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嫡出の兄、妾腹の妹  作者: 紅月となり
第一部 妾腹の妹
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1-11. 白い未来


 恐慌が落ち着くと、オパールは胸を張って宣言した。


「というわけで、オパールは淑女科と武官科〜!」

「武門一族だものね」

「ウルスラは?進路」

 ソフィアがウルスラの白紙の進路希望票を見て、そう問いかけた。悩みながら返事をする。


「父からは、淑女科に行くように言われてるけど……」


「武官科は?」


 そう聞き返されて、どきりとした。ソフィアの方を気にしながら、話を続けるフィフィ。

「ウルスラ、身体動かすの好きだよね。ギルドの仕事も、最近は魔物討伐とかやってるって言ってたっしょ?……でしょ?」

 そして、小さく首を傾げた。



「てっきり、そういう方向に進むのかと思ってたけど」


「……私の話、聞いてたでしょ。貴族の進路は、結局のところ家や当主の決定に左右されることが多い」



 イレーネは静かにそう告げると、カップの紅茶を一口飲んだ。

「ソフィアやオパールみたいに、家族の理解があって政略的な必然性もないっていう家は、どちらかと言うと少数派。ヘレンみたいに、親から無視されてて本人も周囲の意向なんか最初から無視する気満々なんてのは、もはや珍獣」

「悪かったな」

 低い声で威嚇するヘレン。


「イレーネだって、不本意な進路になりそうなら、怒るし抵抗するでしょ」

「アンタ以上の珍獣が母親で当主だからね!! その場合はやむなしだわ!!」

 そう言ってガチャン!と乱暴にソーサーに戻した。茶器の扱いがうんぬんとソフィアが説教する横で、一人、思索に耽る。




 剣を振って生きたいな、という希望はある。


 それが一番自分に向いているだろう、という直感も。




 ギルドの仕事は続けているし、そのために武器や防具も買い揃えた。友人たちの勧めで銀行口座もこっそり作ったし、ちまちま貯めた金は、まあまあの額になっている。平民になった時の初期投資費用くらいにはなるだろう。

 体さえ壊さなければ、冒険者として細々とでも生きていくことも、できるはずだ。



 ただ……。



(父と異母兄が何を考えているのか、分からない)


 長期休暇で寮に居られなくなる度、馬車を寄越しウルスラを回収する父。

 一年生の夏季休暇では留年スレスレの成績に怒り狂っていたが、最近は渡した成績表に二、三文句を言って終わり。相変わらずこちらの話を聞く様子はなく、恐らくウルスラに友達がいることも知らない。

(学園の成績を気にしていて、卒業させる気もありそう……ということは、貴族令嬢として結婚させる気は、ある……?)


 異母兄も謎だ。以前はウルスラを見るたび嫌な顔を隠さなかったが、最近はにたにたと気味の悪い笑みを向けるばかり。



 わあわあ言い合う友人たちを見る。



(……みんな、偉いなあ)



 彼女たちは、真っ白な未来に正面から向き合って、夢を片手に道を描こうとしている。



 なのに、ウルスラは未だ一人立ち止まったまま。“彼女”と二人きりで勉強をしていた頃と、何も変わっていない。



「誰かが選んだ未来は、楽で安心よね」



 そう言われて、ハッと顔を上げる。




 灰色の目が、イタズラっぽい眼差しでこちらを見つめていた。




「でも、幸せになれるかどうかは、誰も保証してくれないのよ」


「………うん」



 胸の前でぎゅっと手を組む。

(貴族は……人は、私が思っている以上に、他者を踏み躙れる)


 悪意であれ、無意識であれ。


 たとえ相手が、血のつながった親子であったとしても。



 逃げ道は、多いに越したことはない。




(やっぱり、武官科行きたいな……)




 その後友人たちに勧められて、進路指導の先生に相談しに行くと、「毎年いるんだよなあ」と苦笑いしてこう言ってくれた。

「なら、武官科も受けるか?」

「できるんですか!?」

 ウルスラのように、家族の理解が得られず望みの学科に進めないという生徒は、案外いるらしい。さすがに実技はまずいが、後ろの方の席でこっそり授業を受ける分には、暗黙の了解で見逃されているのだとか。そこまで説明すると、大柄な教師は身を屈めて囁いた。


