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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
16/59

1-16. 接触

 サイプレスの協力を得て、ウルスラが真っ先に求めたのは、当然領地の経営状態と当主周辺の金回りだ。




 恐らくは、日頃から探らせているのだろう。わずか数日で上がってきたそれを、友人たちと頭を突き合わせて精査する。


「これとこれとこれが領地の収入で……」

「それで税収がこれ〜」

「えっと……ええと、ええと」


 ……まあ、実際にはウルスラが教えてもらっているだけなのだが。ひとつひとつ数字を確認していると、同じく説明してもらっていたフィフィが、ぐらあと頭を揺らした。

「あ、ダメ、目眩がしてきた……」

「フィフィー!!」

「この程度で音を上げない」

 ヘレンが淡々と言い放つ。ソフィアもフィフィの後ろ頭に扇子を添えて、再び帳面の方を向かせた。

「開業するなら、どうせ帳簿からは逃れられないわよ」

 悲鳴を上げるフィフィ。相変わらず容赦がない。


 ウルスラたちが所属する淑女科は、貴族家当主やその伴侶となる女性のための学科である。当然、領地経営は学ぶべき分野の一つだが、実践となると話は別だ。


 すらすら読み込んでいく友人たちに感嘆のため息を吐くと、珍しく静かだったイレーネが、突然、拳を帳面に叩きつけた。



「全ッ然!税収が領地に還元されてないじゃない!!」



 そのままぐしゃりとページを握りしめる。

「法定税率ぎりぎりいっぱいまで上げておいて、どうなってんの、クソ当主!!」

「デュボワ侯爵父子は、領地経営に関心はなさそうね」

 激怒するイレーネに対して、ヘレンはあくまで冷静だ。オパールがつと人差し指を唇に当てる。

「デュボワ領は魔物素材の収入で潤ってるから、民の生活は大丈夫そうだけど……」

「それにしたって、デュボワ侯爵父子の遊興費に回る分が多すぎるでしょ……!これなら、領民はもっといい生活できるわよ」

 もちろん、貴族だろうがなんだろうが金がなければ生活できないのだから、報酬を取るのは良い。法律でもそう決められている。

 問題は、その割合が他所より高いこと、そしてその多くが遊興費に消えていることだ。扇子で顔の下半分を隠し、眉を顰めるソフィア。


「領主父子が豪遊しているという噂は、本当みたいね」


 視察で会った領民の顔を思い出して、複雑な気分になっていると、ふと違和感に気がついた。



「んんん?」



 帳簿を見直し、その違和感が間違っていなさそうなことを確認すると、ウルスラは帳簿の一部をそっと指差した。



「すまない。ここのところが何度やっても計算が合わないんだが……」



 友人たちが、一斉にウルスラの顔を見る。

「どこか、見落としている部分があるだろうか?」


 すると、ソフィアたちがぱっと花が咲いたように笑顔になった。


「すごい!私たちの教えたことが、ちゃんと身になってる!」

「やだ、感動しちゃう……!」

「教育の本懐……!」

「偉い!偉い!!」


 オパールがウルスラに飛びついて、わしゃわしゃと頭をなで回す。なんだか犬にでもなったようで、なかなか悪くない。大人しくなでられていると、衝撃的な一言が聞こえた。

「合ってるよ!ここは計算合わないのが正解!」

「どういうこと!?」

 ぎょっとすると、イレーネが帳簿を掲げて、ウルスラに見せた。



「ざっくり言うと、この帳簿、出処不明の謎の大金が存在してるのよ」


「は?」



 思わず目を点にすると、ヘレンが小さく頷いた。


「こねくり回されて分かりづらくなってるけどね。毎月、一定金額。ウルが言っている部分は、それ」

「ぅええ!?」


 フィフィがのけぞった。わたわたと意味もなく手を動かす。

「どどっ、どっ、どっ、ど……? マズイってことだけは分かる!!」

「まあ、美術品なんかの財産を処分して得たお金とか、個人の収入を計上してるって可能性も、なくはないから……」

「これだけの情報で、そこまで怖がる必要はないのだけれど、ね」

 ソフィアとイレーネがそうフォローしたものの、ヘレンはとん、と、指先で帳簿の該当箇所に触れた。

「……不気味だわ」


 ひんやりした風が手元に吹き込んだ。


「追加調査を頼むべきね」

「何か婚約解消に有利な情報が得られるかもしれない」

「うん」

 すると、びゅう、と一際強い風が吹いた。オパールが悲鳴を上げる。

「ひゃ」

「ちょっと今日、風強いわね」

「ここで広げたの、完全に失敗だった〜!」

「待ってくれ、今、ペーパーウェイトを……」

 鞄の中を探っていた手が、ぴた、と止まる。


「……ない」

「え?」

