1-22. 夏季休暇明け、学園にて
「おバカ!!」
「アッハハハハハハハ!!」
後日。
なんだかんだと夏季休暇が明け、友人たちにこの一件を報告すると、イレーネの怒鳴り声とサイプレスの大爆笑が裏庭に響き渡った。
「放置して寝るなんて!万が一のことがあったらどうするの!!」
「無事で良かった!良かったよう」
「危機感……!」
「ほ、他に人が入れるような入口はないから、いけるな、と」
フィフィが半泣きになり、ソフィアも扇子で口元を隠した。慌てて弁明する。
「それに、ホラ、睡眠不足はお肌の天敵だと、フィフィも言っていただろう?」
「それはそう!!……だけど〜」
「あっはっはっはっは!!」
断言したのち、情けない顔をするオパール。サイプレスが爆笑する横で、ヘレンが心底呆れた様子でぼやいた。
「腹いせに火でも放たれたら、どーする気だったのよ。やりかねないわよ?」
「匂いがした時点で逃げれば大丈夫!」
ソフィアとイレーネにバレたらお小言が追加されるだろうが、実はウルスラ、ギルドの仕事で野営の経験も豊富である。
魔物や野党による襲撃のリスクのある場所での休息には、慣れているのだ。あんな軟弱者の襲撃でいちいち騒いでいたら、翌日の活動に差し障る。
その辺りのことをなんとなく察したらしいヘレンとオパールは、物言いたげな目をウルスラに向けてきた。口に出さないだけ、とても慈悲深い。
その間も、手を叩いて笑い転げているサイプレス。
「いやァ、愉快愉快!よくやった、お花畑ェ!!」
「あのクズ、そのまま不能にでもなってりゃいいのに」
深いため息を吐いたソフィアは、扇子で口元を隠したまま、矛先をそちらへ向けた。
「女性が襲われかけたというのに、紳士としてその反応は如何なものなの?」
「おっと、失礼」
そう言うと、ヒーヒー笑いながら涙を拭う。
「あのクソ野郎のこたァ、昔から気に食わねえと思っていてなァ。痛い目ェ見たって聞いて、つい」
そういえば異母兄とサイプレスは、三砦の嫡子同士。以前も父と異母兄の人となりを知っているような発言をしていたし、面識があるのだろう。
「仲は……良くなさそうだな」
「どこ行っても大体あんな感じなんだよ、あの父子。仲ァ良くしようと思える要素がねえんだわ」
笑った詫び代わりにと、サイプレスはその後の顛末を教えてくれた。
なんと驚くことに、異母兄は、馬鹿正直に小屋での一件を父に報告したらしい。
「あの身の程知らずに罰を与えてくれ」と。
父は当然激怒した──異母兄に。
「『処女でなければ値が下がる!』ってメタクソに叱られたらしいぜ。同じクズでも、父親の方がまだ打算的だな」
味方になってもらえないどころか、ウルスラに反撃されたことすら信じてもらえていなかったらしい。無傷で追い払ったのが功を奏したようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「まァ、あの野郎、未だに婚約者と結婚できてねェからな。溜まってんだろ」
「ん?『婚約者』?」
思わず復唱すると、サイプレスは笑うのをやめ、三日月型の目でウルスラを見た。
「婚約者。十代前半の頃からのな」
「それだけの期間婚約しているのに『結婚できない』? ……どういうことだ?」
異母兄は、最低でもウルスラより十歳は上。十五で成人、学園を卒業する十八歳で一人前と見なされる我が国では、とっくに結婚していてもおかしくない年齢だ。
そもそも、サイプレスからもらっている父と異母兄の行動記録に、婚約者絡みの記載はない。するとサイプレスは突然真顔になった。
「お前、腹違いとはいえ実の妹襲おうとするクズと結婚、したいか?」
「絶対嫌だ」
「だろ。バレてんだよ、向こうにも。そういう腐った性根が」
以前フィフィやヘレンが言っていた通り、祖母や父は女性……特に嫁や婚約者を軽視する傾向があるらしい。
二人に育てられた異母兄も、同じく。加えて、異母兄はその態度を取り繕うことさえできていない。
当然、その事実は周囲───婚約相手やその家族にもバレた。危険視した婚約相手の家族によって、結婚はじわじわと延期され、婚約者にも完全に忌避されているそうだ。
「うわあ……」
「そんなわけで、デュボワ家は嫁ぎ先として最低最悪だからな。あちらさんは時間稼ぎしまくって、婚約解消を狙っている真っ最中だ」
そう言って、肩をすくめる。
「だからと言って、デュボワも逃す気はねェようだし」
「令嬢一家が逃げ切るかデュボワ家が捕まえるかで、賭けてる連中もいますよ」
静かにサイプレスの紅茶を淹れていたチャイブが、そんな情報を追加した。異母兄があの年齢なのだから、相手の令嬢だってとっくに行き遅れと揶揄されてもおかしくない年齢のはず。それでも逃げ回っているとは、一体どこまで酷いのか。あと、他人の一生を賭け事にするな。
