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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
17/59

1-17. 思わぬ頼みごと



「……サイプレス侯爵令息、本日は如何した」



 数日後。



 今度は取り巻きを連れて裏庭に現れたサイプレスに、ウルスラはうんざりした声を出した。




「失くし物はしていないはずだが」

「お前じゃねえ、用があるのはお前のツレだ、ツレ」


 しっしっと追い払う仕草をしたサイプレスは、ウルスラの背後───友人たちへ、視線を移した。


 ゆったりと口を開く。



「商業科首席、ソフィア・オルヴァ・メナード=モレノ。領地経営学首位常連、イレーネ・リン・ボード。次期シュゼイン公爵の側近、オパール・カーラ・ストーンに、芸術の申し子フィフィアンナ・ファロ」



 一人一人と目を合わせ、名前を呼んでいく。そして最後、念を押すように言った。

「相違ないな?」

「サイプレス侯爵令息におかれましては、わたくしどものような下位の者たちにもご興味を持ってくださり、光栄ですわ」

 ようやくいつもの調子を取り戻したソフィアは、扇子を開いて温度のない笑みを浮かべた。イレーネとオパールも、パパパッと扇子を広げる。



「座したままでのご挨拶となるご無礼をお許しくださいませ。デュボワ侯爵令嬢とは恐れ多くも『踵のないお付き合い』をさせていただいておりまして……今、閣下への礼を尽くせる『靴』がございませんの」



 優雅に頭を下げた。

「どうぞ、ご承知おきくださいませ」

「構わねえよ、ここは学園だ」

 久しぶりに見るソフィアの貴族としての顔に、背筋がぞわぞわする。ソフィアはそのまま、扇子越しに尋ねた。


「それで、御用事とは?」

「ツレねェなァ。……まあいい、今日は、お前らに頼みがあるんだ」

 そう言うと、サイプレスは親指で背後の生徒たちを指し示した。



「こいつらに、勉強を教えてやってくれないか?」

「勉強……?」



 予想外の返事に、思わず拍子抜けする。平然とした様子で会話を続行するサイプレス。




「こいつら、俺の側近候補なんだがな?まあバカなんだ」


「バカ」


「そう、バカ」




 復唱すると、肯定されてしまった。大袈裟に肩をすくめる。

「だが、仕事はできるんだ。そうなると、多少バカでも手放すのは惜しいモンだろ?」


 バカバカ言い過ぎではないだろうか、後ろの連中はそれでいいのか。あ、良さそう。


 軽く現実逃避していると、顎でウルスラを示す。

「そこの荒地をお花畑にまで持っていったのは、お前たちだな? お荷物抱えてなおあの成績とは、優秀じゃねェか」

 そう言うと、懇願するように甘ったるい声を出す。



「こっちの荒地も、どうにかしてくれよ」


「デュボワ侯爵令嬢は聡明な方ですもの。ほんの少し、お水を撒いただけですわ」


「お前とボードとストーンは、うちの学年の総合首席候補だろ」



 サイプレスは会話の相手をソフィアと定めたらしい。顔を覗き込むように身を屈める。

「三人がかりで水やりとは、ずいぶん豪勢だなァ?」

(総合首席候補!?)

 つまり、科を越えてなお十指に入る成績優秀者、ということだ。目の前で交わされる会話を聞きながら、内心舌を巻くウルスラ。一方、ソフィアは木陰をちらと見て、小さくため息を吐いた。


