1-27. 打診と忠誠の先
「それは……一時や中継ぎではなく、正式に、ということでしょうか?」
「もちろん」
ウルスラが確認するように問いかけると、宰相は優雅な仕草で紅茶を一口飲んだ。
「何を驚くことがある? そもそも君が一番正統で正式だ」
「法律上でも継承順位は最上位です」
宰相の横で気配を消していた法務大臣が短く付け加えた。それはそうなのだが。
「君が証拠書類と共に提出した、領地の現状についての報告書。読ませてもらったよ」
はっと息を呑む。三つ目がじっとこちらを見据えていた。
「話してみた感じ、実際の君との齟齬もない。頭の回転も良さそうだ」
歌うように続ける。
「武官科の成績は良好、淑女科の方も悪くないとくれば、三砦としてのお役目や執務もどうにかなるだろう。ああ、武官科の件はご実家には知らせていないから、安心しなさい」
先ほどの「おしゃべり」は、その確認だったらしい。思わず顔が引き攣る。
(こ………ッの、腹黒三つ目〜!!)
そんなウルスラの内心を知ってか知らずか、袖で口元を隠し、ころころと笑う。
そして、穏やかにこう言った。
「デュボワも古い一族だ。そろそろ、新しい風が必要だろう。……なに、現状、民への影響は小さい」
ならば、堕ちるところまで堕ちきってもらおうではないか。
そんな心の声が聞こえるような、悪意のある笑みだった。政治の闇にうんざりしながら、一応聞いてみる。
「閣下に後見を務めていただいて今すぐ継ぐというのは……?」
「……あまりこちらがあからさまに口出しすると、今度はこちらのいざこざに巻き込む恐れがあるが」
その言葉に「王位争い」という単語が脳裏をよぎった。青ざめるウルスラに、ニコリと微笑みかける。
「そちらがお望みかな?」
「いいえ!!」
既に三砦が一隅・テルセン辺境伯家が、王位争いに首を突っ込んでいたはずだ。これ以上はまずい。即答して全力で首を横に振る。
「まあ、そうでなくともデュボワは脳き……個の武勇こそ全てだ。我々が口を出したところで、分家たちの反応が大きく変わるとも思えんがね」
「ソウデスネ……」
棒読みで応えると、宰相は小さく首を傾けた。
「そんなわけで、継いだ後のことはほぼほぼそちらに丸投げになってしまうのだが」
「我々も悪鬼ではない。何の覚悟もない少女にいきなり、国防の要たる家の舵を取る決断を迫る気は───」
「……いえ」
立ち上がり、右拳を左胸に当てる。
「そのお話、謹んでお受けいたします」
サイプレスによる当主教育は、そろそろ終わりだと言われている。宰相による評価でも許容範囲内だというのなら、それなりに仕上がってはいるのだろう。
ならば、ウルスラに断る理由はない。騎士として、首を垂れる。
「我が忠誠は、この国とデュボワの民のために……」
「……ほう!」
ウルスラの返事を聞いた宰相は、三つの目全てを見開き、ガタリと立ち上がった。
「話が早いのは嫌いではないな。では、その方針で動くとしよう。お二人もそれでよろしいかな?」
「我々の意見が入る余地があったとは、驚きですな」
「法的には問題ありません」
空気になっていた監査室長と法務大臣が、呆れた様子で手元の書類を操り始めた。宰相の前で、彼らに発言権はほぼないらしい。
今後のことは、また改めて連絡することになったので、さっさと退去の礼をして帰ることにする。扉を開けようとしたその時、ふと背後から声がかかった。
「……君をここまで導いたのは、誰かな」
振り返ると、宰相は逆光の中目を眇めてこちらを見つめていた。
「とても、君一人の発想とは思えない」
「…… 私は、私の意思でここまで来ました」
微笑み、振り返る。
「それ以上でもそれ以下でもありません」