チャイブが毒味まで済ませた紅茶を飲もうとしたサイプレスは、ふと気が付いたように動きを止めた。
「……ああ。お前とガーデロンの婚約、多分このせいだぞ」
「は!?」
「婚約者の家は婚約時に、デュボワに娘の持参金を先んじて渡してるんだがな?」
思わず声を上げると、カップを一度ソーサーに戻して話を続ける。
「あの屑父子なら、使い込んでてもおかしくねェんだよ。というか、十中八九使い込んでる」
「婚約が解消されれば持参金の返還義務が生じますし、場合によっては、慰謝料も支払わねばなりません。その資金調達か補填に使いたいのではないでしょうか」
チャイブが語る横で、サイプレスは素知らぬ顔で再度カップを持ち上げた。
「まあ、まだ両家の間で婚約解消の話が出たわけでもなし、憶測の域だがな」
そう言うと、ぐいと紅茶を一息で飲み干す。もうさっさと破産すればいいんじゃないだろうか、あの家は。
「しっかし……フフッ、何度聞いても笑える」
カップをソーサーに戻し、肩を揺らして含み笑いをするサイプレス。
茶器をチャイブに返し、ゆったりとした口調で嘲笑した。
「最盛期の角族なんて、うっかりで骨へし折ってくる馬鹿力だってのに。よくもまあ押し倒せるなんて思ったもんだ」
「ウルスラの異母兄って、そんなに力に自信がありそうな感じなの?」
オパールが問いかける。少し考えて、返事を絞り出した。
「…………………サイプレスよりは小柄……?」
「……言っておくけど、サイプレスは結構背が高い方よ、ウル」
「あれ!?」
「テメェがデカすぎて、基準ぶっ壊れてんのか?」
欠片も否定できない。ソフィアが小首を傾げた。
「ウルスラ、今身長、どのくらい?」
「二メトルちょっとだ」
「そりゃ全員小さいしひ弱だわ」
そうなのだ。神妙な顔で頷く。
「授業中はペンを握り砕かないよう、細心の注意を払っている」
「握り!!砕く!!」
何故か再び笑い転げるサイプレス。
ウルスラには死活問題なのだが。ようやく落ち着いてきたフィフィが、苦笑いした。
「前ほどじゃないけど、今も結構色々壊してるもんねー」
「武器含む身の回りのものは、耐久性重視で選んでいる」
それでも壊れるのだから、どういうことなんだ。
一通り笑った後、サイプレスは背後で待機していた大柄な男子生徒を振り返った。
「お前、ペン握り砕けるか? 『折る』じゃなくて、『握り砕く』」
「はっ!? ……や、やってみます」
そう言うとペンを取り出し、「フンッ!!」と力を込める大柄な生徒。
「いけ、オレガノ!!」
「デュボワの小娘なんかに負けるんじゃないわよ!!」
「我が君に勝利を!」
「「がんばれー!!」」
「ふぬおおおお!!」
しかし取り巻きたちの声援も虚しく、やがて膝に手をついた。息も絶え絶えに降参の声を上げる。
「じ、自分には難しいようです……」
「だろうな」
羽ペンやガラスペンならまだしも、しっかりした作りの太めのペンだ。握り砕くどころか、へし折るのも厳しいだろう……ウルスラには、些細な違いなのだが。あっさり頷くサイプレス。
「今は無理ですが、一ヶ月もあれば必ずご期待に沿ってみせます!!」
「やらんでいいやらんでいい。ペンを無駄にするんじゃねェよ」
サイプレスたちの茶番を眺めていると、すっとクロスに乗せられた色とりどりのクッキーが差し出された。
見ると、いつもと同じ無表情で、こちらを見つめてるヘレン。普段より、いくぶんか柔らかな声で告げる。
「……怖かったでしょ」
「問題ない!私は強いからな!!」
ウルスラは冒険者として、盗賊退治なんかも請け負っている。こちらに害意を持つ輩の相手は慣れっこだ。
しかし、普段はクールな友人がこちらを気遣ってくれるのは、素直に嬉しい。胸を張ったのち、ぎゅー、と抱きしめる。
やはり持つべきものは友達だ、いきなり爆笑したどこぞの失礼な協力者とは、訳が違う。
「それに、良いこともあったぞ!」
今回の件を受けた父が、とうとう重い腰を上げて、ウルスラの部屋を本邸に移したのだ。
このまま物置小屋に押し込めたままでは、商品価値が下がるような事案が起こりかねないと判断したのだろう。気づくのが遅いのでは?とも、加害者と部屋近づけるか普通?とも思うが、そんなことより。
「これで本邸を探りやすくなるぞ! ……まあ、自室からは基本出てはいけないことになっているんだが」
「せいぜい大人しくしてるんだな」
見張りがつけられたこともあり抜け出しにくくもなったが、まあ仕方がない。サイプレスがハッと嘲笑した。
1メトル=1メートル
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