「……四人ですわ」

「?……ああ、もう一人いんのか」


 ヘレンの茶髪を一瞬見たサイプレスは、すぐに視線を前に戻した。


「まァそっちはともかく……こいつらを教えてくれるなら、対価に、そこのお花畑に北部三砦の当主として必要な知識を叩き込んでやるぞ」

「ぅえ!?私!?」

 思わず声を上げる。サイプレスはちらとこちらを見た。

「婚約解消した後、どーする気なのか知らねェが……あっても邪魔にはならないだろ?」


「どーせ場合によっては、否が応でも必要になるんだし」

「……ずいぶんとこちらに都合の良い取り引きですが」

 ぱちんと扇子を閉じたソフィアは、真顔だった。真剣な口調で問う。


「本音は?」

「傷つくなァ」


 するとサイプレスは胡散臭い笑みを浮かべ、大袈裟に胸に手を当てて嘆いてみせた。

「そんなに警戒しなくてもいいじゃねェか。俺ァこう見えて、真面目で誠実な人柄と評判なんだぜ?」

「真面目で誠実な人間は、自分からそうは言わんと思うが……」

 指摘すると、ケラケラと笑う。どうにも読めない。


 すると、ふ、と唐突に微笑んだ。


「……まあ何にせよ、俺たちゃ共犯者だろ?」

 そう言って、わざとらしいほど優雅に一礼する。



「仲良く、しようぜ?」




「で、ですが我が君」

 張り詰めた空気の中、サイプレスの後ろにいた大柄な男子生徒が、声を上げた。

 刺々しさを隠さない目でウルスラを見る。その後ろにいた線の細い男子学生も、異を唱えた。

「デュボワの取り巻きに教えを請うなどと」

「ア?」

 すると、サイプレスは薄笑いのまま、器用に眉を顰めた。

「なんだよ。まさか、この俺が?直々に頼んでやったっていうのに?嫌だなんてそんなこと、言うはずないよなァア?」

 そう言って身体ごと振り返ると、短く命令した。


「お前ら、先週の小試験の平均点、一人ずつ言ってみろ」



「二十五点っす」

「十二点」

「八点!」

「五点!」



「五十点満点じゃねえんだぞ、ボケどもが」


「五十点満点だとしても、かなり危うい気がするが……」


 ちなみに百点満点である。思わずツッコむと、額に青筋を浮かべるサイプレス。

「入学時からだいぶ改善して、なおこのザマだ。抜本的改革が必要なんだよ」

「え、これより酷かったの? よく受かっむぐ」

「オパール……!」

 つい、といった様子で呟いたオパールの口を、フィフィが慌てて手で塞いだ。短く諫めるソフィア。裏口入学でもやらかしたんじゃなかろうか。がし、と手前にいた大柄な男子生徒の襟首を掴む。


「あと何年で卒業だと思ってンだ、俺とチャイブだけで、手が回るワケないだろォが。俺たちを過労死させる気か?アァ?」

「滅相もありません!」

「教わります!教わりますから!!」

 取り巻きたちが慌てて頷いたのを確認すると、投げ捨てるように手を離す。荒っぽいが、言っていることはすこぶる真っ当だった。そして、予想以上に状態が酷かった。


 ため息を吐き、こちらを振り返る。


「悪いな、バカで」

「いや……」

「その……大変ですのね……」

 思わずといった様子で同情の言葉を口にするソフィアに、怒りもせず肩をすくめる。

「まあ、こんな有り様でな。こいつらがバカだと俺も困る」


「必然的にお前たちも困るわけだが、どうする?」

「……そうですわね」

 扇子の裏でため息を吐いたソフィアは、振り返って声をかけた。

「みんなも、それでいい?」

「協力者の配下が成績不良で留年となれば、計画に差し障りが出るものね……」

「オパールは〜……嫌だけどー……それでウルスラが助かるなら?」

「あたしはみんなの意見に従うよ。知らない貴族の頼みなんて、断ったら怖いもん」

「決まりだな」

 サイプレスが嬉しそうに手を鳴らした。


「場所はどうする。ここでもサロンでもいいぞ」

「ここでお願いしますわ、閉鎖空間は怖いですもの」

「信用ねえ〜!!」


 ケラケラと笑う。何とも言えない空気の中、ウルスラは軽く咳払いして、手を差し出した。



「では改めて………よろしく頼む、サイプレス侯爵令息」

「……フン」



 握手しようとした手は、指先でぱしりと払い落とされた。ここしばらく燻っていた感情が、はっきり形になる。


(……やっぱり苦手!)





 その後、互いに簡単に自己紹介を済ませる。


 ついでに、先ほど名前を呼ばれなかったヘレンも、イレーネが木陰から引っ張り出して挨拶させた。前回も今回も一度も話に入ってこなかった彼女を見たサイプレスは、不審そうにヘレンを見つめ……はっとした顔をした。



「……一年の時、校門のところで不審者どつき回してた、地味女?」



「そういう貴方は、そんな私にホウキを寄越して追撃を促してきた、失礼な令息ですね。ご機嫌よう」


「可愛くねえ〜〜!!」


「何やってんの、アンタ!?」


 知り合いだったらしい。



お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
不審者ほうきぶったたき事件では初対面だったと・・・。
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