1-26. 事情聴取
デュボワ侯爵夫人一行をどうにかやり過ごした後、予定通り軽く庭を見て回る。確かに綺麗だったが、近付くと色も香りも主張の強い花ばかりで、どこかごちゃごちゃしている印象を受けた。
(フィフィやソフィア目線だと、どういう評価なんだろう、これ……)
単純に自分にセンスがないだけなのか、悩むウルスラである。
無事部屋に戻ると、レーチェは満足気に微笑んだ。
「我が君は、此度のデュボワ嬢の働きを喜ばれることでしょう。お疲れ様でした」
軽く礼をして、来た時と同じように去っていく。
最初から最後まで、徹頭徹尾、音のしない人だった。そのそつのなさに、思わず嘆息する。
(うちにも、ああいう人材はいるんだろうか……)
サイプレスの協力あってこそとはいえ、ウルスラがああもしれっと侵入できたあたり、いなさそうである。
翌日は学園に戻る日だったので、素知らぬ顔で馬車に飛び乗った。これでもう、父と異母兄の手はそう簡単にウルスラには届かない。
監査室長の令息経由で相談していた監査室からウルスラが呼び出しを受けたのは、裏帳簿を提出した一ヶ月後。六年の初夏のことだった。
「───これで事情聴取は終了です。お疲れ様でした」
担当の監査官が、とん、と調書の角を机で揃えた。初めての王城と独特の空気感に緊張しきりだったウルスラは、ほっと胸をなで下ろす。
とはいえ、ウルスラは不正に関して提出物以上のことは知らないので、引き取られてからの生活を話した程度だが。頭の後ろを掻く。
「何か、質問はございますでしょうか」
「領民は……デュボワ家はこの後、どうなるでしょうか」
真っ先に不安に思っていたことを聞くと、監査官は優しく微笑んだ。
「当主と後継の犯罪ですから、ご不安ですよね。大丈夫、そんなに酷いことにはなりませんよ」
監査官曰く、デュボワ家は国境防衛に重要な家であるので、表立って家に責任を取らせる可能性は低いという。
「それに、我が国の法で横領は、実行犯と事実を知った上で使い込んだ者で贖うようになっています。今回の場合は、お父上と兄君。あとはその協力者、というところですね」
ただ、額が額なのでデュボワ家からも一部負担してもらうことになるだろう、とのことだった。とはいえ、と穏やかに続ける。
「民に罪はありませんし、内密な処分となりますので、負担方法については配慮があると思われます。ウルスラ嬢個人に請求が行くこともございません」
「……それなら良かったです」
元々領主の影が薄い経営状態だし、そういうことならどうにかなるだろう。
父と異母兄は知らない、自業自得である。
ウルスラの心情を知ってか知らずか「他に質問は」と問いかける監査官。
「ありません」
「分かりました。この後ですが、デュボワ侯爵令嬢に会っていただきたい方々がいます。このまま、お待ちください」
言われた通りしばらく待っていると、文官服を纏った壮年の男が三人、入室してきた。一人ずつ名乗る。
「監査室長のカイラムである」
「法務大臣のテグロスです。そしてこちらは……」
ちらと目を向けられたのは、ウルスラの正面に座す、三つ目の男。
場所的に、恐らくこの場で一番地位が高いであろう彼は、にっこり笑ってこう名乗った。
「ユーフラティス・ジード・ガラクだ」
「……!?」
「よろしく頼むよ、デュボワ侯爵令嬢」
ガラク。その家名は。
(アロイジア王家・シュゼイン公爵家に並ぶ建国御三家の一つで、三つ目の賢人の血を引く一族では……!?)
あとその名前は、現当主で、宰相閣下の名だった気がする。案の定、テグロス法務大臣が「宰相殿です」と補足を入れた。
何故ここに。不審に思いながら笑顔を貼り付ける。
「……こちらこそ。お目もじ叶い光栄です、宰相閣下」
余談だが、ガラクは呪術師の一族でもある。ウルスラと父の血縁鑑定をしたのも、ガラク一族に連なる呪術師であるはずだ。
為政者でもある呪術師は、穏やかに告げる。
「驚かせて悪いね。本来なら横領程度、我々が出張ることはないんだが、ことが北部三砦が一隅だ。政治的都合、というものがあってね」
「はあ……」
気の抜けた返事をすると、彼は組んだ手の上に、顎を乗せた。
「さて、ウルスラ・デュボワ。まずは私と、少しおしゃべりしようか」
宣言通り、宰相とウルスラは「おしゃべり」をすることになった。
話題は、主に領地のことや政治について。緊張で味のしない紅茶とクッキーをつまみつつ、サイプレスや友人たちに教わった知識を引っ張り出して応じる。
しばらく話して満足したのか、宰相はご機嫌な様子で足を組んだ。
「うん、うん、悪くない」
監査室長が横目で宰相を見やる。
「満足されましたか」
「ああ。これなら及第点だ。さて、本題に入ろう」
そう言うと、居丈高に言い渡した。
「分かりきったことではあるが、先に伝えてしまおう。ウルスラ・デュボワ。これから君の父と異母兄は、王家を欺いた責を取り、侯爵位とその継承権を失うことになる」
「……!」
「その場合、次期当主が決まるまで、前当主に近い成人が代理を務めることになるだろう」
今のデュボワだと、ウルスラの義母であるデュボワ侯爵夫人が執務を代行することになる……のだが。
「現デュボワ侯爵夫人は、元ペチュリー伯爵令嬢だ。ペチュリー家はサイプレスの分家、サイプレス一族によるデュボワ一族の乗っ取りが危惧される事態と言える」
少なくとも、デュボワの分家たちはそう考えるだろう。何度も言うようだが、サイプレスとデュボワは仲が悪い。
「他の候補としては現デュボワ侯爵の兄弟がいるが、デュボワは総じて野心が強い。仮に夫人を代行候補から除外したとしても、すんなり決まるとは思えないな」
当主代行の立場は、どうあっても次期当主選定に有利だからだ。そしてここを上手くやり過ごしたとしても、今度は次期当主は誰かという話になってくる。
短く吐き捨てる。
「次期当主どころか代行の時点で揉めるなど、冗談ではない」
宰相は笑顔だったが、纏う空気は辛辣だった。死ぬまで閉じることはないという第三の瞳が、「お前も元凶の一人だからな」と言っているようで、実に居た堪れない。
(ええい、開き直れ!笑顔!!)
にこ〜……と笑みを深めると、宰相は、満足げに頷いた。
「そこで、提案だ。デュボワ侯爵第二子第一令嬢、ウルスラ・ユッテ・デュボワ」
最も正式な呼び方で呼ばれ、ウルスラは反射的に背筋を伸ばした。
「摘発は遅らせる。卒業と同時にデュボワ侯爵を代行し、そのまま後を継がないか?」
「!」
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