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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
20/65

1-20. ガーデロン子爵との対面

変態が出てきます、苦手な方はご注意ください。


 驚くべきことに、サイプレスの手を借りて行ったガーデロン子爵の面会の打診は、とてもスムーズだった。



 五年生になってすぐ、父に呼び出されてデュボワ侯爵領に向かう。






 婚約者同士の交流を装って尋ねてきたガーデロン子爵は、口髭の小洒落た紳士だった。馬車で二人っきりになると、彼は上品に微笑んで、こう言った。




「君に協力すれば、ドロドロに甘やかされた自己中美少女を好きなだけ泣き叫ばせていいって、本当?」




 前言撤回、紛うことなき変態だった。思わず顔を引き攣らせるウルスラの正面で、上機嫌に喋る。


「もちろん、協力するよ。どのみち、君を引き取るのはまだ先の予定だったし。次のおもち……婚約者ができるまでの、良い暇つぶしになりそうだ」


(今絶対、『玩具』って言いかけた……)

 ドン引きである。改めて「この人と結婚したくないな……」と決意を新たにする。

 


「大丈夫大丈夫、何もしないよ。君は僕の()()じゃない」

 そんなウルスラの様子を見たガーデロンは、からからと笑い、長い脚を優雅に組み変えた。


「そもそも、僕は小柄な女性が好みなんだよ」

 杖をつき、憂鬱そうにぼやく。


「非力で愛らしく、愚かで醜悪。それが理想だ。でも君は角族だし、『愛らしい』というより『美人』だろ?」

「まあ……どちらかと言えば………?」

 フィフィや同じ淑女科の学友たちの評価を信じるなら、そうなのだろう。不審に思いながら頷くと、杖の手元に顎を乗せる。

「なのに君の父上ときたら……まるっきり無視とか、酷いと思わないかい? 僕にも選ぶ権利というものがね」

 どうやら、爵位の関係で断るのが憚られただけで、子爵本人も乗り気ではない婚約だったらしい。聞きたくもない彼の性癖の話を延々とされ、協力者として巻き込んだことを若干後悔する。



「で、なんだっけ。とりあえずは、君が穏便に父君と兄君との関係を終わらせるまで、婚約者ごっこしてればいいんだっけ?」

「ハイ……オネガイシマス………」

「オーケー、適当に言っておくよ」

 その返事に、ほっと胸をなで下ろす。これで、とりあえず婚約解消については進展した。




 あとは、どうやって領地に迷惑をかけず、父と異母兄との関係を清算できるか、だ。




 流れる窓の外の景色を見る。


(……その辺りは、サイプレスの調査待ちだな)


 そう息を吐き、柔らかな背もたれに体重を預けた。それを黙って見ていたガーデロン子爵は、静かに口を開く。

「デュボワは三砦が一隅、揺らげば影響も大きい……あんな当主でもね」


 そして、そっと視線を下げた。


「僕たちの世代の負債を君()()に背負わせて、すまない。……応援しているよ、若きデュボワ」

「………はい!」


 でも嗜虐趣味の変態なんだよな……と思うと、心中複雑なウルスラだった。






「だからー」



 ガーデロン子爵との対話を終え学園に戻ると、いつもの裏庭で、オパールがサイプレスの取り巻きに体術の指導をしていた。


 転がった男子生徒の腕に、全身で組みついて、平然と教え諭す。

「関節を極めるんだから、それを意識して技をかけないと。こうだよ、こう」


 今日は関節技を教えているらしい。そのまま、ぎりぎりと締め上げる。


「ただ漫然と組みついちゃダメだよー」

「どういうことです!?いでででで!!」

 悲鳴を上げる細身の男子生徒。背筋を使って、さらに締め上げる。

「罠とか毒物とか扱ってるんだから、人体には詳しいはずでしょ。周辺の骨と筋肉の構造、ちゃんと考えてー」

「待った待った、腕もげる!腕もげるぅぅぅぅ!!」

 


(平和だな………)



 しばし眺めて安心したのち、二人の横をそっと通り過ぎて、木陰の方へ行く。


「ウル。おかえり」

 読書していたヘレンが、ウルスラに気がついて顔を上げた。

「ガーデロン子爵との話し合い、どうだったー?」

 オパールが相変わらず男子生徒を締め上げながら、こちらに声をかける。

「恙なく済んだが、変態だった」

「変態だったかあ……」

 フィフィが残念そうに呟く。ソフィアと共に現れたイレーネも、眉を顰めた。

「詳しく聞かせてちょうだい。……昼食食べ終わってからね」

「先に聞いたら、食欲が無くなりそうだものね……」

 同感だ。芝生に腰を下ろし、昼食を広げる。


 

