1-16. 接触
サイプレスの協力を得て、ウルスラが真っ先に求めたのは、当然領地の経営状態と当主周辺の金回りだ。
恐らくは、日頃から探らせているのだろう。わずか数日で上がってきたそれを、友人たちと頭を突き合わせて精査する。
「これとこれとこれが領地の収入で……」
「それで税収がこれ〜」
「えっと……ええと、ええと」
……まあ、実際にはウルスラが教えてもらっているだけなのだが。ひとつひとつ数字を確認していると、同じく説明してもらっていたフィフィが、ぐらあと頭を揺らした。
「あ、ダメ、目眩がしてきた……」
「フィフィー!!」
「この程度で音を上げない」
ヘレンが淡々と言い放つ。ソフィアもフィフィの後ろ頭に扇子を添えて、再び帳面の方を向かせた。
「開業するなら、どうせ帳簿からは逃れられないわよ」
悲鳴を上げるフィフィ。相変わらず容赦がない。
ウルスラたちが所属する淑女科は、貴族家当主やその伴侶となる女性のための学科である。当然、領地経営は学ぶべき分野の一つだが、実践となると話は別だ。
すらすら読み込んでいく友人たちに感嘆のため息を吐くと、珍しく静かだったイレーネが、突然、拳を帳面に叩きつけた。
「全ッ然!税収が領地に還元されてないじゃない!!」
そのままぐしゃりとページを握りしめる。
「法定税率ぎりぎりいっぱいまで上げておいて、どうなってんの、クソ当主!!」
「デュボワ侯爵父子は、領地経営に関心はなさそうね」
激怒するイレーネに対して、ヘレンはあくまで冷静だ。オパールがつと人差し指を唇に当てる。
「デュボワ領は魔物素材の収入で潤ってるから、民の生活は大丈夫そうだけど……」
「それにしたって、デュボワ侯爵父子の遊興費に回る分が多すぎるでしょ……!これなら、領民はもっといい生活できるわよ」
もちろん、貴族だろうがなんだろうが金がなければ生活できないのだから、報酬を取るのは良い。法律でもそう決められている。
問題は、その割合が他所より高いこと、そしてその多くが遊興費に消えていることだ。扇子で顔の下半分を隠し、眉を顰めるソフィア。
「領主父子が豪遊しているという噂は、本当みたいね」
視察で会った領民の顔を思い出して、複雑な気分になっていると、ふと違和感に気がついた。
「んんん?」
帳簿を見直し、その違和感が間違っていなさそうなことを確認すると、ウルスラは帳簿の一部をそっと指差した。
「すまない。ここのところが何度やっても計算が合わないんだが……」
友人たちが、一斉にウルスラの顔を見る。
「どこか、見落としている部分があるだろうか?」
すると、ソフィアたちがぱっと花が咲いたように笑顔になった。
「すごい!私たちの教えたことが、ちゃんと身になってる!」
「やだ、感動しちゃう……!」
「教育の本懐……!」
「偉い!偉い!!」
オパールがウルスラに飛びついて、わしゃわしゃと頭をなで回す。なんだか犬にでもなったようで、なかなか悪くない。大人しくなでられていると、衝撃的な一言が聞こえた。
「合ってるよ!ここは計算合わないのが正解!」
「どういうこと!?」
ぎょっとすると、イレーネが帳簿を掲げて、ウルスラに見せた。
「ざっくり言うと、この帳簿、出処不明の謎の大金が存在してるのよ」
「は?」
思わず目を点にすると、ヘレンが小さく頷いた。
「こねくり回されて分かりづらくなってるけどね。毎月、一定金額。ウルが言っている部分は、それ」
「ぅええ!?」
フィフィがのけぞった。わたわたと意味もなく手を動かす。
「どどっ、どっ、どっ、ど……? マズイってことだけは分かる!!」
「まあ、美術品なんかの財産を処分して得たお金とか、個人の収入を計上してるって可能性も、なくはないから……」
「これだけの情報で、そこまで怖がる必要はないのだけれど、ね」
ソフィアとイレーネがそうフォローしたものの、ヘレンはとん、と、指先で帳簿の該当箇所に触れた。
「……不気味だわ」
ひんやりした風が手元に吹き込んだ。
「追加調査を頼むべきね」
「何か婚約解消に有利な情報が得られるかもしれない」
「うん」
すると、びゅう、と一際強い風が吹いた。オパールが悲鳴を上げる。
「ひゃ」
「ちょっと今日、風強いわね」
「ここで広げたの、完全に失敗だった〜!」
「待ってくれ、今、ペーパーウェイトを……」
鞄の中を探っていた手が、ぴた、と止まる。
「……ない」
「え?」
「……ペーパーウェイトが……ない」
いつもの場所に入っていない。慌てて鞄の中を探し回る。
