1-23. 裏庭の日常
五年生の秋になり、無事にチャイブによる基礎教育を修了したウルスラは、本格的に当主教育に入った。
チャイブがそろそろ……と進言すると、サイプレスは真剣な顔でこう言った。
「仮だろうが一時だろうがなんだろうが、当主をやるなら必要な知識だ。可能性が一片でもある以上、本気でやれよ」
「その代わりこっちも、きっちりかっちり正しく教えてやる」
もちろんだともと意気込んで、勉強をし始めた。
………のだが。
「おいコラ、お花畑。ここからここまで全部違う」
「うぇ!?」
───ウルスラは今、絶賛大苦戦していた。さらっと見ただけで返された答案を、悲鳴をあげて受け取る。
サイプレスはすこぶるつきでスパルタだった。どちらかというと講義形式に近かったチャイブに対し、サイプレスはひたすら実践的。講義は最低限で、あとは彼が用意した課題を解く、ということが多い。
ウルスラは、物覚えが良い方だと自負している。
だが、覚えた内容を即実践できるかと言われたら、「んなわけあるか」としか言いようがない。
というわけで、数年ぶりの大苦戦をしている。今やっていたのは、税金に関する問題だ。
身近な方が分かりやすいだろうと、わざわざデュボワ侯爵領を問題にしてもらった。目を皿にして見直す。
(見落とした税もないし、計算も……間違ってないな?)
一通り見直して首を傾げると、サイプレスは薄笑いのまま短く舌打ちした。
「国家防衛及び国家存続における要地を対象とした免税・減税事項」
「ああっ!?」
思わず悲鳴を上げた。
足りないのではない、多すぎるのだ。慌てて新しい計算用紙を出すと、顔を覗き込むように身を屈めるサイプレス。
「必要以上に中央を富ませ、己の民に不要な負担を強いるとは、ずいぶんとイイ領主様だなァ? アレか?王位争いに一枚噛んでやろうってか?」
「いいえ!」
三日月型に歪んだ目に、繰り返し教えられた内容を答える。
「北部三砦は!王位争いにおいて中立が基本!!です!!」
「うんうん、そうだなァ?」
にこやかに肯定した直後、低い叱責が入った。
「突貫工事つったって限度があるだろォが、やる気あんのかお花畑」
「すまない!!」
ねちねち嫌味を言われるも、全く反論できない。実際にやらかしたら、大問題だ。王城財務部の腐敗が有名な我が国で、王家が過剰な税を返してくれる保証はないわけだし。
それどころか、要らない面倒に巻き込まれる可能性さえある。ペンを構え、計算用紙に向かい合った。
「途中までは合ってるはずだから……こっちはナシで、こことこことここは割り引いて……割合はどのくらいだったっけ……!?」
「大丈夫だよ、ウルスラ!」
「落ち着いて再計算を」
友人たちに励まされつつペンを走らせていると、どさ、と別分野の課題が追加される。
「それ終わったら、これとこれとこれな」
「ひぇ」
再び悲鳴を上げると、ヘレンが課題の山から問題用紙を一枚、つまみ上げた。
「詰め込みすぎじゃない? この辺りは一旦サラッと流して、当主になってから改めて勉強し直しても遅くないと思うけど」
「ヘレン……!!」
ヘレンも、イレーネほどではないが、実家の領地の仕事を手伝っている。期待を込めて顔を上げると、サイプレスはハッと鼻で笑った。
「馬鹿を言え。まだ俺がガキの頃習った分の三割程度だ」
課題の山を、ぱしぱしと手の甲で叩くサイプレス。
「北部三砦が一隅、デュボワの当主になろうってのは、そういうことだろ。甘やかすな」
「そうやって急かした結果、なんとなく理解したつもりになって変に過信したまま当主になられる方が、困るでしょ。実務能力ないのに一人前ヅラだけされるって、周囲はかなりのストレスよ? 自分を有能だと思いこんでる無能な味方は、有能な敵より厄介」
「ヴッ」