「立場上、大きな声じゃ言えないが……要するに、淑女科の卒業試験に受かりさえすりゃいいんだろ?」


 頷くと、ニッと笑いかける。

「武官科の試験で点数が取れれば、そっちの卒業証明書も出してやれる。そうすれば、潰しが効きやすくなるぞ。受ける講義は倍になるが……やってみるか?」

「はい!!」



 というわけで、ウルスラの選択は淑女科と武官科になった。







 四年生になってからは、とにかく慌ただしかった。淑女科の授業、武官科の授業、ギルドの仕事。



 けれど、今まで感覚でやってきたことに名前がついたり、習ったことを実践で試せるのは、楽しい。



 また、淑女科では、武術が苦手な生徒たちに稽古をつけたりもしている。淑女科は、結婚して貴族夫人になったり爵位を継いだりと、いわゆる「貴族として生きる」女性たちのための科だ。運動が得意な生徒は少ない。オパールのように「いざという時に前線で足手纏いになるようじゃお話にもならないよ!!」という生徒も、稀らしい。


(みんなからもらったもの、少しは返せてるかな?)


 何がどうなってそうなったのかは不明だが、最近は「ウルスラお姉様」なんて呼ばれたりもして、なんだか面映い。




 もちろん、裏庭での昼食会も続いている。


 その日も、一番乗りしたウルスラが昼食の準備をしていると、オパールが裏庭に飛び込んできた。

「え〜ん、ウルスラ〜〜!!」

「オパール?」

 半泣きのオパールに驚いて、声をかける。


「どうし」

「オパールをギルドの討伐依頼に連れて行って〜!!」

「何の話!?」


 飛びついてきたオパールを一旦引き剥がし、事情を聞くと。



「延期になった野外演習、やっぱり今年はナシだって! 全員筆記課題だって〜!!」


「アレか……」



 四年生の前期、武官科では野外演習があった。


 演習は前半組の一日目と後半組の二日目、合計二日間。ウルスラはこっそり受講しているので不参加だったが、オパールは二日目の後半組として参加予定で、当日をそれはもう楽しみにしていた。



 しかし、一日目の前半組で、何かトラブルが起きてしまったらしい。



 演習は急遽中止され、そのまま延期になっていたのだ。苦笑して尋ねる。

「不参加組と同じ筆記課題になる可能性もあるって聞いてたけど……確定しちゃったんだ?」

「うん」

 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら頷くオパール。


「野外演習、楽しみにしてたのに〜!暴れ足りない〜〜!!」

「まあ巻き込まれなかっただけ運が良かったと……というか、確か今回の野外演習って、行軍訓練だったよね? 戦う予定、無かったよね!?」


 とはいえ、オパールの気持ちも分からなくもない。ウルスラも野外演習が羨ましくて、一時期、害獣討伐の仕事を増やしていたのだ。腕を組んで考え込む。

(オパールが一緒に行っても大丈夫で、戦闘がある依頼、か)

 実力的には普段ウルスラが受けている討伐依頼で問題ないだろうが、冒険者ランクによる受注制限がある。彼女の冒険者ランクを記憶から掘り返しつつ、適切な依頼を探る。

「……猪退治なら大丈夫かな? ギルドカードの更新、やってる?」

「やってる!ありがと〜!」

「オパール?」


 オパールが機嫌を直した辺りで、残りの友人たちもやってきた。


「機嫌良いわね、どうしたの?」

「あのね、ウルスラと猪退治行くの!みんなも来る!?」

「「「「行かない」」」」

 だろうな、と思う。




 その日の授業を終え、寮の入り口をくぐると、管理室から出てきた監督官と、鉢合わせになった。ちょうど用があったらしく、声をかけられる。

「ああ、ウルスラ・ユッテ・デュボワさん」

「はい」


「ご実家から、お手紙が来ていますよ。どうぞ」

「手紙……?」


 差し出された封筒に、眉を顰める。




 白く上質な紙は、なぜか酷く不吉な気配がした。




お読みいただき、ありがとうございました。

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