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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
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1-28. 「話し合い」



 珍しく無言のサイプレスと共に馬車に揺られ、たどり着いたのは、裕福な平民の邸が立ち並ぶ一角だった。



 荒れ放題の庭を抜け、古びた邸に足を踏み入れる。




 照明がなく、薄暗い玄関ホール。あちこちに山となっている廃材に、中段辺りが半分崩れた大階段。




 顔を上げると、吹き抜けの天井近くの窓が、一つだけ板で塞がれていた。首を傾げる。

(割れたのか?あんなところが?一箇所だけ?)


「……石でも投げ込まれたのか? ………廃墟?」

「似たようなモンだな」

「ここは我が君の拠点の一つです」

 サイプレスが適当に流すと、いつも通り傍らに控えていたチャイブが補足を入れた。



「強盗により家人が虐殺されて以降、『幽霊が出た』『借主に不審死が続いた』ともっぱらの評判。近隣住民の間で幽霊屋敷として名を馳せている、筋金入りの事故物件でございます」


「今必要だったか、その情報!?」



 用件を聞いてないのに、既に帰りたい。






 ビクビクしながらさらに歩を進めると、ウルスラは、中庭をごっそりくり抜いたような鍛錬場に案内された。





 両手を組んで伸びをしながら歩いていたサイプレスは、顔だけでこちらを振り返った。



「悪いなァ、卒業前にもう一度、テメェとサシで話してみたかったんだ」


「言ってくれれば、予定を空けておいたのに」



 お陰で、今日の予定は全て組み直しだ。思わず愚痴ると、サイプレスは肩をすくめた。


「事前に話を通すと、あの女にバレるだろ? それじゃあ意味がねえ」

「『あの女』?」


 問い返すも、サイプレスはウルスラから目を逸らし、訓練場の一角───訓練用らしき武器が並べられている辺りを見やった。

「こっちの話だ。それより、その中から好きなもん選べ」

 そうして、ちらとウルスラの背後を見る。

「鞘から抜かなけりゃ、その背中の得物でもいいぞ。なんでもいい、真剣そのものでなければ」

「?何の話をしている?」

 尋ねつつも、いつもの癖で背中の大剣を手に取る。いつもの取り巻きたちは今日はいないらしい。

 邸の中は、とても静かだった。


「話したいんじゃなかったのか?」

「無論」

 短く応じると、並べられていた武器のうち、槍を一本、手に取った。



 穂の根元に、もう一本刃が垂直にクロスしたような形の槍。


 それを目の高さまで持ち上げ、丁寧に重さや歪みを確かめる。



「まァそうは言ったが、言葉なんぞいくらでも取り繕える。俺たちは武人だろう?」

 

 そう言うと、槍をくるりと手元で回して、切先をこちらに向けた。



「なら、『コレ』が一番手っ取り早い」



 にやりと笑う。

「そうだろ?」

「……ああ!」


 そういう「話し合い」なら大歓迎だ。その場で大剣を構える。






 ───あれは、いつのことだったか。



 白く光る日差しの中、いつものようにサイプレスの取り巻きとオパールが対戦していた。


 なんとなしにその様子を眺めていると、視界の端、つまらなさそうな顔をしたサイプレスが芝生に寝そべっているのが見えた。


 ふと、疑問が脳裏をよぎる。



「……サイプレスは戦わないのか?」



 口をついて出た言葉に、近くにいたチャイブが顔を上げた。反応があったのをいいことに、そのまま会話を続ける。

「奴が戦っているのを、見たことがない」

「ああ、なるほど」

「オパールもなーい」


 オパールが前蹴りで相手と距離をとりながら、会話に割り込んだ。



「サイプレス、授業出ないんだもん。実技も」



 そう言った端から、くあ、とあくびをするサイプレス。だらしない、と呆れていると、チャイブが目を細めて答えた。

「お強いですよ」

 そして胸に手を当て、高らかに謳った。


「その凄まじさはまさに、エヴァキア山の猛吹雪の如く!!」

「え?エヴァ……?」

「オイ、そいつの言うこと真に受けるなよ。すーぐおだてて誇張しやがる」






 ……なんてやり取りをしたのが、最後だったはず。わくわくしながら、所定の位置に着く。


「制限時間無し。降参するか、戦闘続行不可能になったら終了。ケガは翌日に差し障りのない程度に抑える。そんな感じでいいか?」

「ああ」

「開始の合図は、僭越ながらわたくしが」

 軽くルールを決めると、チャイブが審判の位置に移動した。サイプレスは対面に立ち、槍を掲げる。


「んじゃ、やるかァ」


 呑気にそう言って、構えた瞬間。






 ───空気が、変わった。






 ひやりとした気配が頰をなでる。



 今は夏。立っているだけで汗の滲む気温なのに、まるで吹雪の只中に放り込まれたようだ。



(……強い)



 どこが、とも、何が、とも言えない。生憎ウルスラは、そこまで理論的な質ではない。





 ただ、武器を持つ姿は指先まで美しく、立ち姿には寸分の揺らぎもない。





 愛用の大剣を握り直す。サイプレスは厳かに口を開いた。

「……聖なるエヴァキア山と吹雪の御使いの信徒、凍れる大地の民の末裔」



 暗い緑の目が、ぞっとするほど冷たく、ウルスラを見据えた。





「三砦が一隅サイプレスが長子、………参る」



「ウルスラ、推して参る!!」




 名乗りを上げる。チャイブがす、と手を上げ……下ろした。



「始め!!」


お読みいただき、ありがとうございました。

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