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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
18/59

1-18. 北部辺境の歴史

説明回です。

「ご機嫌麗しゅうございます、デュボワ嬢。わたくし、エルネスト・アダン・チャイブと申す者でございます」



 そう挨拶したメガネの男子生徒──チャイブは、なんとなく胡散臭い笑顔でウルスラの前に腰を下ろした。



「まず私が基礎的な知識をお教えします。その後、我が君による本格的な教育に入る、ということで」

「オス!」

「おす?」

 気合いを入れて返事をする。サイプレスの言う通り、あって邪魔にはならない知識なのだ。


 ならば、腹を括って頑張るしかあるまい。西方風の返事に少し首を傾げたチャイブは、ゆったりとした仕草で顎をなでた。

「とはいえ、何から説明が必要でしょうか……とりあえずこの国の地理は? 東西南北の周囲がどうなっているか、ご存知でしょうか」

「さすがに分かるが!?」

 学園一年生レベルの知識だ。指を三本立てる。



「我が国……アロイジア鉱国の周辺国は、細かい小国を除けば三つ」



 北に、強大な軍事力と野心を持つ軍国。

 北西に、緑豊かな共和国。

 西に、砂海との行商と学問で有名な教国。



 東は海で、南には広大な未開拓の樹海が広がっている。地図を思い出しながら答えると、チャイブはホッとした様子で頷いた。

「ああ良かった。そこから説明せねばならなかったら、どうしようかと思いました」

「私をなんだと思っているんだ!?」

「お花畑の物知らずだろ」

「ヴッ」

 芝生に寝転んで、どうでも良さげに口を挟むサイプレス。反論できずにいるウルスラに、チャイブはのんびりと問いかけた。

「まあ、では低・中位貴族程度の常識はあると見做し……ていいんですよね?」

「先週の小テストの平均点は、六十八点」

「大変失礼しました」

 慇懃に頭を下げるチャイブ。

「では、うちの出来損ない四人衆よりかなりマシということで。早速本題に入りましょう」

 出来損ないとはなんだ、お前は人格が〇点だ、と野次を飛ばす四人組を無視し、チャイブは図書館から借りてきたらしき本を手に取った。



「ではまず、北部三砦の成り立ちと現状確認でもしておきましょうか」



 北部三砦のうち、最も歴史が長いのは、サイプレス一族だ。当然、歴史はそこから始まる。



「元々我々サイプレス一族は、現在の教国北部から鉱国北西部にかけての土地に住まう、少数民族でした」



 その辺りは、どこの国のものでもない、空白地帯だった。「北の民」もしくは「凍れる大地の民」と呼ばれる彼らは、複雑な地形と吹雪に身を隠して狩猟や戦闘を行い、生計を立てていた。

「しかし、北に隣接する軍国はとても好戦的で、戦も強い。鉱物資源すら望めない痩せた土地であることも手伝って、北の民と軍国は、幾度となく資源の奪い合いを繰り返してきました」

 繰り返される戦いに疲弊した北の民は、東西に分かれ、それぞれが接する国の一部となる道を選んだ。


 西の民は、教国に。

 東の民は、鉱国に。


 軍国に下らなかったのは、せめてもの抵抗だろう。鉱国に下ったのが、サイプレス一族とその領民。

「つまり、我々の祖先ですね。前者は、現在の教国北部貴族とその領民です」

 こくりと頷く。


「かつての経験を活かし、現在は対軍国の防諜・諜報活動などに従事しております」

「髪と目の色は、その色が多いのか?」

 ふと、気になっていたことを聞いてみる。


「灰色がかった白銀に、灰色がかった薄い水色の……」


「「「「「夜雪色に影氷の色!!」」」」」


「うわっ」


 ウルスラが言いかけた瞬間、友人たちに教わっていたはずの取り巻きたちが突然割り込んできた。思わず声を上げる。

「よく見なさい、月光の下浮かび上がる雪原のような、神秘的な色合いでしょう!?」

「瞳もです、冷たさと仄暗さを孕んだ唯一無二の色味!!」

「先祖から受け継いだ稀少な色なのです!!」

「情緒のない言い方をしないでいただきたい!」

「これだからデュボワは!!」

「お前たち」

 迫られたウルスラが目を白黒させていると、チャイブは取り巻きたちに向かって微笑んで言った。


「次の小テストは、全教科満点だな?」


 次の瞬間、脱兎の如く散って、元の場所へ戻っていく取り巻きたち。ポカンと見送るウルスラ。

「失礼しました」

「い、いや……」

 何やら並々ならぬこだわりのある要素なのだということは分かった。ノートに向かいつつも、ちらちらとこちらを見ている取り巻きたちを気にしながら、聞いてみる。

「あーっと……文化や民族性は? 他に尊重すべきことはあるだろうか」

「民族性」

 ぱちくりと瞬きしたチャイブは、首を傾げ……こう言った。


「利己的かつ排他的で、悪知恵ばかり回る、冷酷で疑り深くて陰湿な連中?」


「ただの罵倒では!?」


 思わず叫んでしまった。肩を掴んで揺さぶる。

「自分たちのことだろう!?」

「事実なので」

 しれっと応じるチャイブ、聞こえているはずなのに誰も咎めないサイプレス陣営。彼らに勉強を教えていたソフィアたちが、なんとも言えない顔になった。笑顔でひらひらと手を振る。