「……というわけで、多分彼は信用できる」

「うへぁ」

 食後の紅茶を飲んでいたフィフィが、げえと舌を出した。隣にいたソフィアも、扇子で顔を隠す。

「違う意味で信用できないわね」

「ウルスラ、お疲れ様ぁ……」

「うん……」

 ヘレンを抱きしめて癒しを得る。身長的に、彼女が一番ちょうどいいのだ。


 ふと、ウルスラたちとは離れたところで集まっているサイプレスの取り巻きたちを見る。


「そちらはどんな具合なんだ?」

 すると、イレーネはぐしゃりと顔を歪ませた。

「苦戦してるわね」

「バカというか、絶望的に集中力がないのよ」

 何をやらせても途中で飽きて放り出してしまうし、別分野でできていたことが、何故か苦手科目ではできないのだとか。扇子の下でため息を吐くソフィア。


「好きなことに関してはかなり優秀だから、上手くそちらに結び付けられれば、話は早いのだけれど」

「それができたら、苦労してねえんだよな〜」

「サイプレス」

「「我が君!」」

 サイプレスの取り巻きたちが、教材を放り出して主君の元へ駆け寄っていった。きゃあきゃあ言いながらまとわりつく彼らをいなしながら、こちらに近づいてくる。



「どこから聞いていた?」

「ドロドロに甘やかされた美少女を……って辺りからだな」

「なんだ、ほとんど全部聞いているではないか」

 どこかで盗み聞きしていたらしい。


「なら、説明は不要だな。了承は取ったぞ」

「そのようだな。御苦労」

 ひらひらと手を振るサイプレス。



 ……ウルスラは、サイプレスがガーデロンとどのような取り引きをしたか知らない。



 しかしただでさえ侯爵である父の意向に逆らおうとしている上、「領民に迷惑をかけたくない」という我儘まで言っている状況。サイプレス家の事情に首を突っ込んだところで、ろくなことにならないだろう。

「賢明だな」

 ウルスラの内心を見透かしたように、サイプレスが薄く笑った。



 と、オパールに海老反りにされている男子生徒が、サイプレスの方へ手を伸ばした。



「我が君!助けてください、我が君ー!!」

「女の力で優し〜く教えてもらえて、良かったじゃねェか。役得だろ?」

「本当にこれ女の力ですか!?実はゴリラとか乗ってません!?いででででで!!」



 悲鳴混じりの訴えを適当に流し、書類の束をウルスラの頭に乗せる。




「ほらよ。月刊クズ野郎速報」

「言い方……」


 現在サイプレスには、金銭以外でも婚約解消に有用な情報がないかも、併せて探ってもらっている。

 その一つが、今受け取った父と異母兄の行動記録だ。読み進めていく。


 父と異母兄は、サボっていると言うほどではないが、仕事熱心というわけでもないようだ。執務はほどほどに、遊び歩いている描写が目立つ。


(ここ十年ほど大きな衝突がないとはいえ、国防の要の一つがこういう心構えなのは、不味いのでは?)


 とりあえず頭の片隅に「デュボワ父子は不真面目」と書き込む。但し、とサイプレスは報告書を指で叩いた。



「金関係だけは、完全にあの父子が握ってる」 

「……疑ってくださいと言っているようなものだな」



 生憎、サイプレスの調査はまだ追いついていないが、良い金ではないのだろう。薄笑いのまま頷くサイプレス。

「ただ連中、そこに関してだけは妙〜にスキがないんだよなァ。今別方向から攻めてるから、もうちょい待てや」

「分かった、引き続きよろしく頼……」

 顔を上げ……一瞬固まる。



「……ずいぶん……豪華になってるな?」

「テメェのオトモダチがしたことだがな?」



 サイプレスの耳にはピアス、首にはネックレス、指には指輪、腕にはブレスレットが、それぞれ重ね付けされていた。

 

 報告書を読んでいる間、フィフィの声で「ワイルド系ハンサムはアクセが映える!!」とか言ってたのは、これか。問題のフィフィは、大柄な男子生徒にスケッチを教えながら、こちらに向かって親指を立てた。

「気に入ったのあったら、持ってっちゃっていいよ! 素材はアレだけど、デザインはフロース・フィーブラ印の超一級だから!!」

「は?なんだって?」

「ブランド名なんだって」

 ヘレンが補足する。サイプレスはため息を吐くと、立ち上がり、勉強に飽きて訓練用の剣を振り回す取り巻きたちに拳骨を落とした。



「サボるなとは言わねえ。勉強するなら勉強する、休むなら休む。メリハリつけろや」


「はい……」

「すみましぇん……」




「言ってることは正しいのよね」


 人間性、というものについて、考えさせられるウルスラだった。

お読みいただき、ありがとうございました。

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