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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
21/64

1-21. 夏季休暇中の事件

屑による胸糞案件が発生します。苦手な方はご注意ください。



 明日から夏季休暇という日。


 

 いつもの裏庭で、ウルスラは成績表を手に、声を震わせた。


「五年前期の総合成績、上から三分の一以内に入れた……!」


 そう言ってグッと拳を作る。



「これで二期連続目標達成……ッ!」

「「「「おおー」」」」

「おめでとー!」



 友人たちが拍手する中、オパールがいつものようにぽんと飛びついた。お礼を言って抱きしめ返す。


 四年の前期まで、ウルスラの成績は中の中の上程度だったので、かなり頑張ったのではないかと思う。友人たちとハイタッチしていると、サイプレスは芝生に胡座をかいて言った。


「ウチのバカどもも、平均点が十点上がったとはしゃいでたぞ」


「サロンでお祭り騒ぎをしておりました」


 サイプレスとチャイブはそのお礼と、ウルスラの成績確認に抜け出してきたらしい。ウルスラの成績表を片手に、膝で頬杖をつく。


「お花畑にしちゃ頑張ってる方じゃねェか」


 そう言いながら、成績表を返す。


「いつまで続くか見ものだな」

「そういうそちらは何位だったんだ」

 何故こうも嫌味なのか。ムッとして聞き返すと、チャイブは爽やかな笑顔で答えた。



「我が君は総合成績で十五位でございます」

「十五位」


「試験勉強なし、授業への出席なし、執務や配下の者たちの面倒を見ながらの十五位でございます」

「ノー勉十五位……」



 次元が違う。絶句するウルスラ。イレーネが引き気味に呟いた。

「試験対策なしで十五位はぶっ飛んでるわ……」

「別に普通だろ」

 サイプレスの声に、微かな苛立ちが混じる。薄笑いのまま、吐き捨てた。



「高位貴族ならあの程度、できて当然だ。全教科八割五分超えなきゃ恥だ、恥」

「ヴッ」



 平均でギリギリ八割いくかいかないかのところにいるウルスラは、思わず呻き声を上げる。要求が高すぎる。

「チャ、チャイブは……」

「私ですか?……三十位くらいだったかと?」

「三十……!?」

 首を傾げながらの返答に固まる。取り巻きの中では唯一教え役に回っている時点で、優秀だとは思っていたが、そこまでとは。

 

「みんなは……」

 恐る恐る振り返って問いかけると。



「オパールは、四位!」元気よく手を上げるオパール。

「二位ね」扇子の裏で不敵に笑むソフィア。

「七位よ」不機嫌そうなイレーネ。

「一位」いつも通り平然としたヘレン。



「イレーネ、順位下がってない?疲れてる?」

「試験前日に領地の仕事が入って……一教科、解答欄を二、三問間違えたのよ。油断したわ」

 友人たちも次元が違った。最後の望みをかけて振り返ると、フィフィはサイプレスの髪を真剣な顔で梳きながら答えた。

「落第はしてない」

「フィフィ!」

 仲間がいた、と腰に縋り付く。すると、オパールがご機嫌で切り出した。



「みんなって夏季休暇、何する?」


 

「ちなみにオパールは、シュゼール侯爵邸に乗り込むよ!」

 すかさずサイプレスがツッコむ。

「知ってるか、ストーン? 世間一般でそれははしたない行いと呼ぶんだぜ」

「酷くない!?」

「これに関しては何も酷くないわよ」

「ド正論」

 同感だが、それで止まるオパールだとは到底思えないので、黙っておく。


(多分シュゼイン家も了承済みだろうし……)


