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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
24/59

1-24. 急転


 数ヵ月後。



 昼休み、いつものように裏庭で勉強会をしていると、サイプレスがチャイブを伴って現れた。




 珍しく機嫌良さげな彼に訝しく思っていると、主君の登場に気がついた取り巻きたちが顔を上げる。

「我が君……、……!」

 サイプレスが鼻歌まじりに片手を上げる。


 すると、駆け寄ろうとした取り巻きたちがはっとした顔をした。



 次の瞬間、パッと散開してどこかに消える。



 軍隊のように洗練された動きに驚きつつ、首を傾げるウルスラたち。

「?」

「人払いと見張りだ。内容が内容だからな」

 そう言うと、サイプレスはにやりと笑って、懐から書類の束を出した。

「さて……待ちわびたネタが上がったぞ、お花畑」




 ざあ、と頭上の枝葉が不穏な音を立てる。




 書類の題名を確認したソフィアは、さっと青ざめた。以前サイプレスが取ってきたデュボワ家の帳簿を引っ張り出し、震える指で数字をなぞる。

「……これ……デュボワ家の謎の収入と、時期と額がぴったり一致するわ」

 ウルスラも、書類に触れている手に力が入るのを感じた。

「不審な収入はこれか……!」




「……王家からの災害復興支援金の、私的利用……っ!」




 ──ウルスラたちの生まれる、四年前。北部辺境一帯に、大嵐が直撃した。



 ただでさえ、地理的に滅多に嵐の来ない北部辺境の地。その被害は甚大で、自力ではとても復興の資金を準備できない貴族もいた。困った彼らは王家に助けを求め、そして王家は、助けを求めるその声に応えたのだ。



 どう手に入れたのかは知らないが、書類は、その復興支援金の支給時期と、金額をまとめたものだった。


 申請書の写しらしきものもある。イレーネが、悍ましいものを見る目を紙面に向けた。

「場所によっては、土地ごと放棄しなければならないほどの大災害だった。……今も、復興途中の領地もある」

 そう言ってちらとサイプレスを見やると、サイプレスは軽く肩をすくめた。

「便乗すりゃイケると思ったんだろうなァ」

「北部三砦は、対軍国国家防衛の要よ。王家側も、支給にあたって口うるさいことを言って、面倒を起こすことを避けたのね」

 ふと、サイプレスやガーデロン子爵の言葉が脳裏をよぎる。



『三砦が一隅が揺らぐということは、国の安全が揺らぐということ』


『デュボワは三砦が一隅、揺らげば影響も大きい』



 まさか、その立場をこんな形で悪用するなんて。

 ソフィアが眉根を寄せると、サイプレスが起き上がりこぼしのように後ろに傾いた。


「まして、今の王城は王位争いの真っ最中、王城財務は不正の温床だからなァ? わざわざ辺境くんだりまで乗り込んで被害状況を確認しに来る奴ァ、いなかったんだろ」


 ケラケラと笑うと、フィフィがちらとウルスラの方を見た。

「ウルスラが領地回った感じでも、間違いない……んだよね?」

「該当地域には何度も行った、ここに書かれているような治水工事も街道の復旧作業も、現在行われていない!」

 この話し合いの数日後に、再度、現地の様子を見に行った。ダメ押しで、当時からいる住人にも確認した。


 復興作業は、完全に終了している。




 イレーネがバン!と帳面に拳を叩きつけた。


「もうこうなってくると、穏便にどうたらとか言ってらんないわよ!?」

「ヘタをすると、ウルスラまで連座だわ」


 ソフィアが唸るように言うと、ヘレンが静かに口を開いた。

「ウル。知り合いに監査室長のご子息がいるけど、繋げようか?」

 いつもと変わらない、冷静な眼差しを向ける。

「相談って形で、内密に通報すればいいと思う」

「頼む」

「それが良いだろうな」

 これは王家への背信行為であり、詐欺だ。サイプレスが嗅ぎつけた以上、監査室が本腰を入れて調べれば、すぐに勘付かれる程度の隠し方なのだろう。目をつけられる前に行動しなければ。


「確かにこれはとんでもない報告、だな……」

「だろ?」


 サイプレスが人払いをしたのも頷ける。そのサイプレスは、薄笑いのままパッと手を広げた。

「まァだが、これなら証拠掴んで監査室に投げりゃ、勝手に破滅するだろ」

 

「離れ方なんぞ、考える必要もない。王城監査室も法務部も、そこまで無慈悲じゃあないからな」

 王位争い絡みの不正が横行する中、王家の良心として働いている者たちなのだ。

「キチッと対応すりゃ、良きように取り計らってくれるさ」

「……まあ、そうだな」

 友人たちも同じ見解だった。ふー……と長い息を吐く。



 ウルスラは別に、自分が平民になろうと家が潰れようと構わない。


 ろくでもない父と異母兄、そして二人が準備した婚約から逃れて、ついでに民の生活も守られれば、それで。



 ただ、連中の道連れだけは、御免被る。



「……証拠。証拠がいるか」

「コトは侯爵家、まして北部三砦が一隅だからなァ?」

 紙面に爪を立てる。サイプレスは薄笑いで同意した。

「監査室も早急に、加えて内々に済ませたいはず。手間ァ省いてやるに越したことはない」

「王城監査室、忙しいからねえ……」

 オパールが眉尻を下げて言うと、ヘレンもこくりと頷く。

「裏帳簿くらいは確保したいところね」

「裏帳簿か……」

 ウルスラたちがサイプレスから受け取っているのは、表帳簿。この書類と合わせて監査室に提出し、精査してもらえば違和感には気がついてもらえるだろうが、決定的ではない。

「見つかっていないのか?」

「ああ。……ただ、場所の目星はついてる」

 そう言うと、膝に手をついてずい、とウルスラの方に身を乗り出した。


「それで一箇所、探ってもらいたいところがあるんだが」

「私に、か?」


 ウルスラは自分の顔を指差した。

 


「私は隠密行動なんてできないぞ?」

「なァに、難しいことはしなくていい」



 そして、サイプレスは悪い顔で笑った。



「お前にしかできないことなんだ。……働いてもらうぞ、お花畑ェ?」




お読みいただき、ありがとうございました。

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