1-21. 夏季休暇中の事件
屑による胸糞案件が発生します。苦手な方はご注意ください。
明日から夏季休暇という日。
いつもの裏庭で、ウルスラは成績表を手に、声を震わせた。
「五年前期の総合成績、上から三分の一以内に入れた……!」
そう言ってグッと拳を作る。
「これで二期連続目標達成……ッ!」
「「「「おおー」」」」
「おめでとー!」
友人たちが拍手する中、オパールがいつものようにぽんと飛びついた。お礼を言って抱きしめ返す。
四年の前期まで、ウルスラの成績は中の中の上程度だったので、かなり頑張ったのではないかと思う。友人たちとハイタッチしていると、サイプレスは芝生に胡座をかいて言った。
「ウチのバカどもも、平均点が十点上がったとはしゃいでたぞ」
「サロンでお祭り騒ぎをしておりました」
サイプレスとチャイブはそのお礼と、ウルスラの成績確認に抜け出してきたらしい。ウルスラの成績表を片手に、膝で頬杖をつく。
「お花畑にしちゃ頑張ってる方じゃねェか」
そう言いながら、成績表を返す。
「いつまで続くか見ものだな」
「そういうそちらは何位だったんだ」
何故こうも嫌味なのか。ムッとして聞き返すと、チャイブは爽やかな笑顔で答えた。
「我が君は総合成績で十五位でございます」
「十五位」
「試験勉強なし、授業への出席なし、執務や配下の者たちの面倒を見ながらの十五位でございます」
「ノー勉十五位……」
次元が違う。絶句するウルスラ。イレーネが引き気味に呟いた。
「試験対策なしで十五位はぶっ飛んでるわ……」
「別に普通だろ」
サイプレスの声に、微かな苛立ちが混じる。薄笑いのまま、吐き捨てた。
「高位貴族ならあの程度、できて当然だ。全教科八割五分超えなきゃ恥だ、恥」
「ヴッ」
平均でギリギリ八割いくかいかないかのところにいるウルスラは、思わず呻き声を上げる。要求が高すぎる。
「チャ、チャイブは……」
「私ですか?……三十位くらいだったかと?」
「三十……!?」
首を傾げながらの返答に固まる。取り巻きの中では唯一教え役に回っている時点で、優秀だとは思っていたが、そこまでとは。
「みんなは……」
恐る恐る振り返って問いかけると。
「オパールは、四位!」元気よく手を上げるオパール。
「二位ね」扇子の裏で不敵に笑むソフィア。
「七位よ」不機嫌そうなイレーネ。
「一位」いつも通り平然としたヘレン。
「イレーネ、順位下がってない?疲れてる?」
「試験前日に領地の仕事が入って……一教科、解答欄を二、三問間違えたのよ。油断したわ」
友人たちも次元が違った。最後の望みをかけて振り返ると、フィフィはサイプレスの髪を真剣な顔で梳きながら答えた。
「落第はしてない」
「フィフィ!」
仲間がいた、と腰に縋り付く。すると、オパールがご機嫌で切り出した。
「みんなって夏季休暇、何する?」
「ちなみにオパールは、シュゼール侯爵邸に乗り込むよ!」
すかさずサイプレスがツッコむ。
「知ってるか、ストーン? 世間一般でそれははしたない行いと呼ぶんだぜ」
「酷くない!?」
「これに関しては何も酷くないわよ」
「ド正論」
同感だが、それで止まるオパールだとは到底思えないので、黙っておく。
(多分シュゼイン家も了承済みだろうし……)
その辺り抜け目ないのだ、オパールは。イレーネもそれを察したのか、ため息を吐いて質問に対する返事をする。
「別に、いつも通りよ。領地に戻って仕事」
「私は婚約者の領地に視察に行ってくるわ」
「フィールドワークと学会と、あと、ギルドの仕事」
ソフィアとヘレンも続けて答えた。
「フィフィは……」
「この癖毛、オモロ!!」
聞こうとした瞬間、フィフィは弾んだ声を上げた。
見ると、サイプレスの髪を櫛でもてあそびながら目を輝かせている。ヒッと声にならない悲鳴をあげるイレーネ。
「やりようによってストレートにもウェーブにもなる!クッソ楽しいんだけど!?」
「こちらの女性は怖いものがないのですか?それとも、このお歳で人生を捨ててらっしゃる?」
「フィフィッ!」
困惑まじりに尋ねるチャイブ。イレーネが血の気が引いた顔で額に青筋を立てるも、フィフィは知らん顔だ。サイプレスもされるがままだし。
「い、いいのかそれで」
「こだわりが強い奴にゃ、何ィ言ったところで無駄だからなァ?」
そう言って、ひらりと手を振った。
「気が済むまで放置に限る」
「あっ、ちょっと動かないで」
「あ?」
そう言うと、サイプレスの頭の位置を直し、みー……とやや強引に前髪を後ろに引っ張る。本当に怖いものがない。
そちらを気にしながら、ウルスラは口を開いた。
「私は、ガーデロン子爵と領地の視察だな」
婚約者としての交流、という建前で、何度か領地を回ることになっているのだ。
「貴族と冒険者では、見られるものが違うからな。楽しみだ!」
「そうね」
ソフィアはころころと笑いながら同意した。
「私も、次の長期休暇はお忍びで視察に行こうかしら」
「いいね!オパールもシュゼール侯爵領見てこようかな!」
「オパールは婚約の方を先にどうにかしなさいよ」
そうして領地に帰った日の夜のこと。
ウルスラが物置小屋で寝ていると、ぎぃ、という古びた蝶番の音がして、目が覚めた。
(……なんだ?)