そう言って、再び騎士の礼を取って踵を返した。
「結局、ウルスラが継ぐことになったんだ!?」
週明け、友人たちに宰相との会話を報告すると、フィフィがランチボックスのゆで卵を片手に声を上げた。
クロスで口元を隠したソフィアが、短く咎める。
「フィフィ」
すると、フィフィは慌ててゆで卵で自分の口を塞いだ。サイプレスに人払いと見張りを頼んだとはいえ、口外無用の機密事項である。
「じゃあ、使用人が必要ね」
ヘレンはいつも通り冷静な声で言うと、イレーネと交換したサンドイッチを手に取る。
「こっちでも探してみるけど、ウルスラも採りたい子がいたら唾つけといて」
「ああ……?」
頷きつつもきょとんとしているウルスラに、イレーネが吐き捨てた。
「アンタ、屑当主と屑息子に唯々諾々と従ってた連中、信用できる?」
「無理だ」
「でしょ」
小さいウルスラを槍の柄で叩いた兵士達の顔が、脳裏をよぎる。
そうか、執務の引き継ぎ以外にも、今の使用人たちのうち、誰を残して誰を首にするのかという判断も必要なのか。さぁ〜……っと青ざめる。
「ヘレン手伝って!!」
「いいけど、実際会って話さないとなんとも言えないからね? 口実はそっちで作りなさいよ!?」
「ありがとう!!」
ウルスラの知る限りにおいて、一番人を見る目のある友人に即座に縋り付く。現状でも良くしてくれる使用人はいるので、その辺りは残すだろうが、後はさっぱり分からない。ウルスラは執務に一切関与していないので、当然だ。
暗に、それだけのために北の辺境まで来てくれると言ってくれるヘレン。口実くらいいくらでも作ろう。
「オパールも使用人希望の子、探しとくねー!」
「サイプレス一族からも紹介しましょう。見繕っておきますね」
「ありがとう……」
オパールとチャイブが笑顔で申し出た。オパールはともかく、サイプレスの方は絶対間諜だろうな……と遠い目をしながら頷く。
しかし目端の利く使用人が来てくれるのはありがたい。素直にお礼を言っておく。
「……………………」
季節は巡り、六年の夏休み。
ウルスラは王都にいた。
父と異母兄が裏帳簿の紛失に気がついた場合、疑われるのは間違いなくウルスラだ。万が一のことがあってはいけないと、摘発まで王都に留まるよう、王城監査室と宰相室に言い渡されたのである。
ふんわりとだが事情を伝えたガーデロン子爵の口添えもあり、現在はソフィアの邸に滞在しつつ、ギルドの仕事に励んでいる。
(今日の依頼は〜っと)
引き受けた依頼リストを見ながら、ふと宰相室から届いた手紙を思い出す。
父と異母兄は、順調に罪を重ねているらしい。
何度かそれとなく自首の機会を与えたらしいのだが、それも無視したとか。……隠す意図があるのだ。
これで遠慮なく刑が執行できると、実に楽しそうな文面だった。ちょっとうんざりする。
(あの宰相と揉めたくないなあ……)
確か、彼は第二王子派筆頭貴族だったはず。デュボワ家は王位争いで中立を貫く予定だが、最悪でも、第二王子派にだけはケンカを売りたくない。
人気のない道に足を踏み入れる。ここを通れば、ギルドへの近道だ。
と、後ろから馬車の音が近付いてきた。
(珍しいな)
振り返ったその時。
ギッ!
一台の馬車が、ウルスラの真横に急停車した。咄嗟に距離を取ろうとして、背中を壁にぶつける。すわ襲撃かと、愛用の大剣の柄を掴んだ。
窓のカーテンが開き、中の人物が顔を見せる。
「よーぅ、お花畑ェ」
「サイプレス!?」
いつもと同じ薄笑いを浮かべたサイプレスは、感情の読めない声音でこう告げた。
「ツラァ貸せ。お前に用がある」
お読みいただき、ありがとうございました。




