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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
25/59

1-25. 潜入


 決行の朝。



 予定通り目を覚ましたウルスラは、ちりん、とベルを鳴らした。

「おはようございます、お嬢様」

「おはよう、リベラ」

 そう言うと、初対面の頃よりはるかに柔らかい態度になった侍女に、微笑んでみせる。



 名前を覚える。挨拶をする、お礼を言う。

 相手の動きや姿をよく観察して、適切な声かけをする。



 言葉にしてみればごく当たり前の、しかし徹底しようとするとなかなか難しい助言の数々。それらをきっちり実行した結果、邸はウルスラにとってそこそこ居心地のいい場所になっていた。

 貴族令嬢らしく、朝の身支度を手伝ってもらう。

「今日、父上と異母兄(あに)上は一族の会合だな?」

「はい」

 居心地の悪さを誤魔化すように口を開くと、リベラは柔らかに肯定した。



「なら、庭を散歩してもいいだろうか? せっかく天気も良いし!」



 貴族の嗜みとして、デュボワ侯爵邸には美しい庭園があった。自室の窓越しにしか見たことのないそれを、歩いてみたいと要望する。

 ウルスラの監視も言いつけられているだろう彼女は、困ったように眉尻を下げた。

「お嬢様……」

「危ないところには近づかない!庭の花にも触らないから!」

 そう言って、慌てて食い下がる。だめ押しで、オパールがよくやっているおねだりポーズをしてみた。

「ね?」

 逡巡し……ややあって、小さく息を吐く。



「……せっかくの長期休みにずっとお部屋の中というのも、気が滅入りますものね」



 そして、眉尻を下げて微笑んだ。

「午後からであれば、どうにか都合がつけられますよ。お付きはレーチェでよろしいですか?」

「ああ!」

 とびきりの笑顔を向ける。


「ありがとう、リベラ!」


「いえ、こんなことしかできず、申し訳ありません。……旦那様も若様も、もう少し………」


 小さなつぶやきは、聞かなかったことにした。

  




 午前中は本を読んで過ごし、昼食を終えると、約束通りレーチェがやってきた。

 慇懃に一礼し、無表情で告げる。


「上手くやりましたね」


 近づき、ウルスラを動きやすいドレスに着替えさせながら、淡々と続ける。

「もう二、三、策を準備してありましたが、使わずに済みそうです」

「そうか、良かった」

 ウルスラも緊張しながら応える。



 ───レーチェは、サイプレスがデュボワ侯爵邸に潜り込ませている影だ。



 チャイブの……姉妹?同郷?らしい。

 今回ウルスラが裏帳簿を探るのを、手伝ってくれる。


 レーチェとともに邸内を移動し、目的の部屋───執務室に向かう。誰ともすれ違わず扉の前まで辿り着くと、レーチェが先に中に入り、異常がないことを確認した。出てくると、短く告げる。

「問題ありません。私は見張りをしております。……ご武運を」

「ああ」

 その一言とともに、入れ替わりで執務室に入り込む。



 目的のものは、執務室に入って左の壁一面に埋め込まれていた。




 “再起の門”。


 先祖が時の国王から賜った呪具。



 あらかじめ登録した持ち主とその近しい血縁者以外、開けることができない、特殊な金庫。




 その性質上、サイプレス家の影でも、この中は調べられていない。

(でも私なら開けられる。……中身を、調べられる)

 父と異母兄は不在、父と異母兄の息のかかった使用人たちは、リベラたちとサイプレスの手の者が遠ざけている。今が好機だ。

 持ち込んだナイフで指先を少し傷つけ、サイプレスから教わった手順で中央の装飾に触れる。



 かちん。



 どこかで何かが噛み合う音がした。中の仕掛けが動き、

(開いた……!)

 ほっとし、すぐに気を引き締める。肝心なのはここからだ。分厚い扉を開けると、そこには、大小さまざまな木箱や文箱、布貼りのアクセサリー箱などが雑多に積まれていた。

 自分の寮の部屋の様相を思い出して、ちょっと眉を顰める。


(こういうところに血筋を感じたくはなかったな……)

 仕方がないので、とりあえず一番手前の箱を開く。


 最近の日付の帳簿。しかしその内容は、サイプレスからもらっている表帳簿と微妙に違う。



 裏帳簿だ。



 今度こそ息を吐く。


(件の大嵐があったのは、二十一年前)

 不正があったであろう時期を考慮して、そっと書類を取り出す。

『ガサ入れのネタになればいいんだから、ほどほどに古くて、持ち出してもバレにくいやつにしろよ』

 最近の分を持っていくと、すぐに紛失が発覚するだろう。ならば選ぶのは、古いものだ。

 サイプレスの忠告を思い出しつつ、抜き取ってみた部分を確認し、ひとつ頷く。ちゃんと証拠になりそうだ。箱のそばに日記も入っていたので、ついでと言わんばかりに中を覗く。