そう思った瞬間、荒々しい足音がして毛布が剥がされた。咄嗟に跳ね起きる。
「おっと、起きていたか」
月明かりとランタンの灯りの中、異母兄のニヤケ顔が浮かび上がる。
後ろには、異母兄の側近二人もいるようだ。短く牽制する。
「……夜中に女性の寝室に押し入るなど、紳士のすることではないと思うが?」
「蛮族の寝床に入ったところで、誰も咎めやしないさ」
ズカズカと近寄り、ウルスラがベッドにしている木箱に乗る。
そして、乱暴にウルスラの右手首を掴んで、壁に押しつけた。
「大女は趣味じゃないが、顔と胸は悪くない」
そう言いながら、ウルスラの胸元に手を伸ばす。
「最初くらいは、優しくしてやるよ」
(……なるほど)
あの目はそういうことだったのか、と妙に納得する。
娼館の客が自分や女性たちに向けていた、あの目。
悲鳴の一つも上げるところなのだろうが、ウルスラは冷めた目で異母兄を見下ろしていた。
(……なんだかなあ)
忘れているようだが、ウルスラはただの貴族令嬢ではない。ため息を吐きながら、軽く───あくまで軽く、腕を振る。
「え」
手は、いとも簡単に振りほどけた。それどころか、振り払った勢いで異母兄は木箱の上から落ちて、床に尻餅をついた。埃っぽい空気が舞う。
「………え?」
呆然とこちらを見上げる異母兄。木箱から降りながら、ウルスラはゆったりと喋り出した。
「おっと、いかんいかん。純ヒト族の貧弱さを忘れていた」
そう言って、口の端を吊り上げる。
「優しく、して差し上げねばな?異母兄殿のように」
「貴様!」
異母兄の従者たちが顔を赤くして、剣の柄を握った。思わず苦笑いする。
(遅いなあ)
オパールとの立ち合いに慣れていると、牛のような速度だ。抜き放たれるのを待たず、それぞれの柄頭にとん、と手を置く。
「え?は?」
ウルスラが上から「軽く」押さえただけで、剣はびくともしなくなった。サッと顔色を変える側近。
角族、怪力と巨躯を誇る人種。
純粋な力勝負であれば、ヒト族など取るに足らない。
その血を濃く引くウルスラも、然り。うさぎがドラゴンに挑むようなものである。
三人が呆気に取られているうちに首根っこを捕まえ、外に放り出す。
「は……」
ぱんぱんと手を叩き、扉を閉めようとすると、我に返った異母兄が声を上げた。
「貴様……次期侯爵たる私になんてことを!?」
がばりと立ち上がり、指を突きつける。
「父上に言いつけてやる!!」
「『実妹を犯そうとしたら力負けしました』、と?」
正真正銘血の繋がった妹だと、目の前で証明されているだろうに。見境なしか。嫌悪感がこみ上げる。
(しかも良い歳こいた大人が、「父に言いつける」?)
バカなのか。
扉の間から、冷めた視線をプレゼントする。
「せめて、ご自分で責任を取れるようになってから、出直してくださいね」
そう言い残して、扉を閉じる。
異母兄たちはしばらく騒いでいたが、幸い扉は内開き。
適当な荷物で扉を塞ぎ、そのまま寝た。
お読みいただき、ありがとうございました。




