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1-13. 情報収集

「目的を整理しましょう」

 



 背筋を伸ばし、いつになく居住まいを正したイレーネは、そう切り出した。



「第一目標はガーデロン子爵との婚約を破棄・解消、あるいは白紙撤回」



「最終目標は屑父子からの離脱……で合ってる?」

「うん。……あ」

 首肯したウルスラ。しかし、ふと思い出してこう付け加える。

「欲を言えば、領地にあんまり迷惑はかけたくない、かな……」

「……なるほど、そうね」

 資産家に娘を嫁がせるということは、大金が必要ということだ。実はウルスラが知らされてないだけで、領地の経営が危ないのかもしれない。


 それなのにウルスラが逃げたら、確実に領地が傾く。


 これでも、一応は貴族の娘なのだ。最低限のことくらいはしたい。重々しく頷いたイレーネとは裏腹に、ヘレンはぎゅっと眉を顰めた。

「それでどうしてもウルの婚約が必要だったら、どうするの」


「大人しく嫁ぐの?」

「その時は……」

 ぐっと拳を握り込む。




「魔の森討伐に行く!!」




「「「「「………はっ?」」」」」



 呆然とする友人たちを前に、ウルスラはそう宣言した。振り返り、言葉を続ける。

「前にギルドで聞いたんだけど、シュゼイン公爵領の魔の森って、定期的に討伐任務が入るんでしょ?」

 調べたが、中層の討伐任務なら、ウルスラでも無理なく参加できる。三回ほど参加すれば、報酬はそれなりの金額になるだろう。危険度の高い魔物を討伐すれば、追加報酬でさらに跳ね上がる。拳を振りながら熱弁を振るう。