 ───案の定というか、異母兄と婚約者は上手くいっていないらしい。



 婚約者が異母兄を厭っているのはもちろんのこと、異母兄も、思い通りにいかない婚約にだんだん焦れていったようだ。そして最終的に、謎の方向転換をした。


 曰く、「生意気な女とはさっさと婚約解消して、孕んだ女を妻にすればいい」と。


 しかしそうすると、持参金の返還や慰謝料の支払いが生じる。横領した金で払えなくもないが、そうすると、しばらく豪遊できなくなる。

 そこで、ウルスラをガーデロンに売ることを思いついたのだという。危うく日記を破くところだった。なんなんだ、この父子。



「私は貴様らの換金材料じゃないんだが!?」



 というか、婚前交渉は普通に醜聞だ。まともな貴族令嬢が応じるはずがないだろう。日記を机に叩きつける。


 しかも、「次もこの方法で稼げる」という主旨の記載もあった。いっそ呪殺されろ、こんな連中。



 鼻息荒くふと箱の中を見ると、明らかに抜き取る前と厚みが変わってしまっていた。これはマズイ。奥の方から重要度の低そうな書類を探して入れ、厚みを誤魔化す。

 証拠以外の全てのものを元の位置に戻して扉を閉じ、血を拭き取ると、再び金庫は閉ざされた。



 書類を抱えて、そそくさと部屋を出る。



「フー……」



「……ウルスラ様」


「ッ!?」


 慌ててそちらを見ると、レーチェがすぐそばに佇んでいた。

 そういえば見張りを頼んでいたんだった。ほっと息を吐く。


「首尾は?」

「……ああ、これだ」

「確かに」


 受け取ると、素早く帳簿を確認するレーチェ。そして満足げに頷くと、スカートの中に書類をしまいこむ。

「十分です。目標を達成した以上、長居は無用。さっさと庭に移動して、適当に回ってから部屋に戻りましょう」

「ああ」

 曲がり角まで早足で移動し、そっと周囲を窺う。


 ここは、本来ウルスラが通ることのない廊下だ。出入りを見られては困る。



 安堵のため息を吐いて、一歩踏み出す。と。



「ウルスラお嬢様?」



 ぎくりと背筋を伸ばす。




 振り向くと、見慣れない一団がこちらを見ていた。


 先頭には、赤髪の美しい妙齢のご婦人。ウルスラを呼んだのは男の声だったので、隣にいるお付きの男性だろう。首を傾げる。

「……? 失礼、どなたかな」

 今日は来客の予定はないと聞いている。首を傾げると、貴婦人は優雅に微笑んだ。


「初対面でしたね。初めまして、私はブリアナ・ユッテ・ペチュリー=デュボワ」


 そして、美しいカーテシーを見せた。

「デュボワ侯爵夫人、と言った方が伝わるかしら。ご機嫌よう、ウルスラさん」

「ああ!」


 デュボワ侯爵夫人は、サイプレス一族のペチュリー伯爵家の令嬢だ。髪は見事な赤髪だが、瞳はサイプレスの取り巻きたちに似た、わずかに灰色がかった淡い水色。生家からの援助と共に嫁いできて、息子───ウルスラから見た異母兄を産んだ。


 しかし、我が子を義両親に取られた挙句、夫と義両親の暴言・暴力。


(愛想を尽かした現在は、敷地内の離れで生活している……と。まとめるとそんなところだったか?)


 何故、今日に限って本邸に。ああ、父と異母兄がいないからか。ともあれ、何もありませんでしたよ、という笑顔で挨拶をする。

「私の名付け親殿か、ご挨拶が遅れて申し訳ない」

 ピシリと、右拳を左胸に当てて礼をする。

「ウルスラ・ユッテ・デュボワです」

「こんなところで、何をしていたの?」

 ぎくりとするも、笑みは崩さない。


(………大丈夫)


 言い訳は、準備してある。あとは堂々と話せばいいだけだ。


「実は庭に行く途中、髪飾りの宝石が取れて、こちらに転がってしまいまして……取りに行っていました」

 そう言って、頭に着けている髪飾りの辺りを指差し、あらかじめ外しておいた真珠を見せる。

「婚約者のガーデロン子爵からいただいたものなので、失くしたくなくて……。だ、ダメだったでしょうか……?」

 あえて罪悪感を隠さずに問いかけると、デュボワ侯爵夫人は真っ赤な唇でそっと言葉を紡いだ。



「……ウルスラさん、貴方……」



 背後のレーチェが、微かに殺気を放つ。



 静まり返った廊下。緊張を押し隠して微笑み続けると、彼女はそっと言葉を落とした。





「…………いえ、なんでもないわ。……気をつけなさいね」



お読みいただき、ありがとうございました。

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