 その辺り抜け目ないのだ、オパールは。イレーネもそれを察したのか、ため息を吐いて質問に対する返事をする。

「別に、いつも通りよ。領地に戻って仕事」

「私は婚約者の領地に視察に行ってくるわ」

「フィールドワークと学会と、あと、ギルドの仕事」

 ソフィアとヘレンも続けて答えた。


「フィフィは……」

「この癖毛、オモロ!!」

 聞こうとした瞬間、フィフィは弾んだ声を上げた。


 見ると、サイプレスの髪を櫛でもてあそびながら目を輝かせている。ヒッと声にならない悲鳴をあげるイレーネ。


「やりようによってストレートにもウェーブにもなる!クッソ楽しいんだけど!?」

「こちらの女性は怖いものがないのですか?それとも、このお歳で人生を捨ててらっしゃる?」

「フィフィッ!」

 困惑まじりに尋ねるチャイブ。イレーネが血の気が引いた顔で額に青筋を立てるも、フィフィは知らん顔だ。サイプレスもされるがままだし。


「い、いいのかそれで」

「こだわりが強い奴にゃ、何ィ言ったところで無駄だからなァ?」

 そう言って、ひらりと手を振った。

「気が済むまで放置に限る」

「あっ、ちょっと動かないで」

「あ?」

 そう言うと、サイプレスの頭の位置を直し、みー……とやや強引に前髪を後ろに引っ張る。本当に怖いものがない。


 そちらを気にしながら、ウルスラは口を開いた。


「私は、ガーデロン子爵と領地の視察だな」


 婚約者としての交流、という建前で、何度か領地を回ることになっているのだ。

「貴族と冒険者では、見られるものが違うからな。楽しみだ!」

「そうね」

 ソフィアはころころと笑いながら同意した。

「私も、次の長期休暇はお忍びで視察に行こうかしら」

「いいね!オパールもシュゼール侯爵領見てこようかな!」

「オパールは婚約の方を先にどうにかしなさいよ」




 そうして領地に帰った日の夜のこと。



 ウルスラが物置小屋で寝ていると、ぎぃ、という古びた蝶番の音がして、目が覚めた。



(……なんだ?)



 そう思った瞬間、荒々しい足音がして毛布が剥がされた。咄嗟に跳ね起きる。



「おっと、起きていたか」



 月明かりとランタンの灯りの中、異母兄のニヤケ顔が浮かび上がる。


 後ろには、異母兄の側近二人もいるようだ。短く牽制する。

「……夜中に女性の寝室に押し入るなど、紳士のすることではないと思うが?」

「蛮族の寝床に入ったところで、誰も咎めやしないさ」

 ズカズカと近寄り、ウルスラがベッドにしている木箱に乗る。


 そして、乱暴にウルスラの右手首を掴んで、壁に押しつけた。



「大女は趣味じゃないが、顔と胸は悪くない」



 そう言いながら、ウルスラの胸元に手を伸ばす。

 


「最初くらいは、優しくしてやるよ」


 

(……なるほど)

 あの目はそういうことだったのか、と妙に納得する。




 娼館の客が自分や女性たちに向けていた、あの目。




 悲鳴の一つも上げるところなのだろうが、ウルスラは冷めた目で異母兄を見下ろしていた。


(……なんだかなあ)


 忘れているようだが、ウルスラはただの貴族令嬢ではない。ため息を吐きながら、軽く───あくまで軽く、腕を振る。




「え」




 手は、いとも簡単に振りほどけた。それどころか、振り払った勢いで異母兄は木箱の上から落ちて、床に尻餅をついた。埃っぽい空気が舞う。


「………え?」


 呆然とこちらを見上げる異母兄。木箱から降りながら、ウルスラはゆったりと喋り出した。

「おっと、いかんいかん。純ヒト族の貧弱さを忘れていた」

 そう言って、口の端を吊り上げる。


「優しく、して差し上げねばな?異母兄殿のように」


「貴様!」


 異母兄の従者たちが顔を赤くして、剣の柄を握った。思わず苦笑いする。


(遅いなあ)


 オパールとの立ち合いに慣れていると、牛のような速度だ。抜き放たれるのを待たず、それぞれの柄頭にとん、と手を置く。

「え?は?」

 ウルスラが上から「軽く」押さえただけで、剣はびくともしなくなった。サッと顔色を変える側近。




 角族、怪力と巨躯を誇る人種。



 純粋な力勝負であれば、ヒト族など取るに足らない。




 その血を濃く引くウルスラも、然り。うさぎがドラゴンに挑むようなものである。

 三人が呆気に取られているうちに首根っこを捕まえ、外に放り出す。


「は……」


 ぱんぱんと手を叩き、扉を閉めようとすると、我に返った異母兄が声を上げた。

「貴様……次期侯爵たる私になんてことを!?」

 がばりと立ち上がり、指を突きつける。


「父上に言いつけてやる!!」

「『実妹を犯そうとしたら力負けしました』、と?」


 正真正銘血の繋がった妹だと、目の前で証明されているだろうに。見境なしか。嫌悪感がこみ上げる。


(しかも良い歳こいた大人が、「父に言いつける」?)


 バカなのか。



 扉の間から、冷めた視線をプレゼントする。



「せめて、ご自分で責任を取れるようになってから、出直してくださいね」


 そう言い残して、扉を閉じる。



 異母兄たちはしばらく騒いでいたが、幸い扉は内開き。



 適当な荷物で扉を塞ぎ、そのまま寝た。


お読みいただき、ありがとうございました。

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