「……ペーパーウェイトが……ない」


 いつもの場所に入っていない。慌てて鞄の中を探し回る。


「え、嘘っ?まさか、失くした!?」

「今日は持って出てきたのね? 最後に使ったのはいつ?」

 冷静なヘレンが真っ先に質問を投げかけると、ウルスラは必死に記憶を辿った。

「えっと…………さっきの授業で、窓を開けた子がいて……風で課題の用紙が飛びそうだったから鞄から出して……」

 そう応じつつも、初めてみんなで街に出かけた時、はしゃぎながらお揃いで買った記憶が蘇る。じわ、と涙が滲んだ。

「その時には、あったぁ……」

「泣くな泣くな!」

「落ち着きなさいよ」

 イレーネとソフィアが背中をなでて宥めてくれた。オパールがぴょんと立ち上がって、ウルスラの手を引く。

「なら、きっとまだ教室にあるよ!取りに行こっ!」

「うん……」

「アタシ、事務室に落とし物で届いてないか見てくるっ!」

 フィフィも立ち上がったその時。



「よーぅ、お花畑ェ」



 低く甘ったるい、男の声がした。ハッとして、振り返る。


 そこにいたのは、つい先日前に会ったばかりの人物。低い声でその名を呼ぶ。



「……サイプレス侯爵令息」


「珍しい顔ぶれだなァ。なんぞ悪巧みでもしてんのか?」



 そう言われて、ウルスラは友人たちを隠すように身体の位置をずらした。

「……ご用件は?」

「短気だなァ。ほらよ」

 ぽん、と放り投げてきたものを、咄嗟にキャッチする。慣れた手触りと重さに、まさかと拳を開いた。


「私のペーパーウェイト!!」

「なんで!?」


 フィフィも驚いた声を出す。サイプレスは小さくため息を吐いた。

「ベッケンバウアー教授に感謝するんだな。見覚えのあるブツが机に忘れてあったから、お前に渡そうと思って探していたそうだ」


 そう言われて、ふと思い出す。ベッケンバウワー教授。先程まで受けていた、戦術学の老教授だ。校舎の外壁を軽くノックするサイプレス。


「お花畑にしちゃ、良い場所じゃねェか。どーりで教授が見つけられなかったワケだ」

 フン、と鼻で笑う。

「おかげで、暇な連中総動員させるハメになっちまった。……手間ァかけさせやがって」

「そうか……ありがとう、サイプレス侯爵令息」

 ここは人目につかない校舎裏。老教授は退勤時刻までにウルスラを見つけられず、たまたま会ったサイプレスに託したらしい。


(ありがとう、ベッケンバウワー教授……!)


 「先週の授業の内容も覚えてなさそうなよぼよぼお爺ちゃん」とか思っててごめん。この場にいない教授にも、深い感謝と懺悔を捧げておく。

 すると、サイプレスはフン、と鼻で笑った。

「そんな安物ひとつで一喜一憂とはな」


「おめでたいこった。それとも娼婦の母親に教わったか? 同性はそうやってたらし込め、と」

「なんだと!?」

「おお、怖!」

 思わず立ち上がりかけると、サイプレスは大袈裟に肩をすくめ、ケラケラと声を立てて笑った。そして、冷めた声で告げる。


「お里が知れるぜ、お花畑?」


 その目はやはり、笑っていなかった。ソフィアにも制服の裾を引っ張られて、グッと黙り込む。


 

「にしても……ふぅん。この顔ぶれが揃っているのか……」


 ウルスラの様子もお構いなしに、サイプレスはじっとウルスラの背後を見つめた。警戒しつつ問いかける。

「何か言いたいことでもあるのか?」

「無いさ。今のところは」

 そう言うと、サイプレスは来た時のように、「んじゃ」と軽やかに去っていった。





 足音が聞こえないほど遠くに去ると、ソフィアがフー……と息を吐きながら、一折り一折りゆっくり扇子を閉じた。


「……短気!!」

「ごめん!!」

 そのままウルスラの後ろ頭をスパァン!!と引っ叩く。


「教えたでしょうが!貴族として振る舞う時は、感情で怒るなと!!」

「だって、みんなの事まで馬鹿にされたみたいだったんだもん……」


 言い訳を試みると、そうだそうだと小声でフィフィが同調した。面と向かって言う度胸は、なかったらしい。イレーネが拳を作った。

「あのねえ!協力者なんだから、上っ面だけでも円滑な関係を保てるよう、努力しなさいよ!」


「あの程度、『友達いない可哀想な奴がなんか僻んでるな』でいいのよ!!」

「そうよ。『今夜寝る前にヘッドボードに頭ぶつけろ』とでも呪っておけばいいの」

「お、思ったより怒ってる……!」


 怒っているのは自分だけではなかった事実に安堵すると、はっと気がつく。


「しまった、きちんとお礼できていない」

「悪口と相殺で良くない?」


 珍しく不機嫌で、つーんとそっぽを向くオパール。




お読みいただき、ありがとうございました。

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