「え、嘘っ?まさか、失くした!?」
「今日は持って出てきたのね? 最後に使ったのはいつ?」
冷静なヘレンが真っ先に質問を投げかけると、ウルスラは必死に記憶を辿った。
「えっと…………さっきの授業で、窓を開けた子がいて……風で課題の用紙が飛びそうだったから鞄から出して……」
そう応じつつも、初めてみんなで街に出かけた時、はしゃぎながらお揃いで買った記憶が蘇る。じわ、と涙が滲んだ。
「その時には、あったぁ……」
「泣くな泣くな!」
「落ち着きなさいよ」
イレーネとソフィアが背中をなでて宥めてくれた。オパールがぴょんと立ち上がって、ウルスラの手を引く。
「なら、きっとまだ教室にあるよ!取りに行こっ!」
「うん……」
「アタシ、事務室に落とし物で届いてないか見てくるっ!」
フィフィも立ち上がったその時。
「よーぅ、お花畑ェ」
低く甘ったるい、男の声がした。ハッとして、振り返る。
そこにいたのは、つい先日前に会ったばかりの人物。低い声でその名を呼ぶ。
「……サイプレス侯爵令息」
「珍しい顔ぶれだなァ。なんぞ悪巧みでもしてんのか?」
そう言われて、ウルスラは友人たちを隠すように身体の位置をずらした。
「……ご用件は?」
「短気だなァ。ほらよ」
ぽん、と放り投げてきたものを、咄嗟にキャッチする。慣れた手触りと重さに、まさかと拳を開いた。
「私のペーパーウェイト!!」
「なんで!?」
フィフィも驚いた声を出す。サイプレスは小さくため息を吐いた。
「ベッケンバウアー教授に感謝するんだな。見覚えのあるブツが机に忘れてあったから、お前に渡そうと思って探していたそうだ」
そう言われて、ふと思い出す。ベッケンバウワー教授。先程まで受けていた、戦術学の老教授だ。校舎の外壁を軽くノックするサイプレス。
「お花畑にしちゃ、良い場所じゃねェか。どーりで教授が見つけられなかったワケだ」
フン、と鼻で笑う。
「おかげで、暇な連中総動員させるハメになっちまった。……手間ァかけさせやがって」
「そうか……ありがとう、サイプレス侯爵令息」
ここは人目につかない校舎裏。老教授は退勤時刻までにウルスラを見つけられず、たまたま会ったサイプレスに託したらしい。
(ありがとう、ベッケンバウワー教授……!)
「先週の授業の内容も覚えてなさそうなよぼよぼお爺ちゃん」とか思っててごめん。この場にいない教授にも、深い感謝と懺悔を捧げておく。
すると、サイプレスはフン、と鼻で笑った。
「そんな安物ひとつで一喜一憂とはな」
「おめでたいこった。それとも娼婦の母親に教わったか? 同性はそうやってたらし込め、と」
「なんだと!?」
「おお、怖!」
思わず立ち上がりかけると、サイプレスは大袈裟に肩をすくめ、ケラケラと声を立てて笑った。そして、冷めた声で告げる。
「お里が知れるぜ、お花畑?」
その目はやはり、笑っていなかった。ソフィアにも制服の裾を引っ張られて、グッと黙り込む。
「にしても……ふぅん。この顔ぶれが揃っているのか……」
ウルスラの様子もお構いなしに、サイプレスはじっとウルスラの背後を見つめた。警戒しつつ問いかける。
「何か言いたいことでもあるのか?」
「無いさ。今のところは」
そう言うと、サイプレスは来た時のように、「んじゃ」と軽やかに去っていった。
足音が聞こえないほど遠くに去ると、ソフィアがフー……と息を吐きながら、一折り一折りゆっくり扇子を閉じた。
「……短気!!」
「ごめん!!」
そのままウルスラの後ろ頭をスパァン!!と引っ叩く。
「教えたでしょうが!貴族として振る舞う時は、感情で怒るなと!!」
「だって、みんなの事まで馬鹿にされたみたいだったんだもん……」
言い訳を試みると、そうだそうだと小声でフィフィが同調した。面と向かって言う度胸は、なかったらしい。イレーネが拳を作った。
「あのねえ!協力者なんだから、上っ面だけでも円滑な関係を保てるよう、努力しなさいよ!」
「あの程度、『友達いない可哀想な奴がなんか僻んでるな』でいいのよ!!」
「そうよ。『今夜寝る前にヘッドボードに頭ぶつけろ』とでも呪っておけばいいの」
「お、思ったより怒ってる……!」
怒っているのは自分だけではなかった事実に安堵すると、はっと気がつく。
「しまった、きちんとお礼できていない」
「悪口と相殺で良くない?」
珍しく不機嫌で、つーんとそっぽを向くオパール。
お読みいただき、ありがとうございました。