いかにも現場の人間らしいヘレンの正論が、ウルスラにブッ刺さる。いや、ヘレンは別に、直接ウルスラを指して言っているわけではないのだが。
「それなら、足りない自覚がある方がまだ可愛いでしょ」
「どうせ無能は邪魔だ。先に叩き込めるだけ叩き込んでおけば、多少は使いものになるだろ」
「理想論すぎる。現実見なさいよ」
「自己紹介か? 時間ねェんだよ」
なお、サイプレスの正論も普通にブッ刺さる。双方容赦がない。
口達者同士による正論の殴り合いに終止符を打つべく、ウルスラはそっと声をかけた。
「ふ、二人の主張は分かった。だからそのくらいにしようじゃないか」
「ほら、甘い物でも……」
「「そんな暇があるなら再計算してろ!!」」
「オス!!!」
両方向からお叱りを受けてしまった。諦めて粛々と計算用紙に向き合うウルスラ。
(意見は全然合わないのに、変なとこ息合ってるんだよなあ……)
案外、似た者同士なのかもしれない。
と、そこに救世主が現れた。
「「我が君!我が君!!」」
サイプレスの取り巻きのよく似た二人組の男女──きょうだいなのか双子なのかは知らない──が裏庭に駆けこんできたのだ。そのままサイプレスの前まで来て、嬉しそうに答案を掲げる。
「見てください、今回の小テスト!」
「平均点が六十点超えましたー!」
「ほう?どれどれ」
そう言って答案をつまみ上げると、しばし黙り込んで精査する。
「………よし」
「点数が追いついてきたな。この調子だ」
「「わーい!!」」
褒めてもらった、とハイタッチする二人組。答案の一部分を指差す。
「クリスティン、問八の筆記だが、もう少し掘り下げて調べてみろ。発案者の半生とか」
「どうしてですか?」
「お前が飛びつきそうなネタがある」
「本当ですか!」
パッと顔を明るくする。
「クリスティアンは問九の方が好きそうだな」
「分かりました、調べてみます!」
答案用紙を返してもらった二人組は、今度はヘレンににじり寄った。
「「おすすめの本教えて!」」
「何系?伝記系?学術書系?」
二人の背中を眺めながら、何気なく問いかける。
「あの二人はどちらがどちらなんだ?」
すると、サイプレスはこともなげに言い放った。
「男のカッコしてんのが姉のクリスティン・アーティチョーク、女のカッコしてんのが弟のクリスティアン・アーティチョーク」
「……なんだって?」
情報量が多い。
「ちょっと待て、片方女装なのか!?二人とも華奢で小柄にしか見えんが!?」
「骨格がまるで違ぇわ、よく見ろ。あと、テメェと比べりゃ大抵の奴は華奢で小柄だ、いい加減学べ」
ウルスラとサイプレスが揉めている横で、取り巻きの女子生徒がやってきて嘲笑した。
「あーら、貴方たち。いい加減合格点は取れたのかしらあ?」
「うるさいな、ロロ!」
「お前こそ地学の小テストはどうだったんだ、ロロ!」
「そのあだ名はやめろっつってんでしょ、家名のローズマリーかロヴィーサ様とお呼び!!」
意外とどすの利いた声で怒鳴る女子生徒。しれっと様呼びを強要しているように聞こえるが、気のせいだろうか。
「大体ね、私はあんたたちほど壊滅的じゃないのよ!」
「ローズマリーさん、だから結局何点だったんですか?」
額に青筋を立てたイレーネがソフィアと共に微笑みかけると、サッと目を逸らす美人の女子生徒。良くはなかったらしい。
離れたところで、オパールがいつも通り細身の男子生徒に技をかける。
「いいねいいね!だんだん動き良くなってきてる!」
「じゃあなんで俺は今、関節技かけられてんすか!?いでででででで!!」
「負けたからだよ!!」
さすがオパール、無慈悲である。
「我が君〜!!」
「動きがよかろうとなんだろうと、実戦で負けたら死ぬか捕虜なんだから、当然の扱いだろ」
こちらも無慈悲だった。何故配下がついてきているのだろうか?
お読みいただき、ありがとうございました。