「で、その金を渡して、トンズラする!!それ以上はできない! 三十も上の変態に嫁ぐのは、さすがに!無理!!」

 その一言に尽きる。



「上級クラスの魔物なら、一人で倒せるようになったし!多分いける!!」



「上級って」

「特殊な装備なしで一般人が倒せる限界じゃなかったっけ!?」

「いつのまに」

「ウルスラ、もういっそシュゼイン公爵軍に就職しよ? 事情話せば、多分おじさま守ってくれるよ?」


 それは後でぜひじっくり聞かせてほしい。





「じゃあまず、周辺事情から探りましょう」



 ソフィアがぱん、と扇子を畳んだ。頷くヘレン。


「具体的には、婚約が必要な理由ね」

「理由?」


 金ではないのか、と首を傾げると、イレーネは呆れ顔でこちらを見た。


「アンタ、領地とか一切関係ない屑父子がギャンブルで作った借金とかが婚約の理由でも、魔の森討伐行くわけ?」

「え、やだ」

「でしょ」


 吐き捨てるイレーネ。ソフィアが畳んだ扇子で手のひらを叩く。

「婚約白紙後の補填が不要なら、逃げることに集中できるもの。その辺ははっきりさせておかないと」

 確かにそうだ。オパールがウルスラの顔を覗き込むように首を傾ける。

「ちなみに、お金以外が目的の可能性って、ありそ?」

「……ない、と思う」

 「お前は金になる」というようなことを言っていたので多分間違いない。そう答えた直後に、ウルスラは肩を落とした。

「向こうが私相手に、どれくらい真面目に話していたかは、分からないんだけど」

「少なくとも、全くの嘘というわけではなさそうね」



 そうと決まれば行動あるのみ。すっくと立ち上がる。



「とりあえず、一ヶ月くらいあっちに行って、様子を見てくるよ。邸には入れないけど……冒険者として領地を見て回る程度ならできるから」


 やはり自分の目で直接確かめたいし、人づてより足で稼ぐ方が、ウルスラの性に合っている。


 領民は、邸から出ないデュボワ家の末っ子の顔など知らないし、幼少期とはだいぶ顔も雰囲気も変わった。薄く化粧をして髪を黒く染めれば、問題なく誤魔化せるだろう。

「それがいいでしょう」

「ギルドの身分証明書なら、関所でも使えるからね」

 ヘレンがこくりと頷いた。オパールが元気よく手を上げる。


「オパールも、武人関係で情報収集しとくね!」

「私は商会関係で探ってみましょう。万が一に備えて、国外逃亡の準備もそれとなく進めておくわ」

「領主同士の繋がりで何かないか、探り入れとく」

「平民生徒にも聞き込んでおくよ!北部辺境出身の子もいるし、貴族には流れてない話があるかも!」

「休んでる間の勉強は任せて」



 そんなわけで、王都のことは友人たちに任せて、ウルスラは冒険者のふりをして領地を回ってみた。



 最初は警戒されたものの、王都から一攫千金を狙って出稼ぎに来る冒険者は多いらしい。ありふれた口実に加えて、領地にはウルスラのような異人種やその血を濃く引く者が多く、すぐに馴染むことができた。


 依頼をこなしつつ彼らの中に入り、実情の把握に努める。




「というわけで、これ、領地のお土産」



 一ヶ月後、報告に戻った学園で瓶詰めの黒い粒を友人たちに配ると、フィフィがきょとんとした顔をした。


「何コレ?」

「胡椒」

「胡椒!?」


 ウルスラの返事に、ギョッとするフィフィ。

「アタシ挽く前の胡椒って、初めて見た」

「そうなの?」

 「オカモチ」で裏庭に持ち込んだパスタの皿を、目の前に移動させるウルスラ。

「仲良くなった村の人たちに、何かおすすめのお土産があるか聞いたら、これを紹介されたの」

「その人たち、センスいいわね」

 ソフィアが嬉しそうに瓶を傾けて、中の胡椒を転がした。

 デュボワ侯爵領の胡椒は薫り高く、貴族の間でも人気の高級品なのだと言う。首を傾げる。

「その辺の食堂で普通に『ご自由にお使いください』って置いてあったけど……?」

「産地ならではの光景ね」



 何はともあれ、胡椒を挽きながら切り出す。



「領地は、特に大きな問題があるようには見えなかった」



 男手は十分。街には子供が駆け回り、道や橋はよく整備されていて、食料や衣服、薪などの生活必需品は適正価格で十分な量流通している。


 流行り病も流行っていない、治安もさほど悪くない。土地柄魔物は多いが、大きな被害も災害の噂も聞かない。王都より早く冬が来ているにも関わらず、人々の顔は明るい。



 皆、逞しく生きていた。胡椒たっぷりのパスタを、フォークで絡めとる。

「他にも、領地経営学の授業でやったところ、みんなに言われたところは大丈夫そうだった」

「領主家族の評判は?」

 咀嚼し、飲み込む。


「なんとも」


 そもそも領主一家……ウルスラの義家族は、あまり民の前に出てきていないようだった。自らも領地経営に携わるイレーネは、そっと眉を顰める。

「……まあ、仕組みがきちんと出来上がっていれば、領主が民の前に出てくる必要はあまりないけど……」

「強いて言えば、父と兄の娼館通いが噂になっている」

 思わず、唸るような声になってしまった。手元のフォークが不吉な音を立てる。



 数少ない民の前に出てきた時の話が、そんな内容だったのだから、恥ずかしいやら腹立たしいやら。



 「お盛んだよなあ」という苦笑混じりの嘲弄を聞いた時などは、執務室に殴り込んでやろうかと思った。ソフィアは困ったように扇子を半分閉じて、口元に当てた。


「領地にお金を落としてるとか、話題を振り撒いて領民のガス抜きになっているとかなら、まだ良いのだけど……」

「ウルスラが今ここにいる時点で、完全アウトだね!」

「同感」

 いつも通り無邪気な笑顔で切り捨てるオパール。苦笑してため息を返す。


 ウルスラは、()()()()()()()()()()()()()なのだ。鉱国の文化は貴族の浮気に寛容だが、子ができたとなれば話は別。



 貴族の血筋は法と王家の下管理され、むやみやたらとばら撒くべきではないとされている。



(侯爵とその跡取りのくせに、子種の管理が甘いとしか言いようがないなあ……)



 「まだ通ってんのか」とも思う。懲りろよ、とも。



お読みいただき、ありがとうございました。

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