1-19. 北部辺境の現状
説明回2です。
「さて、さらに後年。デュボワ一族が鉱国に馴染んだ頃、軍国から大規模な侵攻がありました。テルセン平原の戦いです」
気を取り直したところで、チャイブの話が再開した。ふと顔を上げる。
「有名な戦いだな」
「はい。北の国境付近で頻発する軍国との小競り合いの中でも、数少ない、鉱国史に取り上げられた侵攻です」
何故この戦いが取り上げられているのか。
それは、この戦いによって、鉱国が新たな領地を手にしたからだ。
チャイブは、とん、と本を指で叩いた。
「いつものように侵攻してきた軍国の兵を、デュボワ家があらかた蹴散らした後。王家から派遣された軍が、追撃と掃討作戦を請け負いました。ここまでは、普段通りだったそうです」
しかし、連戦連勝に勢いづいた将兵たちは、国からの指示を待たずに国境を越え、軍国へ攻め入ってしまったのだ。
首を傾げるウルスラ。
「不味くないか?それ」
「ものすごく不味いです」
「だよな!?」
言ってしまえば、武装集団が命令に逆らって、好き勝手暴走している状態。反逆と取られかねない愚行である。
おまけに、暴走した将兵たちは見事守りを突破し、攻め込んだ土地を占領してしまったのだ。完全に血の気の引いているウルスラに対し、チャイブは落ち着き払った声で続けた。
「しかし、下々の者たちはお偉方の意図など知りませんし、軍国は敗者に対して恐ろしく冷酷です。過去に鉱国が占領地を返却したところ、時の軍国政府によって、領主もろとも滅ぼされたことがあったと聞きます」
最後には暴走したが、元を辿れば、国を守るため命懸けで戦った者たちだ。褒章を与えずに罰すれば、批判が出ることは確実。占領した土地からも、「情報を売るので鉱国に組み込んでほしい」と嘆願が来る。
悩んだ末、当時の王家は暴走した将兵たちに爵位を与え、占領地を領地として治めるよう命じた。けろりと要約するチャイブ。
「『そんなに戦いが好きなら、一生戦ってろバーカ』と。そういうことですね」
「うわあ……」
押し付けたぁ……と思わず声が漏れた。色々と酷い経緯である。
ともあれ、それがテルセン一族の成り立ちだ。引き気味に尋ねるウルスラ。
「もしかして、現在軍国との国境に接する領地が全てテルセン一族のものなのは、そのせいか……?」
「そのせいですね」
「ええぇぇ………」
以前から「北部辺境」「北部三砦」とは、ずいぶん広い範囲を指すのだな、と、疑問に思っていた。もっと南、サイプレス一族とデュボワ一族の領地辺りが、元々の国境だったのだろう。
そしてそれを、テルセンが無計画に北へ持ち上げた、と。我ながらうんざりした声が出た。
「上の意向も理解しない、兵の制御もできない将と、その部下たちの一族、か……」
「早晩潰れるだろうと思われていたようですが、なんだかんだ上手くいって、現在に至ります」
幸か不幸か、テルセンの先祖たちには才能があったらしい。国はそれで良いんだろうか。
(テルセンが当代まで武の名門として続いているということは、いい、のか……?)
そう思い直した直後、「こうやって雑に解釈する辺りが、パッパラパーの所以なんだろうな……」と遠い目になってしまったウルスラである。
「テルセン一族は元が軍隊であるせいか、縦にも横にも繋がりが強く、長期に渡る戦いや集団戦・防衛戦に長けています。要人警護に重宝されることもしばしば」
当代のテルセン辺境伯の次男も、第二王子の専属護衛として王家に仕えているらしい。つまりはエリートだが、なんと、ウルスラと二つしか変わらないらしい。すごい。
「ただまあ、年功序列が強すぎるせいで老害がのさばりやすく、サイプレスとはまた別の意味で厄介な連中ですが」
「さっきからその調子だが、北部辺境貴族に何か恨みでもあるのか……?」
「特には」
「『特には』!?」
ともあれ、この一件で軍国との国境は北に押し上げられ、将兵たち……テルセン一族が北部に加わった。指を三本立てるチャイブ。
「諜報活動や情報戦を得意とするサイプレス侯爵家。
個として突出した武人の多いデュボワ侯爵家。
戦上手で、特に防衛戦に長けたテルセン辺境伯家。
テルセンが防ぎ、デュボワが蹴散らし、サイプレスが撹乱する。これが北部三砦の基本的な構造です」
「我々はそうやって、軍国からこの国を守ってきました」
「ふむふむ」
「……さて、ここで問題がひとつ」
そう言うと、チャイブはぱん、と手を鳴らした。
ノートから顔を上げたウルスラに、ニィ、と笑いかける。
「その歴史の古さ故に、他二家を『新参の余所者めが』と見下し、無駄にプライドの高いサイプレス一族。
最も純粋で単純な暴力を愛するが故に、他二家を『小細工ばかりの卑怯者め』と侮蔑するデュボワ一族。
国に仕える武官を先祖に持つが故に、他二家を『国への忠義が薄い不埒者め』と疎むテルセン一族。
……仲、良いと思います?」
一瞬目を瞠り……うんざりと首を振る。
「思わない……」
「ですよね」
実際良くないです、とこともなげに言うチャイブ。
そもそもの話、デュボワとサイプレスが特別仲が悪いというわけではなく、三砦同士がそれぞれ不仲らしい。今はテルセン家の当主が王位争いにかかずらっているので、この二家の対立が目立つというだけ。
そちらが落ち着けば元通りだろう、とのことだった。戦慄するウルスラ。
「国境防衛は大丈夫なのか、それは……!?」
ウルスラが国の未来を本気で案じていると、チャイブはパッと明るく両手を広げてみせた。
「そんなわけで、『同じ北部辺境を守る者同士、もう少し仲良くしましょうよ』と主張している一派がいます。融和派です」
「おお!」
拳を握って歓声を上げる。チャイブは満足げに頷いた。
「ちなみに我が君……サイプレス侯爵令息も融和派なのですよ」
「はっ?」
ぴた、とウルスラの動きが止まった。
油を差し損ねた機械のような動きで、サイプレスの方を振り返る。
模擬戦に野次を飛ばしていたサイプレスは、ウルスラに気がつくと、フン、と鼻で笑った。
そのまま顔を背ける。
「……あの態度でか!?」
「もちろんですとも」
チャイブはにこやかに肯定した。
「何せ我が君は、一族随一の人格者にして、とびきりの平和主義者でいらっしゃいます」
「どこが!?」
ウルスラの猛抗議も意に介さず、チャイブはにこやかにこう言ってのけた。
「……というわけで、もしデュボワ嬢が当主の座に就いた暁には、我ら融和派一同、ご英断をお待ちしております」
「その辺りは完全に今後の状況次第なんだが……」
それでも笑顔で圧力をかけ続けるチャイブに、不承不承応じる。
「……心には留めておく」
「十分です」
満足げに頷くチャイブ。
「当方、一族内の話し合いもまともにできない有り様なので」
「そちらの一族、本当に国を守る気はあるのか!?」
「ねえだろ」
サイプレスがつまらなさそうにぼやいた。確かになさそうである。
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