「文化に関しても、尊重しようと思うだけ時間の無駄なので、適当で構いません。あえて言うなら……『信用しない』?」

「ええぇぇ……?」

 では、その彼らを協力者として選んだ自分はなんなのか。変な声が出てしまった。

(あとでヘレンに聞こう……)

 友人たちの中でその辺りの分野に一番詳しいのは、彼女である。ひとまずそう自分を納得させ、再び歴史の話に戻る。



「しばらくして、はるか大陸の南……遠き島国から海を越えて、角族とヒト族の混合集団がやって来ました」



 彼らこそ、デュボワ一族とその領民の祖先。


 ウルスラにとっても、ご先祖様に当たる人たちだ。ふんふんと頷きながらノートを取り……ん?と首を傾げる。

「角族は大陸極北……常冬の根?辺りが発祥ではないのか?」

 軍国や共和国よりもさらに北にある、極寒の地だ。前に授業で習った。ウルスラが疑問を呈すると、いつも通り木陰で本を読んでいたヘレンが、ぱっと顔を上げた。

「南にもいるよ」

 

 ヘレン曰く、角族は「角族」という人種を確立させた後、大陸の南北に分かれたそうだ。

「北が常冬の根や共和国の角族たちの祖先・北方角族、南がウルスラたちの祖先・南方角族」

「南北に分かれた後、また北に戻ってきたのか」

 そう思うと、ちょっと面白い。鉱国は常冬の根の手前だし、先祖の故郷を見たくなったのだろうか。


「ちなみに、移住してきた人たちは人種問わずほぼ全員赤髪で、子孫のデュボワ一族も九割は赤髪よ」

「言われてみれば、うちの領民も半分くらい赤髪だったなあ」

 実際、ウルスラも赤髪である。今度貴族名鑑で確認してみよう。


 ともあれ、鉱国の北東部にたどり着いたご先祖様たちは、魔物が多く、手つかずだった土地の開拓を始めた。

 元々屈強な角族、そしてそれと対等に渡り合うヒト族の猛者の集団。当然の流れだっただろう。

「デュボワ一族は、みるみるうちに人類の勢力圏を広げました。そこが現在のデュボワ一族の領地」


「そしてその功績をもって、彼らは鉱国貴族として認められた、というわけです」

「なるほど」

 魔物は普通の動物より強く、倒すのが難しい。しかし、魔物から獲れる魔核は、加工すると便利な道具になる。

 そのため、高位貴族の間で高値で取引されているのだ。当時の王家は大急ぎで囲いに入ったのだろう。



「叙爵の経緯ゆえに、デュボワ一族では、戦いにおける強さを重んじる風潮がありまして。兄がいるにも関わらず、現デュボワ侯爵が当主に選ばれたのは、その剣の腕故だと聞いています」


「剣……?」



 そう言われて、婚約を告げられた時に会った父の姿を思い出す。……初めて会った時より、だいぶ重くなっているように見えたが、あれで剣の腕は保たれているのだろうか。

 首を傾げていると、チャイブはデュボワの民族性についてこう言った。



「さすがに、個人の武は大したものですが、それ以外は控えめに言って、パッパラパーの脳筋どもですね」

「パッ!?」



 ペンからめき、と不吉な音がした。愕然とするウルスラの目の前で、のんびりと首を傾げる。

「まあ、サイプレスは武門でありながら、他所ほど武に重きを置いておりませんので。ちょうどいいのかもしれません」

「そういう問題ではないのでは!?」

「大半は陽気でこざっぱりした方々なので、慣れれば付き合いやすいと思いますよ」

 「悪知恵ばかり回る」一族からの評価に、なんとも言えない気分になる。


 とはいえ、魔物や他国の脅威に晒される領地を持つ貴族には、珍しくもないこと。なんだかんだ戦闘の機会が多い分、期待される能力が違うのだろう。強い領主様がいてくれるとなれば、領民も安心感が違うし、軍の士気を上げるのにも役立つ。



(まあデュボワ侯爵領は軍も冒険者も傭兵も、なんなら領民も強いから……あまり当てにされている気配が……ないんだが………)



 領主の影が薄い領地の様子を思い出して、やはりブルーになるウルスラである。




お読みいただき、ありがとうございました。

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