を拾わせまいとするも、立ち回りはサイプレスの方が上手い。思うように動けない。
八つ当たり気味に怒鳴る。
「……っ本ッ当に何でもできるな、貴様は!?」
「器用貧乏なもんでね。損な役回りさ」
しかし、サイプレスは相変わらず皮肉っぽい薄笑いのまま。繰り返す金属音。
何度目か分からない交差した刃の向こうで、唇が言葉を紡いだ。
「なあ、当主なんかやめとけよ」
「……!?」
才能の前に立ちはだかるものがあるとしたら、積み重ねたもの(=努力)だと思うんですよね。逆も然り。
お読みいただき、ありがとうございました。




